80 底力
パーティーで敵わないなら、レイドで挑めば良いじゃない?
「勇者」パーティーがオーガと戦っていた頃、俺たち左翼の冒険者は同じく左翼に取り残された憲兵隊の一部と共に、特異個体ウリボア…もといエレファントボアに総掛かりで戦闘していた。
「ブォオォッ!」
ドーンッ!
「「「うわぁああぁッ!?」」」
…と言ってもまともに相対出来ているわけでは無く、ゴブリンと同じように群がっては蹴散らされているのが現状だった。
しかしゴブリンと違い被害に対して微々たるものであるが、剣や槍などにより着実にダメージは与えているのも事実だ。
「ブフゥ~ッ…!」
ガッガッ…
荒い息を吐きながら前脚で土を掻き、身体の向きを変えるエレファントボア。
(…何をしている?)
ウリボアの時から今まで暴れ続けていたエレファントボアが初めて動きを止めたことで、周囲の冒険者達には安堵の空気が流れる。
散々剣で斬り付け、槍で突いたダメージが蓄積して、やっとのことであの化け物に効いて来たのだと。
「…なあ、アイツこっち睨んでないか?」
そうは思わなかったのが妙に勘の良いジョンで、言われて見れば土を掻くエレファントボアの動きは、しぶとく生き残り始めた獲物を見定めているようにも思えてくる。
「ははっ、そんなわけ…」
俺は不安そうにするジョンに返しながらも、嫌な予感に冷や汗が額を伝う。
そしてこういう勘は当たるものだと、相場は決まっているらしかった。
「『ブゴォオッ』!」
ポゥ、ドンッ!
一吼えしたエレファントボアが薄く光を纏った瞬間、地面を弾ぜさせて俺とジョンのいる方向に突進して来た。
「うわわっ!?」
ダッ…!
普段から鍛えていた逃げ足を発揮するジョン、その場に取り残された俺。
こういうことを見越して、ジョンはわざとバーンさんに絞られるような真似をしていたのだろうか?
ドドドッ…!
迫る足音。
そんなことを考えている場合では無い!
バッ!
「くっ…、『受け流し』ッ!」
俺は後ろに跳びながら、対ケインの特訓で習得した盾スキルを発動した。
ガッ、ゴリゴリゴリゴリッ!
スキル発動直後に衝撃と、盾ごと身体を持って行かれそうになる横に引く力。
ドドド…、ドッ!
「ゴフゥ~ッ!」
手を伸ばせば触れられる程の間近を走り去り、数m過ぎた辺りで纏った光が霧散し立ち止まるエレファントボア。
俺を振り向き極太の牙の生える口から蒸気を吐く姿は、エレファントボアのヘイトが俺に向いたことを確信するには十分な証拠になっていた。
「………。」
「すげぇ…。
あいつ、エレファントボアの突進を往なしやがった。」
無言でエレファントボアに注視する俺を見た冒険者が、無責任に先ほどの攻防に感嘆していた。
…が、当の俺はエレファントボアの次の行動に注意しながらも、実は冷や汗で全身ビッショリであった。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいっ…!)
心の中で何度も「ヤバい」を繰り返す俺。
奇跡的に無傷で格上の魔物の攻撃を凌いだ俺だったが代償は大きい。
エレファントボアの突進を受けた俺の〈木の大盾〉は、エレファントボアの口に生える牙に深く削られ、辛うじて盾の形を保っているという状態だった。
(一撃でコレかよっ!?)
確かにこの盾は木の厚板に取っ手を取り付けただけのシンプルな盾だが、オークの棍棒の一撃も弾けた優れものでもあった。
それがスキルの強化ありで、一撃掠っただけで使い物にならなくなるとは…。
「ブゴーッ!」
ドドドッ…!
エレファントボアの再びの突進。
「くそっ…!」
ブンッ、バッ!
