177 魂身一擲
誰もが異形と化したヒューバートに立ち竦んで動けない中、最初に動き出したのは意外な…いや、当然?……やっぱり意外な人物だった。
「う…、うおおおぉ!」
ブンッ!
自らを鼓舞するように吼え、嗤うヒューバートに向かって投擲斧を投擲したのは丸刈りのモスキー。
その異常なまでに鍛え上げられた腕の筋肉は伊達では無く、高速回転する刃の輪がヒューバートに迫る。
ギュルルルッ…!
「アト、ニヒ」
ガキィイィンッ!
「キィ…?」
モスキーの投げたトマホークは、確かにヒューバートの顔面を捉えた。
しかしその刃は蠢く影に置き換わった部分に当たって弾かれ、ヒューバートの頭を仰け反らせるのみに留まった。
カクンッ
「…アハッ、キカナァイ。」
お道化た口調で嘲笑うヒューバートだが、その目は冷たくモスキーを捉えている。
モスキーが奮い立って攻撃をした結果は、ただモスキー自身の命を縮めることにしかならなかったのか?
そんなことは無い。
ガンガンッ!
「こっちだ、バケモノ!」
いつモスキーがヒューバートに攻撃されてもおかしくは無い緊迫の空気の中、〈標準騎士団〉のメンバーの1人が盾を打ち鳴らし自身の存在をアピールをする。
そんな事をすればどうなるかなど、頭を悩ませる前にヒューバートが動いた。
「ハハッ!…シネ。」
ヒュルッ!
歓喜の笑い声の後、何の感情もこもらない声で告げると、ヒューバートの右腕代わりの触手が伸びる。
「っ!」
スッ…
「馬鹿っ、避けろ!」
あろう事かいつものように盾を構えたメンバーに、〈標準騎士団〉リーダーの叱責が飛ぶ…が。
もう、間に合わない。
ビルダーさん生え抜きの精鋭であっても、ヒューバートに取ってはそれまで惨殺したその他大勢と変わらないのか。
防御不能の影の触手が、新品同様に磨かれた盾を無惨に貫─
ギャリリリィッ…!
「くっ、おおぉ…!」
「「「「!?」」」」
─かれること無く火花を散らせたことで、連合メンバー全員が目を剥いて驚愕する。
「…へっ、俺のも中々に硬いだろ?」
触手を受け止めた〈標準騎士団〉メンバーは、冷や汗を流しながら軽口を叩いた。
…確かに凄い事なのだろうが、台詞が変態チックに聞こえたのは、俺の心が汚れているせいなのか?
「っ…総員攻撃、奴に動く隙を与えるな!」
無謀な行動が元といえど、活路を見逃すビルダーさんでは無い。
それに日頃から人などより強力な魔物を相手にしている冒険者の精鋭パーティーに、今更敵が強力だからといって尻込みする者は一人もいない。
これまで手ぐすねを引いていたのは、あくまでも“防御不可”という特性の厄介な攻撃に警戒していたからに他ならない。
いつも通りの戦い方が出来るのであれば、それはもう普段と変わらぬ“狩り”なのだ。
「奴の攻撃を引き付ける!
弓持ちは俺たちの後ろに来い、お前ら合わせろ!」
「「「「『強化防護』ッ!」」」」
キンッ…!
〈標準騎士団〉は各々異なる装備の中で、唯一揃いのヒーターシールドを構えて陣形を組んだ。
ヒュヒュンッ…、ガガガッ!
隙間無く横一列に盾が並ぶその密集(?)陣形は、スキルの強化も相まって強固な金属壁と化し、左腕同様5本に分かれた触手の連撃を阻む。。
「助かる!」
「ここは安全だ、安心して射ちまくれるぞ!」
〈標準騎士団〉の呼び掛けに呼応し、最初の遠距離攻撃のために3グループに分かれていた外回り組が素早く集結。
「良いか、誤射は絶対に避けろよ?」
「これだけ安定して狙えて、誤射るような素人はいねぇよ!」
俺たちと交流のある外回り組パーティーその1のリーダーの忠告に、合流した外回り組パーティーその2のリーダーは自信満々で返す。
…俺としては前者寄りの意見ではあるが、後者も経験と実績に裏打ちされたものであることは理解しているため、背中を預けることに不安は感じ無い。
「そういうことじゃ…まぁ良い、取って置きってのを出してやるか。」
スッ…、パチパチッ!
