1 実家追放の危機
この世界の結婚年齢は男15、女13くらいが普通です。
本作はストックが切れるまでは毎日更新します。
(なるべく切らさないように頑張ります!)
─ 一月と数週間前 ─
「ラスト、お前に話がある。」
その日の作業を終え、村の近くの小川で汗を流してきた俺に、アルフ兄さんが真剣な顔で話しかけてきた。
「スマン、ちょっと待っててくれ。」
「あ…、あぁ。」
時期は初夏。
これから暑くなっていくとは言え、水浴び直後の濡れた体にズボン一丁という格好では、流石に風邪を引いてしまう。
話しを遮られて唖然とする兄さんの横をすり抜け、狭い自室に引っ込んだ。
… … …。
…。
「それで、話って何だ?」
袖の無い上着を着て、髪を拭いた手拭いを肩に掛けた俺は、食卓で待っていた兄さんに用件を聞く。
「……単刀直入に言わせて貰う。」
少しの間、兄さんは逡巡してから話しを切り出す。
「ラスト、お前には近い内にこの家を出て行って貰う。」
話しかけてきたときの様子から、話の内容は予想していたので、あまり驚きはなかった。
「…しかし急だな?」
元々、兄が結婚するまでに家を出るということは、両親に言い聞かされて育ったので、既に覚悟は出来ていた。
基本的に長子以外は、成人したら家を出るのが通例だ。
先月誕生日を迎え15になった俺が、未だに実家暮らしであるのはある意味で異例だった。
しかしそうしていたのは何を隠そう、俺にここから出て行くように言う兄の提案だった。
「すまない。
キャシーが俺と早く結婚したいって聞かなくてな…。」
謝罪しているようで、惚気る兄。
(当て付けかっての。)
兄の無意識のそれにイラッときたが、それはさて置く。
少なくとも兄が謝罪してくる理由としては、兄が提案してきたこととして、
『男手の必要になる収穫期が終わるまでは、むしろ居て欲しい。』
との言葉を反古にすることにあった。
口約束のようなものだが、仮に俺がこのことを村で言い触らすと、兄はこの小さな村で困ったことになるのだ。
「俺もラストに意地悪で言っているわけじゃないのは分かってくれ。」
無言で話を聞く俺に、言い訳するようにまくし立てる兄。
そんなに焦らなくても「家を出る15年一緒に暮らした弟」と「これから家族になる女」とで、兄の中での優先順位が逆転しただけの話だ。
「…わかった、来月までには出て行く。
話は終わりか?」
「まあ待て、俺も心苦しくてな。
ファムさんとこが次女の婿を探してたから、見合いの話をつけておいた。
確かお前と同い年だっただろう?」
俺が了承を示したことで余裕を取り戻したのか、重苦しい雰囲気を一変させた兄が、とんでもないことを宣った。
「ファムさんとこの次女って…、ベアのことか!?」
ファムさんの家はこの村一番の広さの畑を持ち、村の作物取引の取り纏め役でもあり裕福だ。
それゆえにファムさんの家は大きく、また二人の娘を非常に可愛がっており、
『ウチの娘は嫁に出さん!』
との公言を実行出来る状態にあった。
そんなファムさんの次女との見合い話は、普通なら「“逆玉の輿”のチャンス」と喜ぶところだろう。
兎に角、両親と姉に甘やかされた結果、ベアトリスは少々高慢な性格に育った。
本人も村には中々いないレベルの美人であることも高慢さに拍車を掛け、婿候補を袖にし続けた結果「15まで未通の美人」という奇跡の存在が実在するに至った。
「見合いは三日後だ。
気に入られるよう頑張れよ。」
兄は無責任な応援の言葉を言うと、愕然として固まる俺を放置して食卓を立って行ったのであった。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
─ 三日後 ファム邸にて ─
「おお、よく来てくれた。
さあこっちで待っててくれ、ベアを呼んで来る。」
俺の今後が決まる運命の日。
父親のファムさんに歓迎され、案内された応接間のソファーに座り待機する。
(このソファー、一体いくらなんだ?)
体験したことの無い座り心地の良さに、ついつい価値を考える。
しかし考えたところで、汚したらとても弁償出来ない額であることしか分からなかった。
見合いに備えて狂ったように水浴びをして来たし、服も比較的小綺麗なものを着てきたので、この高価なソファーを汚す心配は無いと思いたい。
カチャカチャ、コポポッ
「………。」
見合いとは関係のないことで緊張する俺をよそに、ファムさんの奥さんがお茶の準備をする音が、静かな応接間の唯一の賑やかしだった。
コンコン
「ラスト君、待たせたね。」
結局用意して貰ったお茶に手をつけることもなく、ファムさんがベアトリスを連れて来た。
「っ!」
ファムさんに続き応接間へと入ってきたベアトリスを見て、俺は呼吸を忘れた。
緋色の長い髪に、吊り目がちの黄金の瞳が、彼女の気の強さを魅力に昇華している。
噂で美人とは聞いていたが、噂で想像する以上の美人が目の前にいた。
フルンッ
そして何より、立ち止まった時に揺れた立派な双丘に視線を奪われる。
「このオークみたいなのが婿候補?
何で?無理ムリ、絶対イヤ!
目線もなんか気持ち悪いし、不快でしかないわ!
こんなのと結婚とかあり得ない!
今すぐここから出てって、消えて、帰ってよ!」
デ ス ヨ ネ。
俺に浴びせられる、噂が生易しく感じられる苛烈な言葉。
…男の性とはいえ、初対面で胸を凝視するのがマズイのは分かった。
ベアが激怒したことで、見合いは対面から10秒も保たずに終了。
未だ止まない言葉の刃に追われ、そそくさと逃げるようにファム邸を後にする。
ついて来たファムさんには、邸の玄関前でベアの放った暴言に対しての謝罪を受けた。
そして帰宅した俺は、傷つき軋む心を密かに抱え、生まれ育った村を出る準備を始めたのだった。
豆腐メンタル主人公。
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