身構えていた俺は今度こそは逃げ遅れることなく、使い物にならなくなった盾をついでに投げつけてから、エレファントボアの突進を回避する。
ゴンッ!
「ブギャアァッ!?」
俺が自棄糞で投げた盾は突進して来たエレファントボアの右目に角が当たり、思いがけない痛みに悲鳴を上げ急停止するエレファントボア。
「今だっ、殺れぇ!」
ワッ!
誰かの号令で各々の武器を掲げて、いつの間にそこに居たのか疑問になる数の冒険者が、脚を止めたエレファントボアに殺到する。
予定外の Dランク魔物を仕留めたとなれば、誰が見ても一級の武功には違い無いからだろう。
「おらおら~っ!」
ドカドカッ…!
エレファントボアに群がる冒険者に、時折若い憲兵隊員も混ざっているのが見えた。
ボカボカッ…!
「ブ!、ギッ…?」
功績を競う人の攻撃を受け、流石のエレファントボアも途切れ途切れに困惑気味に鳴き声を上げる。
グイッ…!
「ラスト、下がれ!」
タコ殴りにされるエレファントボアを、格上に狙われるという緊張から解放され唖然として眺めていた俺を、焦った様子のジョンが無理矢理引き摺って行こうとする。
「ジョン!?何を─」
あれだけの人数が群がっていれば、誰があのエレファントボアに止めを刺したのか分かったものでは無いだろうが、少なくともあの中に居なければ戦功者の候補にも上がらないだろう。
一時的にでもあのエレファントボアのヘイトを一身に受けた身としては、それが無かったようにされるのは惜しいと感じてしまう。
しかしジョンという男は、ともすれば野生に生きる魔物以上に“危険”というものに敏感らしい。
「ブ…、『プギュアアァッ』!」
ポゥ…ブンッ、ズガガガッ!
叫んだエレファントボアがその立派な牙の生えた頭を、地面を浚うように横薙ぎに振る。
「「「「「ぐわぁああっ!?」」」」」
これでエレファントボアの前付近に群がっていた、3分の1程の冒険者・憲兵隊員が薙ぎ倒された。
「ブギィイィッ!」
ドッ!
「「「ぐぇええぇっ!?」」」
更にエレファントボアが跳ね上げた後ろ脚に蹴られ、群がっていた冒険者・憲兵隊員は最初の半数近くに数を減らす。
「「「「「うわあぁっ、逃げろ~っ!」」」」」
再度、光を纏ってより激しく暴れ始めたエレファントボアに、群がっていた冒険者・憲兵隊員が逃走を始める。
「ギュアアァッ!」
ドガーンッ、ドガーンッ!
しかしエレファントボアは倍返しとばかりに、逃走を図る冒険者・憲兵隊員に踏みつけの追撃を執拗に行う。
「「「「ぎゃああぁっ!」」」」
…最終的に無事這う這うの体で逃げ出せた者は、良くて全体の3割くらいだろうか?
「フシュルルルッ…!」
逃げられ無かった残り7割の者の中にも生きている者はいると思いたいが、牙に四肢を赤く濡らし荒野と化した地に佇むエレファントボアを見るに、その考えては希望的観測に過ぎなさそうだ。
「…なぁラスト、お前奴さんに相当恨まれているらしいぜ。」
俺の横に並びながらジョンが言う。
「ちっ…嫌われるのは慣れていると思っていたが、これは冗談キツいな。」
ジョンのからかいに、ほぼ本心で返す俺。
スッ…
下段に構えるジョン。
グッ…
中段で構えた槍を握り締める俺。
「ギュオオォッ!」
満身創痍の身体で、尚も揺らがない闘志を向けて来るエレファントボア。
「来いやあぁ~っ!」
「ウオオォーッ!」
エレファントボアに負けじと、声を張るジョンと俺。
人や魔物の気配がすっかり無くなってしまった左翼陣地にて、俺たち対エレファントボアの最終決戦が始まろうとしていた。
戦いは数だよ、兄貴。
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