15 嫉妬と悪意
この世界の一日は24時間。
午前が前天、午後が天後と呼ばれ、一時間毎に時間の分鐘が鳴り、30分毎に一回鐘が鳴ります。
11話で一週間が10日と出ましたが、一ヶ月が4週の、一年12ヶ月です。(40×12=1年480日)
なのでこの世界の年齢×1.3(480÷360=1.333…)が地球換算の年齢になります。
(例 15×1.3=19.5≒20)
人には知られてはいけない証拠の隠滅をし終えた俺とギルマスは、後鐘二つで門が閉まる天後六の鐘を数えてから少し遅れて街へ帰還した。
「…ほら、そんな悄気てたらバレちまうぜ?
こういうのは堂々としとけって。」
ギルドに入る前、未だに“事故”を引き摺りどんよりする俺に、ギルマスが「秘密を隠し通す秘訣」なるものの一つを伝授して来る。
(…ギルマス、まさか?)
いかにも豪快といったギルマスが隠す必要のある秘密とは…いや、考えるのは止そう。
藪をつついて隠密蛇を出すような真似はしない。
「おぅい、戻ったぞ~!」
いつの間にかギルドの扉を開けていたギルマスが、カウンターに向かって自分たちの帰還を知らせた。
ザワッ、ザワザワ…
ギルマスの声に、今日の依頼を終えたのか、ギルドに併設された酒場にいた冒険者達が一瞬黙る。
しかしすぐにそれぞれが会話を再開し、その騒がしさの中を俺とギルマスは、俺専属受付であるリタが座るカウンターに向かった。
「ギルマス、ラストさん…、お帰りなさい。」
ギルマスと俺の全身一瞬眺めた後、リタが緊張を緩めて言った。
「…それにしても遅かったですね?」
依頼完了の処理をしながら、リタが訊ねてきた。
ギルマスと俺(願望)の帰還が遅くなって心配していたのだろう。
しかし事情を説明するわけにもいかず、俺は答えに窮する。
「ちょっとしたトラブルがあってな。
…ああ安心しろ、既に解決済みだ。」
代わりに答えたギルマスだが、ギルマスが「トラブル」と言うので「緊急事態か!?」と表情を硬くしたリタ。
しかし察したギルマスが解決済みと言ったことで、再びいつもの表情に戻った。(その前にリタがギルマスを睨んだのは気のせいだと思う。)
そして俺は特に追及を受けずに済んだ…
「おいおいギルマス、新人が漏らしただけでトラブルたぁ言い過ぎじゃねぇのか?」
と思いきや、赤ら顔の冒険者がギルマスに絡む。
「なっ、なん…!」
機密情報を赤の他人が知っていることに、俺は動揺してギルマスを見る。
「誰がそんな話を?」
動揺してしまった俺に対し、ギルマスは毅然とした態度で赤ら顔の冒険者に訊ねた。
「大法螺吹きのホラフキーだ!」
ホラフキー?誰だそれ。
二つ名から録な性格ではないことは確かだが。
「またあいつか…。」
ピンと来ない俺に対してギルマスには心当たりがあるようで、羽根飾りの憲兵のように、問題児を抱える責任者の顔となるギルマス。
「ゴブリンで漏らす新人がいたって言うからどんな貧弱な奴かと思えば…、随分デカイ図体してんじゃねぇか!」
「図体はオーク並みにデカイがタマは歯鼠ってか?」
「そうか、歯鼠だから早漏なのか!」
「ビビりオークならぬチビりオークってな!」
「チビったて言うには、オークらしく量だけは多いみたいだがな。」
「「「「「ギャハハハハッ!」」」」」
赤ら顔の冒険者が酒場の方に向けて言い、赤ら顔の冒険者に次々と便乗してくる酔っ払い冒険者達。
「お前ら…!」
(ああ…、そういう輩か。)
酔っ払いを叱ろうとしたギルマスを止める。
一丸となって笑い声を上げる冒険者達を見て、秘密が暴露され動揺していた筈の俺は、急激に心が冷えていくのを感じた。
今俺を笑っている奴らにとって、ホラフキーだかの話の信憑性など“どうでも良い”のだ。
むしろ俺やギルマスが反応を返すだけ、面白がってエスカレートすることだろう。
「リタ、報酬をくれ。」
顔を赤くして俯いていたリタに、ゴブリン討伐の報酬を要求する。
こういう時は相手にしないことが一番良い対応だと、俺はこれまでの生で学んだ。
しかしリタに報酬を要求する俺の声は、今までにないほど冷淡だった。
「はい…。
ゴブリン3体で3,000ゴールドになります。」
リタがカウンターに出した銀貨三枚を無造作に銭袋に入れ、俺はギルドを後にした。
ギルドを後にする俺を、リタが悲しげな顔で見送っていたことには、俺は終ぞ気付くことは無かった。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
