45 坊主(3日・3ヶ月・3年)
時系列の整理です
6月初旬→実家追放
7月中旬→誤射を受け昏睡
8月中~下旬→昏睡から目覚める
ヒソヒソ…ヒソヒソ…
チラッ
ササッ…
「…はぁ。」
依頼を受けて遥々一日かけ、やって来たスマト村。
依頼主であるファムさんに依頼のウリボアの詳細を訊ねに向かう村の道中、俺は村の住民らの嫌悪を隠さない態度に溜め息を吐く。
(まぁ…出戻りに思われてりゃ、この反応にもなる…のか?)
村に居場所を見つけられずに出ていった俺が、槍と少しの荷物を持って現れたのだから、村にいた頃の嫌われ様からして不審人物と見られても致し方無しだ。(勿論、俺としては遺憾だが)
しかしそれにしても、先程から俺に向けられる視線は嫌悪を通り越して殺気…に近いヒリついたものを感じる。
(畑を荒らされているからか?)
麦の収穫は済んでいるものの、畑にはまだ多くの実りがある。
そこをウリボアが食い散らかしたのだから、農民がほとんどのスマト村民が殺気立つのも理解はできる。
分からないのは「その殺気が何故俺に向けられるのか?」だが、聞いたところで答えの代わりに拳が飛んで来そうだ。
(気にするだけ損だな。)
俺は既にスマト村を出た他人。
そう割り切ってさっさとスマト村から出るべく、気持ち早足でファムさん家に向かったのだった。
…………………。
…………。
…。
コンコン
「はぁ~い。」
依頼人に話を聞くべく実家の戸を叩くと、間延びした変に甘ったるい女の声が返事をした。
ガチャ
「…あら?」
実家の戸を開いたのは兄の嫁のキャサリンだった。
「依頼を受けた冒険者だ。
ファムさんにこの家の主人に話を聞けと言われて来た。」
兄嫁にギルドカードを見せながら、親父に取り次ぐように伝える。
「…あ、はい。
あなたぁ~、冒険者さんが来たわよぉ~。」
俺の姿を見て固まっていた兄嫁が、何故か旦那…つまり兄貴を呼ぶ。
「何だよキャシー、俺は忙し…。」
明らかに寝起きといった様子の兄貴が、俺に気付き目を丸くする。
「よぉ兄貴、安心しろギルドの依頼だ。」
ギルドカードを兄貴にも見せ、出戻りでないことを示す。
「あ、あぁ。」
「ファムさんに依頼を出したのはここだって言われたから、詳しい話を聞きに来た。
親父はいるか?」
未だに混乱している兄貴に、畳み掛けるようにして要件を伝える。
「あ…、ゴホンッ!
ファムさんに依頼を出すように言ったのは俺だ。」
ようやく混乱が治まり取り繕った兄貴に促され、俺は数ヶ月ぶりに実家に足を踏み入れた。
…………………。
…………。
…。
兄貴に聞いた話は詳細というほど新しい情報は無く、単に“はぐれ”のデカいウリボアがスマト村の畑(一番被害を受けたのが実家の畑)を荒らしているので退治して欲しいということだ。
幸い…と言っては何なんだが、何回も荒らされる内に、件のウリボアが畑を荒らす大体の時間がわかっており、それが今から鐘4つ分後から鐘一つ分の間の夕暮れ時(今は大体天後三の鐘から鐘一つ分経ったところか…?)らしい。
(上手くやれば今日中にはここを出られそうだ。)
こんな雰囲気の悪い村になど、一晩でも泊まりたくは無い。
「…ん?そういや親父とお袋は?」
親父もお袋も外出しているとしても、天後の茶休憩の時間を過ぎて“どちらも帰宅しない”というのは違和感がある。
一つ気が付けば、家の中には親父とお袋が住んでいるような様子…例えば使用済みの食器(てか洗えよ)や裏に干してある洗濯物の数が少ないのだ。
「ああ、出ていったよ。」
「出ていっただって!?」
ガタッ!
何気無く聞いたことに予想だにしない衝撃的な返答をされ、俺は思わず立ち上がる。
「落ち着け。
正しく言うと「いなくなった」だ。
…でも村の皆は出ていったと思っている。」
「「いなくなった」、だって…?」
今じたばたしてもどうにもならないことだけは分かり、俺は座り直し詳しい話を聞こうとした。
「全部話せば長くなる。
詳しい話は畑荒らしを倒してからにしてくれ。」
(親より畑が大事かっ!?)
と、俺は一瞬兄貴を殴りたい衝動に駆られた。
(待てっ!
落ち着け、…落ち着くんだ俺。)
これが単に、俺が街から帰省した“家族”であれば「家庭の問題」で済ますことができる。
しかし今は“冒険者と依頼人”という立場であり、ギルドのルールには依頼人とのトラブルに関する注意事項が存在していた。
武器を所持が認められている冒険者は理由の有無に関わらず、武器の所持が認められていない市民…つまり依頼人に加害してはいけない。
これを破った場合、良くてギルドカードの無期凍結、最悪は“赤化”となってしまうのだ。
「……分かった、行って来る。」
俺は何とか自分を落ち着かせ、しかし不満を隠さないぶっきらぼうな言葉を残し“元”実家を出る。
「おう、よろしくな。」
バタン
表玄関の戸を閉める直前兄貴が掛けた言葉は、とても自分の両親が行方不明となっている者の声では無いように感じた。
(…クソ兄貴め。)
ますます不遜になった兄貴の顔を思い浮かべ、心の中で吐き捨てる。
久々に会って確信したが、どうにも俺はあのクソ兄貴が嫌いらしい。
(ま、それは向こうもだろうがな。)
そうでなければ、独立のための生活資金を使い込んだりはしないだろう。
だからさっきの言葉も、兄貴としちゃ何の含みも無い言葉だったりするのだろう。
(さて、さっさと終わらせて全部吐いて貰おうか。)
そう心に決めた俺は一本の槍を伴に、依頼のウリボアを待ち伏せるべく、数ヶ月前まで自分が耕していた畑に向かうのだった。
兄貴(長兄)、クソ兄貴に各下げ
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