33 幼年の日の思い出
大晦日の二話目更新!
唐突な回想スタートです。
─ 10年前(ラスト5歳の初春) ─
彼女と初めて会ったのは隣村との交流会(という名目の嫁・婿探し)、この頃には既に今の体型になっていた俺は、スマト村の連中に『嫁・婿を見つけられなくなるから交流会に参加するな。』と、隣村であるウィッチハント村に来てから言われたのだった。
「ぐすっ…ぐすん…。」
この時の俺は今の俺ほど割り切るには早く、年相応に柔らかい心に傷を負い、物陰で泣いていた。
「君、隣村の子でしょ?
どうしてここで泣いてるの?」
そんな俺に話かけてきた俺より少し年上の女の子。
この時既にスマト村の連中に無視され始めていた俺は、話かけてきた女の子にこれまで受けた仕打ちを、たどたどしい言葉で洗いざらいぶち蒔けたのだった。
「そっか…、君も辛い思いをしてるんだね。」
女の子の慰めの言葉。
しかしその言葉を不信と僅かな気恥ずかしさから、俺は素直に受け止められなかった。
「キレイな君に分かるわけ無いよ…。
みにくい僕の気持ちなんて。」
本心と皮肉をない交ぜに俺は、目の前の女の子と同じ年頃の村の連中に言われた言葉を使って言い返した。
「そんなこと無いよ!
私だって…ほら、この髪とか肌とか目とか…。」
そう言って見せられたのは、夜鴉の羽根のような艶のある漆黒の髪と、日焼けした肌よりも濃い褐色の肌、そして明け方の星空のような紫水晶の瞳だった。
「それが何さ?」
確かにそれらは他では見たことのない特徴だったが、俺のように嫌悪され悪意を向けられるようなものには思えなかった。
「勇者コジロウのお噺は知ってる?」
勇者伝説とも言われる、古の勇者コジロウが魔王を倒すというお伽噺だ。
「うん、…あっ!」
この話を知らずに育つ人間はいない。
彼女の質問に頷いてから、俺は気付いたのだ。
先ほど彼女が言った自身の特徴が、お噺で勇者に倒される魔女のものと同じであることに。
「気付いた?
…そう、私も『悪い魔女の生まれ変わりだっ』て皆
に言われているんだ。」
そのお噺の中ではとある村を支配し、村人に非道の限りを尽くす魔女。
そんなものの生まれ変わりとされて、村で平穏に暮らしていけるわけが無い。
「ごめん…。」
「良いよ、君は悪くない。
私はお噺の悪い魔女だから」
そう言った彼女の浮かべた、悲しそうな諦めたような微笑みは、幼い俺の目に焼き付いた。
「君も悪くないよ!
ファムさんとこの爺さんが言ってたんだ。
『罪の全ては罪を犯した者のみにある』って。」
今でこそこれも、お噺の中で連座で処刑されそうになった貴族令嬢を助けようとした勇者の説いた概念であることを知っている。
しかしそんなことを知らない当時の俺は、勇者のお噺で苦しむ彼女を、あろうことか同じ勇者のお噺の一節で慰めようとしたのだ。
「…君は優しいね。」
その言葉と共に、少しだけ悲しみの和らいだ彼女の微笑みを向けられた俺は、この時に幼心に恋を芽生えさせたのだった。
「へへ…、そうかな。」
この時に言われた俺が「優しい」という言葉。
それ以来俺は他人に優しくあろうと、漠然とした自分の生き方の方針を固めたのだった。
「…ねぇ、もっとお話しよ?」
「うん、良いよ!」
それから俺と彼女は物陰で、二人だけの交流会を行った。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
互いの話したいことを話して数時間。
高かった陽も傾いた夕暮れ。
「おーい…ラスト何処だ、おーい。」
交流会に参加する子供たちを連れて来た大人が、俺を探して呼ぶ声が聞こえた。
「「あっ。」」
彼女も聞こえたのだろう、二人同時に声を上げ互いに見合わせる。
「君の名前ラストっていうの?」
「うん僕はラスト、5才!」
