147 落ちた先には…
Tips :〈即死無効の聖印〉
遥か太古の時代、「不屈」と呼ばれた聖者の持っていた銀のペンダント。
聖者となる以前より人々を救済していた彼の行動を見留めた神々により祝福の与えられたこれは、神々の祝福により変質し持ち主に『不死』を与えた。
しかし繰り返される死にある日心折れた「不屈」は、これを〈深き海〉に投げ棄て自らも命を絶った。
『不死』となった聖者も、精神はただの人だったのだ。
悠久を経て劣化し古びたこれにかつての力は無く、僅かに力の名残を留めるだけである。
シャアアアァ…
「うぉおおおぉ…!?」
「「「きゃああああぁ…!?」」」
暗闇に響く擦過音と、男1人女3人分の悲鳴。
落下死すら覚悟して飛び込んだ穴だったが、落下したのは精々が3メートル程度。
そこからは、例のごとく滑らかに磨かれた長い傾斜路。
しかもこの傾斜路、油でも塗っているのかと思うほど滑る。
それに加え馬鹿みたいに長いせいで、止まるどころかぐんぐん加速する始末。
その速さはといえば悲鳴を上げていることから分かる通り、もし壁にでもぶつかれば紅い染みが4つ出来上がることだろう。
チカッ
(何だ、…光?)
俺たちが滑り落ちる先、周りが暗くどれ程の距離かは分からないが光が見えた。
シャアアアァ…
そしてその光は近付いて来ているようで、どんどんと大きくなっていく。
「出口!」
先を滑るニーニャが、喜色を滲ませて叫んだ。
どうやら「みんな揃って壁の染み」は回避出来そうだ。
(あれは…、水か?)
そして、ニーニャが出口と判断したように、俺にも白い光の向こうに泉のようなものが見えた。
壁でなくとも…それこそ滑っている床が光を境に地面に変わっただけでも、この速さでは「土を舐める」では済まされない大惨事になることだろう。
水なら…まぁ、多少「痛い」で済む。
(水であれ、水であって欲しい…!)
俺は必死で祈った。
シャアアアァッ…、カッ!
そして遂に俺たちは暗闇から光に飛び出し─
ドプンッ…!
やたら粘り気のある水色の液体に包まれたのだった。
「ゴポボッ!?」
(不味い、息が…!)
とにかく息をしようと踠くが、粘りのある液体が動かす手足に絡みつくだけで、顔が液体から出る様子が無い。
「ガボボッ…!」
暴れたことで空気を必要とした身体が、勝手に空気を吸おうとして液体を飲み込む。
(く、苦しいっ…。)
溺死がこれ程長く苦しむことになるとは、それなら素直に落下死の方が良かった。
薄れ始めた意識の中、俺はそんな後ろ向きなことを考えてしまった。
─が、
グイッ
何者かに襟首を掴まれ、一気に引っ張られる。
ザポァ…
「…ゥオェッ、ゲッホゲッホッ!」
粘液から顔が出た俺は息を吸おうとして、飲み込んでいた粘液を吐き出して噎せる。
「ゲッホゲホ、ウゲェッ…!
はぁはぁ…。」
最後に口の中に残った粘液を吐き出し、荒く息をする俺。
…死ぬかと思った、息が出来るって素晴らしい。
「………、ラス君落ち着いた?」
空気の有り難みを噛みしめていた俺に、頭上から声を掛けてきたのはマリ姉。
長い黒髪から滴る粘液と、粘液にまみれテラテラと光る褐色の肌が妙に色気をかもし出している。
「…ああ、あ?」
マリ姉のエロさに挙動不審気味に頷いた俺は、ここでようやく違和感に気づいた。
(何で俺、座って息が出来ているんだ?)
俺たちがスライダーの最後に飛び込んだ粘液の泉は、全身が包まれるほどには深かった。
マリ姉に引っ張られたのだとしても、座って腰から下が浸かる程度の浅瀬まで移動した感覚はなかった。
「…知ってるラス君、人って足首が浸かるくらいの深さでも溺れるのよ?」
俺の困惑を察したのか、マリ姉がまさかなことを言う。
マリ姉の話が本当なのだとしたら、俺は浅瀬で勝手にパニックになって暴れ、溺れていたということなのだ。
(え…、てことは…。)
ふと思いたち周りを見渡せば、首を傾げるニーニャと気まずそうに微笑むアデリナの姿。
冷静に身体を起こせば問題無いにも関わらず、俺はとんだ醜態を晒してしまったらしい。
「くっ、ころせぇ…。」
余りの羞恥に死にたくなるも、それを懇願する声も酷く情けないものであった。
「死んじゃだめよ、同胞?」
「「「っ!?」」」
突如として聞こえた聞き馴染みの無い女の声に、素早く周囲を警戒するマリ姉・ニーニャ・アデリナ。
ザパァッ!
「誰だっ!?」
数瞬遅れて俺も立ち上がり、声の主を探す。
「わたし…?
わたしは水の子達の原初、“マザー”って呼んでね?」
マザーと名乗る女。
その声が聞こえる方向を辿って見ると、マザーの言う水の子達とやらが何のことか理解させられた。
「うそ…、そんなことって…。」
「ああっ、神々よ…!」
唖然とするマリ姉に、マザーに対し跪くアデリナ。
「スライムの、人…?」
もうニーニャの言葉が全てを物語っている。
俺たちが特定した声の先、俺たちの落ちた泉に橋のように架かる倒木。
何処からか流れてきた粘液を泉へと滴らせるそれに、人の女の形をしたスライムが腰掛けていたのであった。
「はじめまして?異物のお嬢さん?と、人間の2つ?ふたり?も。
わたし達の子達がごめんなさいね?」
人の性別や数え方が怪しいのはスライムだからとして…。
(ニーニャが異物?それにわたし“達”って…。)
それに俺を示す「同胞」と、「死んではいけない」という言葉も単に命を大切にしろという意味ではなさそうだ。
あらゆる時代、あらゆる世界が混じり合い…そしてあらゆる存在が交じり遇う〈迷路〉。
そこに秘された場所にいたこの存在は、果たして何を識っているのだろうか?
世界の核心に触れて行くぅ~!!
(…今は実はそんなでも無い、かも?)
…あれ?感想欄の霊圧が、消えた…?
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