163 笑顔というのは本来攻撃的な表情であり──
Tips :古の勇者伝説
今は遥か昔。
世界を魔の世に統べようとす巨悪在り。
巨悪、自ら世界の守護者を滅ぼし、四将率いる魔の軍勢、国々を数多滅ぼし民の血が大河と為る。
神々、遺された民を憐れみ、祈りに応える。
神々の使者、黒き衣を纏いて異界より訪れる。
使者、無辜の民の願いを聞き入れ、異なる言の葉を紡ぐ者を繋ぎ、巨悪に立ち向かう。
魔の軍勢を祓い、四将を討ち、遂には巨悪を滅す。
世に平和が訪れ、民は使者を『勇者』と讃えた。
使者、役目を果たし異界へと帰らん。
別れを惜しむ民に巨悪〈魔王〉の復活を予言して。
驚愕する俺を他所に、仲間たちは俺が止める間もなく階段を登り切ってしまった。
「「あっ!」」
そして、お互いを見留めたらしいマリ姉とハッチの声が重なる。
「…あ、あんたら生きていたのか…!?」
「ええ、…おかげ様でねぇ?」
驚愕と焦りと僅かな気不味さを含ませたハッチの言葉に対し、マリ姉は自分の格好を流し見ながら嫌味で返す。
「ぐっ…!」
自分が裏切った時から明らかに変わった装備をマリ姉に見せつけられ、悔しげに呻くハッチ。
マリ姉の意図的には「よくも裏切ってくれたな、この野郎!」というニュアンスでしかない嫌味も、先程の会話が聞こえていた俺とハッチ本人からしてみると「馬鹿め、お宝は全て頂いた!」という、マリ姉の意図からすると一段上の挑発に取れてしまうのだ。
「そ…そうか、良かったな。」
難とか、心にも無い言葉を絞り出すハッチ。
その顔には、引き吊った笑みが浮かぶ。
「ええ…でももう一つだけ、私たちにはやらなきゃいけないことがあるの。」
今すぐにでも逃げ出しそうなハッチを、マリ姉は容赦なく言葉で追い詰める。
そんなマリ姉の浮かべる表情は、まさに悪の魔女といったゾクゾクするような妖艶な笑みだった。
「ま…待ってくれ、俺が悪かった。
あん時の俺はどうかしてた、嵌められたんだ。
あんたらは生きてお宝を手に入れたんだ、ならそれで結果オーライだろ?」
マリ姉の笑みに、本物の危機を感じたのだろう。
冷や汗を滝のように流し、必死の早口でマリ姉の説得を試みるハッチ。
しかし「悪かった」といいつつも本元の責任を死んだ他の裏切り者二人に押し付け、挙句には開き直るとは…。
とことんまで見果てた下衆野郎だ。
「おいハッチ、話が違ぇだろうが!?」
「お宝はもう取られちまってるみたいだぜ?」
「お前に渡した情報料と案内料、ついでに慰謝料を払えば今回は見逃してやる。」
ハッチの連れもここでようやく話が怪しくなっていると感じたのか、口々にハッチに詰め寄る。
…ついでに情報料と案内料を取っていたことが判明したが、態々分けて二重で金を取るなどセコいにも程がある。
「お前ら…!?
……………チクショウ、ツイてない…。」
味方が誰一人として居なくなり、ついに観念して項垂れるハッチ。
裏切り者の末路は、新たな仲間(仮)からの裏切りだった。
「ツイてないぜ…、…………。」
ぶつくさ言いながらも懐から金袋を取り出したハッチだったが、袋の中を見て黙り込む。
…もしかして、返す金が無かったりでもしたのだろうか?
まぁ…その場合、ハッチは即座に詰所の牢屋行きになるだろうが。
「…お前らにも迷惑かけたからな、慰謝料…払ってやるよ。」
俺たちを見て、そう殊勝なことを言うハッチ。
しかしあれだけの下衆さを見せたハッチが、言いくるめられただけでそこまで反省するのだろうか?
「ホラよっ!」
ピンッ…!
ハッチの掛け声と同時に、宙を舞う1枚の金貨。
(あいつ、やりやがった!)
ハッチの行動を怪しみながらも、貰えるものは貰っておくという考えが仇となった。
それを俺が認識した時には、もう遅い。
「それは俺らのモンだ~っ!!」
金貨を獲得しようと、拳を振り上げて俺たちに迫るハッチの連れていた3人。
「へへっ、あ~ばよっ!」
その隙を突いて走り去るハッチ。
俺たちにも慰謝料を払うと言ったのは、こうするためだったのだ!
慰謝料の払い先2つに対し、支払われたのは金貨1枚。
俺たちはともかく、ハッチの連れていた3人に銀貨5枚ずつに分けるという発想など、求むべくも無いのは明らかだった。
「ハッチ、テメェ覚えてろよ~っ!」
逃げるハッチの背に俺が投げ掛けた言葉は、そんな物語の三下味漂う台詞であった。
こうして、ハッチの連れていた3人は“ダンジョン内における略奪行為未遂”で牢屋行き。
俺たちは金貨1枚を得たものの、アデリナがいなければ殴られた怪我の治療費で大損となるところであった。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
「はぁ…、酷い目に合った…。」
アデリナに怪我の治療を受けながら、俺はそう独りごちる。
きっかけは確かに金貨1枚の争奪だったのだろうが、マリ姉やアデリナは押し退けられたのみで俺は二人掛かりで殴られたあたり、マリ姉達3人とパーティーを組んでいることへの妬みをぶつけられた感が否めない。
因みにニーニャは素で避け、ビルダーさんに向かって行った一人は一発で伸されていた。
…おかげで俺が集中して狙われたとも言える。
まぁ、強い奴から集中して狙うのも、それが無理なら数を減らすのも戦いでは良くあることだ。
そこは踏ん切りがつかず、半端な対応をしてしまった俺が良くなかったのだろう。
それはさておき。
俺たちが手に入れた〈白魔女シリーズ〉〈銀のメイス〉〈魔猟銃〉の鑑定をして貰わなければ。
これらは見た目からしてそこらで入手出来る装備では無いというのは分かるのだが、入手の難度と有用かどうかは別物だ。
例えば、貴族出身の冒険者が持つ見栄え重視のゴテゴテと宝石や装飾が付いた細剣だ。
これは売れば良い金にはなるが、武器としては扱いにくかったり鈍くらだったりする。
今回俺たちが手に入れた装備では〈銀のメイス〉がこのパターンの可能性が高い。
〈白魔女シリーズ〉も素材的に魔法が使い易くなっただけで、装備としては…というのも有り得る。
唯一その心配のなさそうな〈魔猟銃〉に至っても、遺物であるだけに扱い方を知るために鑑定は必要だ。
〈魔猟銃〉と一緒に入手した〈魔力刃の円筒〉は特に、である。
「さて、鑑定屋は…っと。」
トラブルで少々注意を集める中、俺は努めて気にしないことにしたのであった。
…………、だって俺たち悪く無ぇし!
お察しの通りプロットの余白期間です。
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