173 傲りは身を滅ぼす
Tips :〈発破筒〉
人力では砕くことが難しい、硬い岩盤を破壊するためにドワーフが開発した道具。
危険性を示す赤い筒に、引火すると強力な爆発を起こす粉を詰め、導火線を繋いだシンプルな構造をしている。
〈発破筒〉の最重要材料である爆発する粉は〈火薬〉と呼ばれ、その危険性から製法はドワーフの機密である。
岩盤を砕く威力があるため当然殺傷力もかなり高く、それ故に〈発破筒〉は武器への転用が原則禁じられ厳重に管理されている。
しかし〈発破筒〉に使用される〈火薬〉を武器に転用した者が過去におり、〈火薬〉の武器転用は特に禁じられてはいなかったが〈火薬〉も〈発破筒〉に含まれるとして、その者は〈ドワーフ鍛冶国〉より追放された。
「チョイヤァッ!」
バシッ!
「ぐっ…!」
「チェイァアッ!」
ドカッ!
「ぐあぁっ!?」
マスター・ヨーグは強かった。
攻撃の際に上げる甲高い奇声はどうにかならなかったのかとは思うが、それが問題にならないくらいにはヒューバートを圧倒していた。
ワーッ!ワーッ!
ヒューバートが頑丈なこともあるのだろうが、攻撃手段が徒手空拳なために未だに決着はついていない。
しかし一方的な戦いに大概の野次馬達は、これが剣闘死合いであるかのように盛り上がっている。
…そうなってしまうのも、仕方の無いことではあった。
何故なら、ここまで圧倒されていながら力を抑える理由など普通は無く、逆説的に「ヒューバートは全力を出した上で、マスター・ヨーグに圧倒されている」とほとんどの者は直感的に感じていたのだから。
「セェイッ!」
ボグゥ…!
「カッ…、ハッ…!?」
それはあながち間違いでも無く、ヒューバートの鳩尾に強烈な拳打がめり込む。
「うっ…!ゲェエェ…」
堪らず、嘔吐くヒューバート。
「キィイイ、ェアッ!」
ガッ!
そんな隙をさらしたヒューバートの下がった頭の顎目掛け、マスター・ヨーグは渾身のハイキックを見舞う。
「ッ…!?」
かち上げられ、そのままの勢いで後ろへと宙を舞うヒューバート。
ズザザァ…
「………。」
受け身も取れず地面を滑り、仰向けに倒れ伏すヒューバート。
呻き声は聞こえず、身体もピクリとも動かない。
「「「「「ワァー!!」」」」」
ヒューバートが完全に沈黙したことで、勝負がついたと歓声を上げる野次馬の冒険者達。
そしてその一部はマスター・ヨーグの思惑通り、圧倒的な強さを見せつけたマスター・ヨーグへ師事を願い出ていたりしていた。
…これが見世物であったのならば、それで良かったのだろう。
「………ぅ。」
倒されたまま放置されていたヒューバートが、その頑丈さ故か意識を取り戻す。
…が、盛り上がる野次馬達の喧騒に、その微かな呻き声は掻き消されてしまった。
ザッザッ…
しかし、敗北し誰にも見向きされないヒューバートに、歩み選る影が一つ。
「……バ、トラー…。」
「手酷くやられてしまいましたね?」
ヒューバートを見下ろすのは、ヒューバートの使役する〈悪魔〉であった。
主人を介抱するどころか、どこか嘲るように言うバトラー。
「は…話が…、…違う。
僕は最強に……、なった…んだ…。」
「それは勘違いですねぇ。
貴方は私に、自分の才能を引き出すことを求めた。
ですから残念ながら、…貴方はそれが限界だ。」
ヒューバートとバトラーの会話に気付く者はまだ居らず、悪魔の取引は着々と進む。
「そ…んな…、僕はまだ…奴らに…」
「はい。…ですので新たに契約致しましょう。
人を越えた私の力を、貴方が求めるだけ使うことが出来る契約を。」
大いなる力には、それ相応の代償を伴う。
ヒューバートとてその契約を交わしたら後戻り出来ないことなど頭の片隅で理解していたが、惨めに敗北して尚も復讐に囚われているヒューバートには「人を越える」というのは甘美な響きであった。
「寄越せ…バトラー、お前の力をっ…!」
バトラーはその口を、三日月のように歪めて嗤う。
「イエス、マイロード。」
バトラーは黒い霧となり、ヒューバートに吸収されていく。
「…むっ、まだ邪気は滅びておらん!」
「「「「「!?!?」」」」」
ここでようやくマスター・ヨーグが増幅していく邪気に気付き、冒険者達は邪魔にならぬよう再び輪を形成する。
「コれが、僕の…シンの姿アぁッ…!」
カクカクとした不自然な動作で起き上がったヒューバートの姿は、肌が漆黒に染まり額には歪な形の角が一本伸びていた。
そして黒いモヤを纏い、影は不気味に蠢いていた。
「…人の身を棄て、魔に堕ちたか…哀れな。
だが安心せい、儂がすぐに引導を渡してくれよう。」
『魔化』したヒューバートの不気味さに怯むことなく、マスター・ヨーグは厳かに構える。
「煩イ、ザコがっ!」
ブンッ!
ヒューバートの纏うモヤが手を形作り、剣のような鋭く長い爪を拡げてマスター・ヨーグに伸びる。
「虚仮おど…」
スパパッ
「しぶっ!?」
おそらく、弾くか何なりして防御しようとしたのだろう。
しかしそれは叶わず、マスター・ヨーグは縦に5列横に2列の計10の塊に分かたれた。
ボトボトッ…
「「「「「………。」」」」」
あっという間のマスター・ヨーグの死に誰もが唖然とするばかりで、地面に肉塊が落ちる音がやけに響いた。
「アハ…あはは。
圧倒的ジャないカ、悪魔の力ハ!」
仮にも冒険者に囲まれているというのに、哄笑を上げるヒューバート(?)
だが、『魔化』したことで並の冒険者では太刀打ち出来ない力をヒューバートが得たのは、今まさに見せられたところだ。
…さて、復讐に燃える人間が圧倒的な力を手にするとどうなるか?
ゾクッ
「ッ!?回避!」
感じた悪寒に従い、俺は咄嗟に叫んだ。
「「「ッ!」」」
バッ!
普段から俺の指示を受けている〈白の大樹〉メンバーは勿論、実力者達も俺の警告に従ってその場から跳び退く。
「「「「「…?」」」」」
しかし大多数の冒険者達は、突然の叫び声に不思議そうな顔をするばかり。
ザワザワ、ザッ!
「ギャッ!」
「がっ…!?」
「カヒュッ…」
「…へ?」
足元の影が蠢き瞬時に槍と化し、突っ立っていた冒険者達を刺し貫いたのだった。
ラストがモブAみたいになっていましたねw
次回からは、ちゃんと主人公やれると思います。
活躍をお楽しみに。
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