と言うのが、俺の中で「膀胱決壊事件」として黒歴史に封印した出来事のあらましだ。
それからというもの俺は、俺をからかってくる冒険者達を無視してチュートリアルをこなしていった。
合間にギルマスに槍の稽古をつけて貰ったりもしつつ、〈初心者の森〉に出る魔物はギルマス監修の下、オーガを除いて一通り倒すことが出来た。
そしてチュートリアル期間が終了後…つまりこの数日間、俺は〈初心者の森〉での依頼をソロで行っている。
薬草の採集に始まり、歯鼠、角兎、ゴブリン、ウルフと、チュートリアルの順番をなぞるようにこなしてきた。
「おいっ、無視してねぇで何とか言ってみろよ!」
未だに俺を嘲る冒険者が挑発してくるが、ご苦労なことだとしか思わない。
「どうせまたビビって逃げ帰って来たんだろぅ?」
確かに昨日のウルフは担いで持ち込んだ。
しかし今日は手ぶらなので成果ナシと誤解するのも無理はないのだろう。
「オーク1体の討伐依頼を完了した。
これが証明部位だ。」
俺はあえて口頭で依頼の完了を報告し、オーク討伐の証明部位である〈オークの尾〉を袋から取り出す。
「確認いたします。
…はい、本日討伐された〈オークの尾〉ですね。」
リタも俺に絡む冒険者を相手にすることなく、淡々と依頼完了の処理を行う。
「へんっ、たまたま尻尾を切ってきただけだろ!」
それはそうだが、ギルドで討伐証明部位に指定されるだけあって、2メートルを優に越える体躯のオークから、10センチにも満たない尻尾だけを切り落とすのは至難の業だ。
当然のことだが、それだけの技量があるなら討伐する方が早い。
不意を突くにも、鼻の利くオークの不意を突くためには隠密系スキルに加え、消臭の道具か魔法が必要になる。
俺は戦士職で魔法は使えないし、消臭の道具は費用が嵩む。
諸々の課題をクリアしても、そんなことをすれば罰則がある。
つまり俺に絡む冒険者の主張は現実的ではないのだ。
「依頼達成報酬の3,000ゴールドになります。
お疲れ様でした。」
報酬を受け取り、微笑むリタに軽く手を振り、カウンターから離れる。
「待てよ、逃げるのか!
オークの討伐なんか出来ないと認めるんだな!?」
俺がオークを討伐したと意地でも認めたくないのか、しつこく付いて来る絡み冒険者。
「売るモン出しな。」
面倒臭いのを引き連れて来た俺に、買い取りのおっさんは、いつも以上に愛想なく言う。
ぬっ
「…は?」
「これを頼む。」
俺が取り出した、明らかに持っていた袋に入るサイズではないオークの足を見て、絡み冒険者は唖然とする。
どん、どどん、どーん!
買い取りカウンターに載った、オークの両手足に胴体、そして頭に睾丸。
「相変わらず丁寧に解体しやがる。
オークの肉約120キロ…少し小振りか、今のキロ単価だと18万ゴールドだな。
革が全身分で5万ゴールド。
睾丸は2つで20万
んで魔石(中)一つ1000ゴールド…っと。」
やはり冒険者は買い取りがメインになる。
一ヶ月前の金欠具合が嘘のようだ。
「全部買い取りで良いか?」
買い取り額の記帳を終えたおっさんが訊ねてくる。
「肉10キロは戻してくれ。」
これは一ヶ月以上滞在中の〈寝るだけの宿〉への土産だ。
…一部は俺の晩飯にもなるが。
「はいよ。
…41万6,000から一割引いての、37万4,400ゴールド受け取りな。」
両親が貯めてくれていた金のおよそ4倍もの金を一日で稼ぐことが出来た。
これが命をかけた代償と言われると安いのかも知れないが、いつか里帰りをして親孝行が出来たらと思い、俺は〈寝るだけの宿〉へと帰るのだった。
因みに、俺に執拗に絡んできていた冒険者は、カウンターにオークの全身を載せたあたりから真っ白に燃え尽きていたそうだ。
家畜化魔物や角兎、食用に向かない可食魔物肉以外の野生魔物肉は高級品です。
畑で栽培出来る作物を売って貯めた金額と比べてしまうと、どうしても少なく見えがちになります。
次男(未登場)とラストの分、合わせて20万ゴールドを貯めた両親は立派ですよ?
※2025/1/30 感想を受けての補足説明
エピローグのオークと本話のオークは別個体となります。
エピローグ→チュートリアル個体
主人公一人だけのような描写ですが、ギルマスが見守り隊をしていました。
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