60 決着
無限ループって怖くね?(ネタ)
『もしも人生をやり直せるとしたら?』
古の勇者の世界では定番の問いらしい。
(俺は…、…どうするんだろうな?)
死の刃が迫り、ゆっくりと流れる時間の中で考える。
子供の内から鍛える?…いや、農民の子にそんな暇は与えられない。
マリ姉と出会ったらすぐに村を出る?…子供だけでどう生活するというのか。
アーコギ商会を告発する?…出来るなら憲兵が既にやっている。
ケインとの会見を無視する?…多分今以上の理不尽に曝される。
(ははっ、俺の人生詰んでるじゃないか。)
人生を振り返って要所での別の選択肢を考えてみて、今と同等かそれ以上の苦難を想像が想像出来てしまい自嘲する。
(…あ。)
ここでふと、俺がニーニャやマリ姉…リタに出会わなかったことを想像していないことに気付く。
気付いてしまえば“もしも”を想像してしまう。
マリ姉と出会わなければ?…きっと大金と引き換えにマリ姉をケインに引き渡していたかも知れない。
ニーニャと出会わなければ?…マリ姉と二人で逃避行していたかも知れない。
…リタと出会わなければ?…隙を晒したのはケインの方だったかも知れない。
誰か一人が欠けるだけで、かなり良さげな人生が想像出来てしまった。
(…うん、これが俺の答えだな。)
誰か一人が欠けただけで開けた未来。
しかしそれを想像出来なかった時点で、俺は何度でも“今”を選ぶのだろう。
(強突張り…いや、業突張りになったもんだ。)
村にいた頃はモテるどころか、女達に嫌悪されていても当然のように受け入れていた。
街に出てきたことで何の偶然か、誰もが羨むような美女・美少女三人に好意を向けられるとは。
しかもその内二人とは“親密”に付き合わせて貰っている。
人は一度受けた幸運を手放し難いというのは本当で、幸運を3つも抱えようとする様は業が深い。
(…だから俺はここで終わるのか。)
過ぎた業は身を滅ぼす。
衆人観衆の中で心臓を貫かれて死ぬという最期は、業突張りの俺には温い最期ではないか?
(ああ、でも…。)
俺はここで終わったとして、俺が決闘に負けたことでマリ姉はケインの物となり、ニーニャの情報も秘されることはない。
…そしてリタは自分を責めるのだろうか?
それらが俺の業に対する罰だというなら、世界は何と理不尽なのか。
「『因果を乱すのは業、深き業よ混沌を成せ。』」
(混沌…?)
世界の時間の流れが戻る。
「「「「「わああぁっ!!」」」」」
「っ…!」
途端、野次馬達の上げる声に殴りつけられた俺は後ろにバランスを崩す。
「ご主人!」
「ラス君、嫌ーっ!!」
「嘘…。」
音の濁流の中、ニーニャ・マリ姉・リタ…俺の諦められない存在の声がはっきりと聞こえた。
刃が遂に俺に届く。
コンッ
「…お?」
覚悟していた痛みは訪れず、俺に与えられたのは軽い衝撃だった。
「「「「「はぁっ!?」」」」」
ケインの細剣の刃は、確かに俺に届いた。
…いや、辛うじて触れたと言った方が正しいか?
ケインの持つ柄から飛び出した剣身は、その切っ先が俺の胸当てに僅かに食い込んだ後、突き刺さることなく弾かれたのだ。
「へ…?」
必殺の一撃で俺が倒れると確信していたケインは想像と異なる現実に、短い困惑の声を口から漏らす。
状況を掴めていないケインの意志に対し、ケインの身体は飛び込んだ勢いを維持したままであった。
元々リーチの利があったのは俺。
だからこそケインの必殺技に不意を打たれたのだが、ケインの必殺技が不発に終わった今覆された理は正しく働く。
するとどうなるか?
ゴッ!
「ぐげぇっ!?」
ケインは俺の向けた槍に自身の胴を強かに打ち付け、ゴブリンが潰されたような声を出して吹き飛ぶ。
ドサッ!
「痛て!」
金属の塊に勢い良くぶつかって来られては、いくら重量のある俺でも衝撃で尻餅をつく。
ゴロゴロッ!
しかし尻餅程度で済んだ俺に対し、ケインは修練場を転がる。
(「痛い」と言ったな?…あれは嘘だ。)
ガシャンッ…
何回か後ろでんぐり返しをしたケインはその後鎧の金属音をたて、修練場に“大の字”を描いて延びてしまった。
「「「「「………。」」」」」
俺が立ち上がり槍を構え直してしばらく、それでも一向に立ち上がる気配の無さに沈黙する一同。
スタスタ…スッ
審判の一人…ケインの侍従のセハスが見かねて歩み寄り、しゃがんでケインの意識の確認をする。
チラッ、フルフル
しゃがんだまま首だけでこちらに振り向き、他の審判役に首を横に振るセハス。
その行動が示す意味はつまり…
「ケイン・ドクソンの気絶を確認、戦闘の続行が不可能と判断。」
ギルマスが高らかに宣言する。
「よってこの決闘の勝者、ラスト!」
ワアアアァァッ!!
ギルマスの宣言に、集まったギャラリーの上げた歓声が修練場の空気を揺らす。
「ご主人!」
「ラス君!」
ニーニャとマリ姉が感極まった様子で俺に駆け寄って来る。
「おー、二人とも勝っ─」
ガバッ!
俺の言葉はマリ姉が俺の頭を、マリ姉のその豊かな胸に抱え込んだことで遮られる。
「うわ~ん、ラス君~っ」
「ちょっ…、マリ姉!?」
そのまま大声を上げて泣き始めたマリ姉に、俺は暗闇といい匂いに包まれたままマリ姉を呼ぶ。
「ラス君が死んじゃうかと思った~っ」
(あぁ…そうか。)
あの瞬間は俺だって死を覚悟したのだ。
端からみていた二人もそれは同じことだったというわけだ。
俺がニーニャやマリ姉を大切に思うように、俺もニーニャやマリ姉の大事であることを実感して面映ゆい気持ちになる。
「ご主人、…良かった。
あと、ありがと。」
ニーニャも俺の無事を喜び、おそらく俺が決闘を受けた条件についてのお礼を言ってきた。
「あっ、私も!
ケインをノしてくれてスッキリした!」
マリ姉もケインに仕返し…いわゆる「ざまぁ」を成した俺に、子供が英雄を見るような純粋な憧憬を向けてくる。
…まぁその理由は非常に個人的な恨みで、純粋とは…いやある意味では純粋か?
「二人も応援ありがとな。」
「「うん!」」
ケインのマリ姉に対する執着から、貴族の意外な繋がりに受けざるを得なくなった決闘。
得るか、失うか。
結果としてはパーティーの絆が深まっての大団円エンドだった。
しかし今回は“偶々”勝利を掴めたが、俺としては二度とこんなことに巻き込まれるのはゴメンだ。
(でも…もしも同じようなことがあったら─)
「俺は全力を尽くす。」
そのためにはあらゆる“力”を付けなければならない。
ポゥ
そう何度目かの決意を確認し、俺は俺の胸の奥に何かが灯ったのを錯覚した。
ヒュゥ
決闘の熱で浮かれた心を醒ますように、修練場に一陣の風が抜ける。
ビヨヨ~ン…ビヨヨ~ン…
ケインが吹き飛んだ際に手放された細剣の、黄金の柄から“渦を巻いた針金”一本で辛うじて繋がる剣身が、使い手の敗北を表すように虚しく揺れていた。
「『…フフッ』」
まだまだ本作は続きますし、まだ今章は終わりではありません。
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