⑯つづき
◇
私はその日、お世話をするべき相手である奥様に掃除の術を教えた。
正直な気持ち、嫌だった。
教えたくないという気持ちでいっぱいだった。
それは嫌がらせでもなんでもない私の純粋な気持ちだ。
私が綺麗にして、それで奥様に「きれいだわ」とか「ありがとう」とか「すごいわ」とかいわれたかった。
それなのに何故私が奥様に教えているのか。
奥様の意思だとしても、意味がわからなかった。
でも私は監視されている。
後ろで夫人にきちんと指導しているかを監視されているのだ。
震える声、震える手。
奥様はそんな私に気付いて、私の視界に夫人が入らないように体をずらした。
そして初めて挨拶を交わしてくれたときと同じ笑みを見せてくれたのだ。
バクバクと鼓動する心臓は奥様の笑みを見ていつの間にか治まっていた。
結局私は奥様に仕事の仕方だけ教えて、奥様の為になるようなことが出来なかった。
それから私は空回りし続けた。
奥様が少しでも楽になるように気付かれないようにしたはずの掃除は何故か夫人にバレ、私が怒られるのではなく何故か奥様が怒られてしまった。
私が勝手にしたことなのに。
それからまた気付かれないように手助けしようと思えば何故か同じメイドに止められた。
【怒られたいの?】
と。私や奥様のことを案じていってくれているのならよかった。
だけどそうじゃないと私は思った。
だって嘲笑うかのような目をしていたからだ。
そして私は、彼女が夫人に告げ口していることを悟ったのだ。
でも力のない私には出来ることがないといっていいくらいに限られていた。
それでも奥様のためになにかをしたい。
その思いは消えなかった。
奥様に直接手を差し伸べられないのなら、ここは旦那様であるアルベルト様に手紙を出して現状を知ってもらおうと考えた。
だけど返事もなければ旦那様は屋敷に様子を見ることもなかった。
もしかして届いていない?
そう考えた私は手紙の管理は誰なのかを調べた。
普通は外を担当している男性使用人が行うべきことなのだが、ここでも問題のメイドが担当していることを知ったのだ。
私は遂に何をすればいいのか分からなかった。
ある時調理場を任されている使用人と顔をあわせる機会があり、奥様のことをきいた。
『奥様の手が痛々しいほどに荒れてしまっている』
『髪の毛もお手入れができていないのか艶がなくなっていた』
『睡眠不足なのかクマがすごい』
睡眠薬は屋敷の帳簿にも関わることだし、なにより平民の私は貴族にもおすすめできる効力をもった睡眠薬の購入先を知らないため買いに行くことはできない。
奥様の髪の毛のお手入れも香油を渡すことは出来るが、時間が足りない奥様に渡したことろで、奥様が自らの手で手入れをする場面が想像できなかった。
だけど手に塗るクリームなら、少しの手間だけで済む。
容器を開けてクリームを手に取り塗るだけだ。
私は自分も使っているクリームを奥様が現在使用している部屋へと置いたのだ。
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