94 貴方の望みは何ですか?
態々この街の代官自らが案内し、伯爵代理のサラ様が一介の冒険者である俺たちに会う理由は分かった。
ギルマスに渡された手紙の便箋が少女趣味だったのも、ギルマスが渡してきた手紙の内容を読んで良いと言ったのも、それがサラ様がエレファントボアの討伐者宛に書いた手紙だからなのだろう。
俺たちが手紙の配達だと勘違いした原因である、あの手紙を代官屋敷に持って行けというギルマスの言葉は、あの手紙がエレファントボア討伐者の招待状的な役割を兼ねていたからなのだろう。
ギルマスとしては粋なサプライズのつもりなのだろうが、俺としてはそれならそうと説明して欲しかった…。
「望み…、か。」
サラ様は「自分の権限の及ぶ範囲」と言っていたが、伯爵代理の権限の範囲など平民には想像もつかない。
…それに「望みを聞く」とは言われたが「望みを叶える」とは言っていないあたり、権限の範囲内であっても聞き入れられない望みというのもあるのだろう。
「う~ん…。」
(参ったな、決められないぞ?)
英雄と言われようが俺は一冒険者、当然それなりに叶えたい望みは多い。
これなら一方的に金や素材などの現物を報酬として渡された方が楽な気がする。
別に無理して決めなくとも辞退するという選択もあるにはある。
しかし俺は冒険者ギルドでの特別報酬の受け取りの際、ギルマスに“与えられた権利を容易に手放そうとしてはいけない”ということを諭されたばかりだ。
とはいえ一番手っ取り早い「金」は、しばらく狩りをせずとも余裕で三人が暮らせるだけの報酬を貰ったばかりだ。
もちろん金はあるに越したことは無いと思う部分もある。
特に冒険者生活を続けていく上で、いつかまた救護院の世話になることへの備えは必須だろう。
俺が世話になった際は、マリ姉の迷宮都市での数年かけた蓄えが喜捨となったのだ。
万が一の際、金がなくて治療を受けられないという事態は避けたい。
「あ、〈ハイポーション〉…。」
俺の中で望みの天秤が「金」に傾き掛けていると、ふ…と頭にそれが浮かんだ。
怪我をしたら救護院というのが街での常識だが、冒険者が怪我をするのは狩り場…つまり街の外だ。
その怪我が手足の骨折や捻挫などであれば街に撤退するだけで良いのだろう。
しかしこれが緊急を要する怪我だった場合、街に戻っている猶予はどれ程あるのか?
考えなくても分かる、…ほぼ確実にジョンの二の舞だ。
より安全を期するなら「勇者」パーティーのように回復役と、回復薬類の二段構えが理想なのだろう。
俺たち〈白の大樹〉…というより Dランク以下のほとんどの冒険者パーティーにはヒーラーなどという貴重な役はいない。
それ以上のランクのパーティーとなってくると、教会の神請魔法使いと専属契約を結んでいるパーティーが増えるそうだ。
専属契約にはかなりの大金がかけられているらしいが、裏を返せばそれだけ「致命傷を回復する手段」というのは重要だということだ。
ミレット領内…というか人間種の多い街には必ず存在すると言われる創世教教会だが、いくら貴族でも教会の人事に干渉することは容易では無いだろう。
だから俺はせめてもと、金で何とかなりそうな〈ハイポーション〉を求めたのだが…
「…申し訳ありません、それは少々難しいかと思われます。」
サラ様は平民…しかも冒険者の俺に、軽くとはいえ頭を下げた。
「あ、頭を上げて下さい…!」
上級貴族の女性に頭を下げさせていることが落ち着かず、俺は慌ててサラ様に頭を上げるように頼んだ。
いくら俺を自領の街をスタンピードから守った英雄だと言っていても、まさかこれ程礼を尽くされるとは思っていなかった。
「えっと、〈ハイポーション〉が貴重な品なのは分かってます。
ただ…俺たちは冒険者なんで、貰えるなら欲しいなと…」
頭を上げても申し訳なさそうに眉を下げたままのサラ様に、俺はそこまで気にしないように話した。
…駄目で元々、今すぐに必要というわけでもないのだ。
(しかし〈ハイポーション〉が駄目となると、他は何があるだろう?)
俺の話をどう受け取ったのか、他の望みを考え始めた俺に、サラ様は若干焦ったように説明し出す。
「いえ、私共の用意ではご所望の品を1ダース…には少し足りませんが、10はご用意可能な予算がありまして…」
〈ハイポーション〉が一ついくらするのかは不明だが10万ゴールドやそこらで買える代物ではないことは確かだ。
それを一つ二つではなく10は用意出来ると断言するあたり、仮に金を求めたらギルドの報酬など比にならない金額になりそうだ。
報酬の予算については一旦置いておくとして、俺はサラ様の話に耳を傾ける。
「王都には〈ハイポーション〉を作成可能な錬金術師もいらっしゃるので、素材さえあればご用意可能ではあるのです。」
「ほぅ…!?」
俺はてっきり、魔剣などと同じでダンジョンでしか手に入らない品なのかと思っていたのだが、何と〈ハイポーション〉を作成出来る人物が王都にはいるらしい。
流石は王の座す都だ。
(ひょっとしたら王都に行けば〈ハイポーション〉を入手し放題か?)
俺が〈ハイポーション〉が作成可能な品であることに着目し過ぎて、サラ様のその後の言葉を聞き落としていたことに気付かされるのはこの直後。
「しかしその〈ハイポーション〉作成のための素材が希少で、年に瓶一つ作成するのがやっとというのが事実です。」
希少な〈ハイポーション〉作成のための素材もまた希少。
錬金術とは言うが、実際は石ころを金に変えることは出来ない。
「古の勇者」曰く、
『ま、これが等価交換の法則だよねぇ…。』
らしい。
読者の皆さんの望みが「本作の更新」であることを願いたいですねぇw
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