(何だあのスリングショット!?)
そのままなんとなく意識を向けていた俺は、外1組のリーダーが取り出した武器に驚く。
…いや、パチンコとも言われる柄付きの投擲紐であるのは見た形の通りだ。
しかし一体どんな魔物の素材を使っているのか、取り回しが悪くなりそうな前に突き出したフレームが雷を帯びていた。
ピクッ…
そのスリングショットが取り出された瞬間、俺の握る〈巨象魔猪の骨槍〉が反応したような気がした。
が、武器が独りでに動く筈は無し。
「全部が硬いってワケじゃ無いだろっ!」
ザシュッ!
ヒュンヒュンッ…
「よっ…ほっ、たった2本で俺たちは止められねぇよっ…と!」
ズバッ!
防御を捨て極限までの軽装…古の勇者曰く「オワタ式」装備の〈迷宮探索隊〉は、その身軽さで攻撃を掻い潜り、影に置き換わっていない素の部分を斬りつける。
古の勇者の故郷で有名な将官の言葉である「当たらなければどうということは無い」を、〈迷宮探索隊〉は今まさに体現していた。
「とうっ『筋肉白刃取り』!」
ガシィ!
「『筋肉踏みつけ』、ぬぅあぁっ!」
ズドン!
ふざけた名称のスキルで、それぞれ1本の触手を押さえるのは丸刈りモスキーとドレッドヘアーのサイ。
「『オオオォッ!』」
『雄叫び』の雄叫びを上げながら戦斧を担ぎ、本体に迫るのは連合のリーダーであるビルダーさん。
だが、それは時期尚早だった。
ビルダーさん達〈筋肉同盟〉に向けられていた触手は3本、モスキーとサイが1本ずつ受け持ってはいるがまだ足りない。
ヒュッ!
迫る脅威に反応し、フリー状態だった触手がビルダーさんの身体を貫かんと伸びる。
(駄目だっ!)
俺は心の中で悲鳴を上げるも、今は動けない。
しかし次の瞬間、俺はトンでもない瞬間を目撃する。
バッ!
「フォーッ!『我が肉体は鋼成り』ィッ!!」
ガキィイィンッ…!
なんと、息を潜めてビルダーさんに追従していたセップスがビルダーさんの前に飛び出し、迫っていた触手を金属音を響かせて弾いてしまったのだ!
鍛えた肉体を「鋼の肉体」と表現するが、スキルありきとはいえ実際に鋼のような硬さにするなど…正気の沙汰じゃない。
だがこれで障害は無くなった。
「ぜやああぁっ『鎧砕き』ゥッ!!」
『鎧砕き』、その名の通り鎧などの硬いモノを砕くスキルである。
しかし鋼並みの硬さがあろうが、対象が精々が鍛えた人間の腕の太さ程度でしか無い場合。
ズバアァッ!
「グァアアアッ!」
ビルダーさんという熟練者が振るう業物の斧の刃は、右の触腕を肩からバッサリと断ったのだ。
「────、『神気付与』!」
パァアッ…!
そして長い詠唱を終え発動したアデリナのスキルにより、神聖な光に包まれる俺の槍。
((((今だっ、やれ!))))
そんな連合メンバーからの視線を受け、俺は駆け出す。
ダッ…!
「『猪突ぅ…」
近付くヒューバートの無防備な背中。
俺が狙うは肩甲骨の中央辺り、そう…心臓だ。
「猛進』…っ!」
グンッ!
スキル発動により加速する身体。
ヒューバートは断たれた腕に気を取られ、俺の接近に気づいていない。
ヒュッ、…ガッ!
「「「「「!?」」」」」
ズンッ!
「ウガァアアァッ!!」
左肩を貫いた聖なる光を纏う穂先。
右腕を断たれた時以上の絶叫を上げるヒューバート。
「嘘だろ…!?」
(外した!?)
皆で作り出した、千載一遇のチャンス。
それを水泡に帰したのは、人の悪意だった。
ラストシーンの元ネタは超銀河砲。
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