⑪その時アルベルト様は…
◆(視点変更→アルベルト)
愛するメアリーと籍を入れ、甘い初夜を過ごした次の日、俺はメアリーに詫びを入れつつ後ろ髪を引かれる気持ちを抱きながら屋敷を出た。
疲れているだろうに、それでもかすかな物音で意識を浮上させ「いってらっしゃい」と舌足らずな口調で見送ってくれたメアリーの姿を思い出しながら、俺は呼び掛ける友であり部下である男に顔を上げる。
「……なんだ?」
「うぉ、こえーな。そんな睨みつけるなよ。
まぁ気持ちはわかるけどさ」
「………」
彼の名はジャニエル・ロックという平民だ。
学生時代に知り合い、平民だが性格も合い考えも似ていることから彼との縁は学園を卒業した今も続いている。
ジャニエルは驚いた表情を浮かべるもすぐに戻し、手に持つ書類を手渡しながら口を開く。
「それでさ、お前の奥さんってメアリー・リンカーっていう子だろ?」
「…そうだが」
「狙ってねーから睨むな。てか俺にだって愛する妻がいるんだから」
「…悪い…」
「悪いと思ってんなら今度奥さんも誘って食事をご馳走してくれよ」
「食事?やっぱりお前…」
「だから狙ってねーって!」
俺はジャニエルから手渡された書類を受け取りながら、テーブルの上に広げられた地図に視線を落とした。
が、ジャニエルからの言葉に顔を上げる。
彼は必死に首を振って否定しているが、慌てる様子が余計に怪しく見えてきたことで、ジャニエルを訝しげにみてしまう。
「俺の妻がお前の奥さんと知り合いなんだよ!」
「なに?」
ジャニエルの妻はエリーナ・ロココというロココ子爵家の次女だったはず。
平民であるジャニエルと婚姻を結んだことで彼女は平民となったが、貴族令嬢だった過去を持つ彼女ならメアリーと知り合いだという情報も正しいだろう。
なによりジャニエルがいうんだ。
正直学生時代は男性と女性で選択する授業も教室も違う為、メアリーの交友関係までは正確に調べていないが、確かに彼の妻に似ている女性がメアリーの隣にいたような気もすることを思い出す。
「お前、爵位を賜っているくせに披露宴もやらねーで、身内だけの小規模で終わらせただろ?
せめて彼女の親友である私もよんで欲しかったわ!って散々聞かされるんだよ」
「……それは悪いことしたと思うが、平民を呼ぶわけにもいかないだろう」
「身内だけならお前が家族を説得すれば大丈夫だったろう?エリーナは元々貴族だし、マナーだってちゃんとしている」
「……それでも全員を説得するのは難しかった」
「は?…あー、そうだな」
脳裏に浮かぶのは父上が再婚した女性の姿だ。
俺がまだ幼い頃に再婚していたのならば母の記憶も薄く、まだ懐きもしていたかもしれない。
だが既に自我も芽生え、親離れをしていた頃に父は再婚した。
既に学園に入学し家元を離れている俺だったが学園の長期休暇中には家へ戻ることもあり、そこで初めて再婚した女性と顔をあわせたのだ。
そして母上の時よりも態度が冷たい父上の接し方に察したものだ。
この再婚は父の希望ではない、と。
そしてこれは俺だけが感じたことではなかった。
二人の兄も同じことを感じていたのだ。
『アル、アル』
そう小声で呼びかけられた俺は手招きをする兄に駆け寄った。




