6 職を探して三千里
ビラ配りA「デフだからいっぱい食べるでしょ?」
ビラ配りB「この人モテないんだろうなぁ。」
あの後、巡回の憲兵に声を掛けられるというアクシデントがあったが、事情を話すと厳しかった表情が見る間に気の毒そうに変わり、終いには、
「まあ…何だ?
お前さんはまだ若い、人生これからさ。」
と、肩に手を置いて言われた。
「だから余計なお世話だって言ってんだよ!」
と、もう一度叫びたくなったが、それをしたら今度こそ牢に放り込まれてしまうので我慢した。
「そうだと良いんだがな…。」
俺は半ば自分に言い聞かせるようにして、死んだ目で、巡回の憲兵に相づちを打った。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
「ここだ。」
迷惑ついでにもう一つの迷惑を。
ということで巡回の憲兵に案内して貰い、俺は漸く…漸く商業ギルド前へと辿り着いた。
もうそれだけで人生の目標を達成した気分を味わった。
「世話になったな…。」
「お…おう、仕事だからな。」
感極まった俺の礼に、巡回の憲兵は引き気味に謙遜した。
「じゃあ、俺は巡回に戻るよ。
良い仕事に就いたら、今日の礼に一杯奢ってくれよな。
女神ニュグラスの加護がありますように。」
「ああ、承知した。
女神クトゥグァの加護を祈るよ。」
それぞれこの国で信仰される豊穣と戦の女神の加護を祈り合って、俺は後ろ手に数度手を振って去る憲兵を見送った。
(…あれ、あいつ何て名前だ?)
再会の約束のようなものを交わしたが、相手の名前を聞いていないことに気が付く。
相手の名前が分からなければ職業で訊ねるしかないのだが、この街には憲兵が何十人といることだろう。
(ま、良いや。)
案内してくれた憲兵を探す苦労を想像し、面倒になった俺はこの件は忘れることにした。
だいたいああいうのは激励の常套句だし、気が向いたら門番のジョンに聞けば良いだろう。
「よし、」(たのもー!)
チリリンッ♪
迷惑を考え、内心で気合いの入った訪問の挨拶をしてから、商業ギルドの入り口のドアを開けた。
「いらっしゃいませ、こちらは商業ギルドになります。
ご用件は何でしょうか?」
内心の勢いとは真逆に、ソロリと入っていった俺に、カウンター向こうに座る美人の(←ここは重要だ!)受付嬢が用件を訊ねてきた。
「えっと…仕事を、探してて。」
美人受付嬢に対し俺のトラウマ発動!
ラストはどもりながらも用件を言いきった!
「求職の方ですね?此方へどうぞ。」
スラスラと話す受付嬢が、にこやかに自らの前のカウンターの席を示す。
「お、おう。」
トラウマが発動しっぱなしの俺は、ギクシャクとした動きで、何とか示された席に座る。
「あなたの名前は?」
「ラストだ。」
俺が席につき始まったのは、職を紹介するにあたっての質問だった。
「ではラストさん。
あなたが希望する職種はありますか?」
貴女が触手に絡まれているところが見たいです。
「いや、特には…。」
「文字の読み書き、計算は出来ますか?」
胸を揉みもみっ!?結婚は是非とも!
「読みと計算は少し、書くのはあまり…。」
「ではこちらを声に出して読み上げ、その後こちらの紙に文字を書いて下さい。」
「………あ、ハイ。」
受付嬢が渡してきた二枚の紙片と羽根ペンに、トラウマで迷走していた頭が正常に戻る。
「…えっ、これを?」
渡された紙片の一枚に書いてあった、ワームののたくった後のような線に、思わず俺は確認する。
「はい。
そちら現在人類種共通言語となっている現行人間種語となります。」
村で隠居の年寄り達が、子供の頃教えてくれた文字も現行人間種語の筈なのだが。
(とりあえずそれっぽく読んでみるか…。)
「ええと…。
わたしは、…ソイオイ、オ?…ヨイ、オイ500ゴールド。」
とりあえずこれで一文だ。
「わたしは、イオウィオ、オプ…いやこれは林檎か!」
「…続きからどうぞ。」
心なしか受付嬢の態度が冷たいような気がする。
「100ゴールド、と……大玉蜜柑が100ゴールド。」
二文目の残りと三文目を一気に予想で読み上げ終わる。
(ゴールドってことは金の話だろ?)
商業ギルドらしい文章だ。
何も書かれていない紙片を、自分の近くに手繰り寄せる。
(で、こっちは「文字を書け」…ねぇ。)
受付嬢はこれをやる前に「読み書き、計算は出来るか?」と質問してきた。
となると文章に出てきた数字を使えば…!
[CHENZI IZU 3OOG]
これが、俺の、答えだっ!
「…ぷっ。」
自信満々に返した紙片を見て、受付嬢が吹き出す。
「あはっ、あははは!」
何が可笑しかったのか、声を上げて笑う受付嬢。
「あはは…、もう…申し訳ありません。」
いや、気にしない。
「貴女の可愛い笑顔が見れたので、むしろお礼を言わせて欲しい。」
「…え?」
俺の返答に固まる受付嬢。
(…って、しまったあぁ!)
受付嬢の笑い声を、村の女たちに受けた嘲笑と頭が勘違いして、美人トラウマが発動してしまっていた!
そしてよりにもよって、内心で思っていた筈の迷走した言葉を口にしてしまっていた!
「ボソッ…。(この人私のこと可愛いって。)
………、コホンッ!」
何か言ったような受付嬢だったが、俺がそれに言及する前に、咳払いを一つして空気を整えた。
「残念ながら現在、この街にラストさんに紹介可能な職はありません。」
ぎぃいやあぁぁ~っ!
美人受付嬢の口から紡がれた言葉は死刑宣告となり、俺は頭上から巨大な刃が振るわれたのを幻視した。
因みにラストに渡された文章
「I sold a rabi 500 G.
I buy a aple 100 G,
and a oran 100 G.」
適当訳で
私は一匹のラビを500Gで売った。
私は一個のアプル100G、
と一個のオラン100Gで買った。
となると計算が
500-100-100=?
つまり解答として
CHANGE IS 300G.(お釣りは300G)
う~ん…、残念!
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