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①モイラの災難

「モイラ・ダンドリオン侯爵令嬢、前に出ろ!!」


 卒業パーティーの場で、私の名前を叫ぶのはこの国の第三王子リチャード殿下。

 聞き間違いかとも思い、隣にいた友人の令嬢を見るが、彼女にも私の名が呼ばれたのが聞こえたらしく頷いてみせた。

 確かに私の名が呼ばれたらしい。全く接点がないのに何故?

 仕方ない、王族を無視するわけには行かないので、言う通りにするか……。


「モイラ・ダンドリオンでござます。リチャード殿下。如何なる御用でございますか?」


 私は、リチャード殿下の御前に出て、カーテシーを披露する。


「モイラ、貴様との婚約を破棄する!」

「婚約を? 婚約破棄って事ですか?」

「そうだ。そして、俺はこのボニーと新たに婚約を結ぶ!!」


 金髪碧眼の王子様らしい見た目のリチャード殿下には、桜色の髪と萌葱色の瞳を持つ可愛らしい女性が寄り添っている。とても絵になる、美男美少女の組み合わせだ。


「な、なるほど?」

「モイラ、貴様はこのボニーに犯罪まがいの嫌がらせをしたそうだな。その分の処罰も受けてもらうぞ?」

「嫌がらせ!? なぜ、私が?」

「はっ、しらを切るか。貴様は、ボニーに嫉妬し、彼女の私物を破損させる、悪口を言いふらすだけに飽き足らず、ならず者共を使い、ボニーを襲おうとしたそうではないか!」

「いえ、そんなことは……」


 う〜む。リチャード殿下は、勉学の成績はいいのに、ちょっとヘッポコな所があるからなぁ。

 ここはビシッと言っとこう。卒業パーティーの最中はまだ学生って事で、多めに見てもらおう!


「えーと、殿下。その、殿下は何か勘違いされています」

「何?」

「まず、私の婚約者は、貴方ではありません」

「は?」

「私の婚約者は──」

「モイモイ〜♡」 


 そこへ丁度良く、私の婚約者がやってくる。


「遅くなって、ごっめーん! ……あれ? どうしたの?」


 私に後ろから抱きついて、キョトンとしているのは、私の婚約者のスコット・ストレプトカーパス公爵子息。私の幼馴染でもある。赤茶色の髪と瞳を持つ、整った顔立ちの青年だ。

 お父上は現国王の弟君、つまり王弟殿下なので、リチャード殿下とは従兄弟同士だ。なのに色味が地味だからか、あまり女性の影が(モテ)ないちょっぴり残念な殿方だ。


「えーと? 私、リチャード殿下に婚約破棄? されたみたいです」

「え? モイモイの婚約者は僕だよね? というか、ついさっき婚姻契約書いて提出してきたから、書類上ではもう夫婦だよ? それで、少しパーティーに遅れちゃった。ごめんね!」

「「「はあ!?」」」


 私と、リチャード殿下と、ボニー様の声が重なる。スコットは、テヘペロっとしている。

 たしかに記入済みの婚姻契約書を、卒業パーティー前にお互い書いて、スコットに預けたけど!

 リチャード殿下と、ボニー様が間抜けな顔で驚いている。無理もない……。


「い、いいや、待て! 俺とモイラが、婚約者だろ!?」

「いいえ?」

「昔、婚約の打診があっただろ!?」

「え? ああ! そういえば……」


 私は、昔の事を回想する。

 確か、私が十歳位の頃のある日、お父様がニコニコしながら聞いてきた。


『モイラ、第三王子殿下と婚約するかい?』

『嫌!』


 その頃、植物にのめり込んでいて私は──いや、今もそうだが、新しく買ってもらった薬草図鑑に夢中で、即答で断った記憶がある。


『そ、そうか、では断っとくね〜』


 そう言ってお父様は、より一層ニコニコして執務室へ消えていった。

 以降、王族との婚約話はない。


「──ということがあったような?」


 その後、我が家主催のお茶会で、隣りの領地のご子息であるスコットと出会い、初対面で何故か懐かれ、婚約者に決まった。

 この時は、仲がいい友達とずっと一緒にいれるんだくらいにしか思っていなかったな。

 今思えば、あの頃の私、グッジョブです。だって、王族になんて嫁いだら、王妃教育で自分のやりたいことをやる時間が減ってしまうもの。


「あの頃のモイモイは植物にしか興味が無かったからねぇ」

「お陰で、栽培の難しい薬草類が、領地で栽培できる様になったわ」


 今ではウチの領地の特産品だ。

 ちなみに、スコットの領地とは隣同士で、さまざまな薬草を共同で研究したり生産したりしている。


「うん。毒消草は、ウチの領地の土と相性が良くて、今では特産品だよ〜」


 そう言って、スコットは私に抱きついて頬に頬を寄せてスリスリしてくる。化粧が落ちるからやめれ。


「な、な……」

「そもそも、リチャード殿下はまだ婚約者いないですよね?」


 周りの生徒達も頷いている。


 これは、リチャード殿下の素行云々が原因ではなく、単に釣り合う爵位の令嬢がいなかっただけだ。

 どういう訳か、私たちの年代の上級貴族の令嬢は出生率が低かった。つまり上級貴族は男子が余っているような状態だ。普通の貴族であれば、下級貴族から妻をもらっても問題はないが、王族はそうはいかない。

 なぜなら、王太子以外は妻になる貴族の家に婿入りする必要があるからだ。


 幸い、王太子である第一王子殿下と、その補佐をする予定の第二王子殿下は上級貴族のご令嬢と結婚・婚約ができた。

 しかし、残りの第三王子であるリチャード殿下の婚約者は、空白のままとなってしまった。

 他国から婚約者を決めるとか話が出ていたが、いつの間にか噂を聞かなくなくなった。

 まあ、王太子殿下に至っては、王太子妃殿下が男の子をお産みになったそうだし、我が国の王家は安泰なので、第三王子のリチャード殿下は自由恋愛をさせることにしたのかもしれない。


 私はリチャード殿下との婚約を断ったすぐ後にスコットと婚約してしまったのだが、この時はお父様も他にウチより良いご令嬢がいるだろうと、軽い気持ちで断ったらしい。王家も了承してくれたし。


「なので、リチャード殿下はそちらのボニー様ともご結婚できるのでは?」


 ボニー様。たしか、ヘレニウム男爵家のご令嬢。爵位は低いが税収は悪くなかったはずだ。王都に来るまで、少々時間がかかるだろうけど。


「あ、ああ……」


 リチャード殿下とボニー嬢は、何故か呆然としている。嬉しくないのかしら?


「というわけで、リチャード殿下のオモシロ勘違いも正したところで、卒業パーティーを再開しましょう! モイモイ、踊ろうか」

「ええ」


 私はスコットにエスコートされて、ダンスフロアへ向かった。

 楽団の方々が、空気を読んで音楽を奏で始める。

 

 私は、スコットがいつもより甘い笑顔で見つめてくるので、柄にもなくドキドキしてしてしまい、リチャード殿下達の事は直ぐに意識から消えてしまった。

 




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