30 それは天にも昇るような
ニーニャが冒険者登録をし、俺とパーティーを組んだ翌日。
ヒュンヒュンヒュン…
ニーニャの持つスリングが高速で回る音が、ギルドの修練場に静かに響く。
「んっ。」
ニーニャが合図するように声を出し、回転するスリングをタイミング良く止める。
ヒュッ…
スリングに掴まれていた石礫が、回転の勢いそのままにスリングから解放される。
パカーンッ!
飛んでいった石礫は一直線に的に向かい、当たった的を真ん中から二つに割った。
「ほう…言うだけあって上手いもんだな、流石は獣人族って感じだな。」
その光景を俺と共に見ていたギルマスが感心したように言う。
そう…ギルマスである。
実は…と言うほどでもないが、昨日の登録の際にニーニャもチュートリアルを受けているのだ。。(担当職員は当然リタだ。)
因みにGランクは強制受講らしいのだが、それだと俺がチュートリアルを受けた時の「受講者が稀」という話と矛盾が生じる。
そのことをギルマスに尋ねると、この街で冒険者登録をする者は、だいたいが俺のように職にあぶれた農民か荒くれとのことで、僅かにいる孤児も行政の采配で基礎教育を受け行政見習い(という雑用)に採用されているのだそうだ。
(やっぱり街は恵まれているなぁ。)
幸いスマト村ではファムさん家の爺さんやらが、俺を含めた子供に暇潰しがてら基礎教育を施してくれたが、他の村ではそんなことは無く子供も貴重な人手であった。
(そう言えば…爺さんは街出身で、ファムさん家の婆さんと政略結婚したんだっけか。)
そろそろ結婚相手を見つけるという年頃になった時、爺さんがそういう出会い方もあるという例で実体験(という惚気)を子供に話していた。
『ごめんね、私はラス君と結婚出来ないんだ。』
「ぐっ…!」
そんなエピソードを思い出していたらついでのように、記憶の底に封印していた俺の一番のトラウマが、一瞬頭を過った。
「ご主人っ!」
自分の腕の調子をたしかめるようにスリングで投擲を続けていたニーニャが、俺がトラウマに頭を抱えたことで、俺の元へと飛んできた。
「ぁあ…ニーニャ悪い、俺は大丈夫だ。」
ニーニャに心配をさせてしまったことを謝り、俺はもう平気なことを伝える。
(…そうだ、今はニーニャがいる。)
自惚れでなければニーニャは村の女たちと違い俺を嫌悪していない…それどころかこうして好意的な態度を示してくれている。
…それに受付と冒険者という関係で、リタとも今のところ友好的にやれている。
ぎゅっ…
何かに包まれ、視界が暗くなる。
「…ニーニャ?」
鼻を擽る甘い匂いに、ニーニャが俺の頭を自身の胸に抱えたのだと分かった。
「ご主人にはわたしがいるから。
…だから今は他のこと考えるの、ダメ。」
…あぁ、俺の強がりもニーニャにはお見通しだったか。
(駄目だなぁ…、俺。)
自分の情けなさに嫌気が差す。
ナデ
「よし、よし…。」
だけど今は…、俺の頭を優しく撫でるニーニャに甘えるのも良いかも知れない。
(今だけ、明日からまた…。)
しかしそうは問屋が卸さなかった。
「ウォッホン!」
そう、ここはギルドの修練場。
しかもニーニャの武器選択のためのギルマス付きである。
「…ギルマス、風邪?」
ニーニャ、それ違う!
咳払いしたギルマスに訊ねるニーニャだが、その両腕は俺の頭をガッチリホールドしたままだ。
(何やってんだ俺ぇ~!?)
公衆の面前で憚ること無く、12才の少女の胸に顔を埋める15才の俺。
憲兵さん、事案発生です。
(何がっ、「甘えるのも良いかも知れない。」だよ…!)
場合は…まぁ良いとして、時も場所もアウトだよっ!
未だにニーニャの腕から抜け出せていない俺は、ニーニャの腕の中で新たな黒歴史に悶える。
(あ、意識が遠…くなっ)
「ニーニャ、ラストを離してやってくれ。
絞まってる。」
「あ。」
パッ
ようやく解放された俺。
しかしギルマス、もう少し早く指摘出来なかったのだろうか?
解放はされたものの、既に意識が落ちかけていた俺はニーニャの腕の支えを無くし、修練場の土の味を知ることとなったのであった。
「ご主人~~!!」
…ニーニャさん、そんなに大きな声出せるんですね。
それが修練場での、俺の最後の思考だった。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
「よし、武器はこんなところだな。」
「ん。」
修練場の端で俺が目覚めると、ニーニャは既に武器の選択を終えたらしく、確認するギルマスに満足気に頷いていた。
(…こりゃまた、随分と…。)
体を起こし修練場を眺めると、武器の使用感を確かめるために俺も利用した藁を巻いた木人形が、執拗に斬りつけたようにズタボロになって転がっている。
そしてそれをやったであろうニーニャの両手には短剣が2本。
小柄なニーニャでは一撃が重い武器を扱えないため、身軽さと手数を取ったようだ。
ズタボロの木人形は武器決定後の、基本的な立ち回りの練習の結果なのだろう。
「あっ!」
ギルマスと何やらを話していたニーニャが、修練場を眺めていた俺に気付いたようだ。
「お、起きたな。」
ギルマスは俺が倒れたことを気にする素振りもなく、気軽に言った。
「あぁ…、何度もすまない。」
ギルドで気を失うのはこれで二度目。
最近になってから通算三度目の気絶に、俺は頭を垂れた。
「気にするな。
…むしろ俺も、一度は胸に埋もれて気絶してみてぇな!」
(へ…変態がいる!?)
(推定)美人の奥さんがいるにも関わらずそんなことを言うギルマスに、俺は先ほどの自分のことを棚に上げて戦慄する。
ピシャアァンッ!
「ぐわ~っ!!」
そして本性を現にしたギルマスに、雲一つない快晴の空から雷が落ちた。
まさに晴天の霹靂である。
これにはニーニャも驚き、尻尾の毛を逆立てていた。
ビクンッ、ビクッ……ムク…
雷に打たれ、痙攣していたギルマスが起き上がる。
「ふぅ…、久しぶりに効いたな。」
そのギルマスの一言で、この雷が偶然落ちたものではないと覚る。
「………。」
気不味い、…非常に気不味い。
「あ~…、そうだ。
ラストお前、ニーニャのチュートリアル依頼担当な。」
何か誤魔化すことを言うのかと思えば、その言葉は痴話喧嘩の誤魔化し方には少々向かないのではないか?
「…って、は?」
突如告げられたギルマスの暴挙に、俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。
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