192 澱
Tips :〈トムキャット〉
海辺に生息する、見た目は背中に翼の生えた猫系魔物。
翼を折り畳み高速で滑空し爪で引っ掻く「突撃形態」と、翼を羽ばたかせ高空から有毒性の『クリミントミサイル』で攻撃する「爆撃形態」を使い分けた戦闘をする。
また、剣で斬った箇所が別々で動いたり瞬時に本体にくっついたりと斬撃や、槍や矢などの刺突に対し不死身と見紛う程の耐性を持つ。
その厄介さと「爆撃形態」での攻撃方法から、「糞海猫」という蔑称で呼ばれるのが一般的。
しかしその実態は、小さな魔物が寄り集まって1体の魔物として活動する群体型の魔物であり生命力は低く、面による攻撃や攻撃魔法に滅法弱い。
数日後。
俺たちは寒空の下、目的地に向かって歩みを進めていた。
「はああぁ~~…。」
着々と近づく目的地に俺の足は泥を纏ったように鈍り、同時に重くなっていく心に盛大なため息を一つ。
「そんなに嫌なんですか?」
そんな俺を見て〈白の大樹〉で唯一事情を知らないアデリナの疑問に、マリ姉とリタは互いに顔を合わせて苦笑い。
「ん、ご主人の敵?」
ニーニャは前を見たまま頷き、誇張気味だが端的に俺と〈スマト村〉との関係性を語る。
(いや、合ってる…のか?)
俺があの村でやられた最悪のことと言えば、鍬や鋤を持った男衆に囲まれ獲物を奪われたこと。
鍬や鋤は農具とは言え、人を害することの出来る武器ともなる。
つまり〈スマト村〉の住民は武器を持ち出して、俺から財産を奪ったということ。
これは立派な盗賊行為だ。
奴らが討伐されないのは正式な村の住民であり、被害者が低ランク冒険者ただ1人だったからに他ならない。
冒険者ギルドが領主に抗議を入れたようではあるが、逆に依頼内容の不備を突かれる結果だったとか。
ギルドは〈スマト村〉からの依頼の一切を拒否することで制裁としたが、今回は偶々討伐対象が〈スマト村〉周辺に拠点を構えたとして依頼を受注させてきたのだ。
あの時に絶縁を突き付けた身として…そしてその時の奴らの反応からして、今回俺たちが依頼で赴くことで奴らが調子に乗る様子が思い浮かぶ。
(まっ…今回は盗賊だし、獲物の横取りの心配は無い…けど…。)
俺は婚約者兼パーティーメンバーを見渡す。
・マリ姉 →攻撃魔法使い、適齢期の美女。
・ニーニャ→身体能力の高い獣人、少し若いが適齢期
間近の美少女。
・アデリナ→治癒士、若干年増であるが十分適齢期の
美女。
・ リタ →ギルドに伝手あり、適齢期の美女。
改めてみると、全員が何かしら村に有用であり器量の良い女だ。
そして彼女達を連れる俺は、村の嫌われ者で底辺冒険者…だと思っている筈。
実際は全員が俺の婚約者か婚約者候補なのだが、それを知らない村の連中は彼女達に男を宛がおうとするに違い無い。
アデリナとマリ姉あたりが人気で、リタもギルドに依頼拒否されている今、伝手を求められるだろう。
ニーニャも腕を見せれば求婚が殺到するだろうが、やはり人と異なる獣人であることと若すぎることがネックになるか?
それを言ったらマリ姉も〈ウィッチハント村〉との関係上、倦厭される可能性もある。
(…って、俺は何を真面目に評価してんだ!?)
奴らの視点でどう評価されようが、俺にとっては全員が素晴らしい女達だ。
あんな村の連中にやるくらいなら、俺があの村の連中を皆殺しにしてやる…!
「ギリィッ…!」
「コソッ(…ラストさん、凄い怒ってません?)」
「コソッ(それだけ村で酷い扱いを受けたのでしょうか…?)」
「いや、あれは変なことを考えていた顔ね。」
「ん、愛されてる。」
俺が内なる魔王を目覚めさせている後ろで、リタとアデリナは恐々とし、マリ姉とニーニャは呆れたような嬉しそうな顔をしていたことを、俺は知る由も無かった。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
木の柵で囲まれた〈スマト村〉の丸太の枠としか言えない門が見える頃には、憂鬱で俺の動きは壊れかけの〈ゴーレム〉より鈍くなっているように感じた。
「…ん?、っ!
誰だっ、この村に何の用だ!?」
丸太の枠に凭れ掛かるようにして立っていた今日の門番担当が、俺たちに気付き鋤を向けながら誰何してきた。
(厳戒体勢か…。)
俺が村にいた15年間で一度だけ、村近くの森で〈森魔狼〉の群れが目撃された時以来だろうか?
いや…あの時は村を訪れる人に対しては、厳重な注意を促していたか。
(警戒対象が人…、もう被害が出てるな?)
この村を訪れたのは盗賊団の根倉探しの拠点とするためだったが、この様子だと図らずもこの村の連中を助けることになる。
絶対に嫌とは言わないが…かといって積極的に動くつもりなど俺には無く、もし盗賊団が拐った村の女を人質にしても盗賊の排除を優先するつもりだ。
「私たちはこの周辺を根城とする盗賊団の討伐依頼を、領主様より受けて来ました。
調査のため、拠点の提供をお願いします。」
道中の打ち合わせ通りサブリーダーであるマリ姉が、門番担当にギルドカードを見せながら領主からの依頼であると強調して言う。
「あん?………って、C ランク!?
ちょっと待ってくれ、纏め役を呼んで来るっ…!」
ドタドタ…
全身をマントで包み隠した女という出立ちのマリ姉を訝しむ門番担当だったが、領主の依頼と強調されては確認せざるをえない。
そしてマリ姉が提示したギルドカードに素っ気なく書かれた Cというランクを見て、門番担当は一瞬で顔色を変えて村の纏め役…変わっていなければファムさんを呼びに駆けて行ってしまった。
「えっと…、私たちはどうすれば良いんでしょう?」
「待てとは言われましたが…。」
取り残された形になった俺たちだが、旅慣れておらず純真な性格のリタとアデリナは戸惑ってしまっている。
本来なら門番がいなくなるなどあってはならないと思うのだが、それは俺たちが考えることでは無い。
…それに向こうが来るのを素直に待つより、こちらからも向かった方が僅かとはいえ手間も省ける。
「…んじゃ、行くか!」
「ん!」
「そうね。」
「「えっ!?」」
アデリナとリタが驚きの声を上げはしたものの、俺たちは誰に咎められること無く、丸太の粗末な門を通り抜けたのであった。
持ち場を離れた門番担当は、後日コッテリ絞られたとさ。
門番担当「謀ったな!?」
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