散々話して置きながらこの時点まで、俺と彼女は互いの名前も年齢も知らなかった。
「だから初めて見た子だったんだ。
私はマリア、9才だから4つお姉さんだね。」
嫁・婿探しを始めるのは5才になる年から、 春先と冬前の年二回行われる交流会に参加する。
大体が最初と二回目の参加で満遍なく言葉通りの交流を行い、早い者で三回目の参加で嫁・婿候補を決定、四回目に互いの両親を交えて婚約という流れになる。
それから考えると4年目…9回の参加は男子はまだしも、女子としては多い回数になる。(女子は最低限子を産むことが出来れば、嫁の貰い手は余っている。)
そのことについてマリアに3年目の春で聞いたところ、
「私は交流会に参加して無いよ。」
と、あっさり言っていた。
兎に角、俺が交流会に参加しなくなるまで交流した彼女との出会いはそんな感じだった。
「ねぇラスト君、君のこと“ラス君”って呼んで良い?」
「良いよ。
じゃあ僕は“マリ姉”って呼ぶ!」
二人だけの呼び名、それは何とも言えない特別感であった。
「おーいラスト、村に帰るぞー!」
一向に見つからない俺に、村の大人が段々と焦れてきている。
「大変、ラス君が置いて行かれちゃう!
それじゃあ、またねラス君。」
「うん、またねマリ姉。」
再会の約束を交わし、俺は村の大人と子供連中の待つウィッチハント村の出入り口に駆けて行った。
─ 現在 ─
「ご主人、終わった。」
「…。」
「…ご主人、終わったっ!」
「うおっ!?」
懐かしく苦い記憶を思い起こしていたら、いつの間にか1体のウルフを狩ったニーニャに、間近で(比較的)大きい声を出されて驚く。
「ああ…すまんニーニャ。
えっと…ウルフは肉は大した値で売れないから、普通はこの場で牙、爪、毛皮の素材を剥いで残りは埋めるぞ。」
「わかった。
…ご主人、教えて。」
(そう言えば皮を剥ぐのは初めてだったな。)
薬草採取で薬草を引きちぎって駄目にして以来、ニーニャはこうして俺にやり方を教わるようになった。
俺はウルフの死体の側に屈むニーニャに、後ろから近付いて行った。
ピクッ
「…っ、ご主人避けて!」
突然俺を振り返ったニーニャが叫ぶ。
「…『火球』!」
見知らぬ第三者の声。
(この声は…!?)
ボッ!
「ぐああぁ…っ!」
俺に当たった魔法の火の球は、瞬く間に燃え広がり俺を火達磨と化する。
「ニーニャ…逃げ……ゴホッ…。」
真っ先に思い浮かんだのはニーニャを取り戻そうとするアーコギ商会の刺客。
「ご主人っ!」
逃げろと言ったにも関わらず、ニーニャは俺を包む火を消そうとする。
「嘘っ、人!?
『探索』では確かに魔物の反応が…って、兎に角火を消さないと!
水よ、我が元に集え『給水』ッ!」
バシャッ!…シュウウゥ…
火達磨の俺と消火しようと俺の近くにいたニーニャに水がかけられ、魔法の火は鎮火する。
「ニーニャ、良かっ…」
ドサッ…
『火球』を撃った女の慌てた様子から、ニーニャを狙う刺客でないことに安堵した俺だが、消火されても尚火に焼かれているような痛みが全身を襲い、水でぬかるんだ地面に倒れる。
「ご主人っ、ご主人~!」
「大変っ、回復薬何処だっけ!?」
(あぁ、やっぱり…。)
パシャパシャ
薄れ行く意識の中聞こえるニーニャの声と、お袋の次に多く聞いたと断言できる女性の声。
「…マ、リ…姉…。」
記憶より少し大人びてはいるが、聞き間違いようはない。
それは8年以来振りに聞く、初恋の女性の声だったのだから。
主人公は炎上してしまいましたが、皆さんは良いお年を!
いつも読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆、いいね等、執筆の励みになります。
「面白かった」「続きが気になる」という方は是非、評価の方よろしくお願いします。
感想、レビュー等もお待ちしています。