145 裏切り者は
エアリアルトマト
「ご主人っ!」
今までにないほどに焦った様子のニーニャが、落ちる俺を追って飛び降りて来る。
「ニーニャ!?」
まさかの行動を取ったニーニャに、俺は自分の状況が吹き飛ぶほどに驚愕する。
ドサッ!
「グェッ…!」
スタッ、トトト…
「ご主人!」
ニーニャに気を取られて身体を強かに打ち付けた俺に対し、ニーニャは静かに着地して駆け寄って来た。
…ゴゴゴゴゴ
俺とニーニャが闘技場に降り立ったことで、仕掛けの作動条件が満たされた空間が震える。
「ラス君、ニーニャちゃん!
『重力軽減』ッ…!」
マリ姉とアデリナにロープで引き上げて貰うか、俺とニーニャだけで出口に走るか。
しかしそんなことを考える前に、マリ姉がニーニャに遅れて飛び降りて来た。
これで上に戻るという選択肢は消えたわけだが、そうなると敵となった〈絶対正義の力〉の近くに取り残されたアデリナが心配になる。
「キャッ!?」
そしてその不安は現実のものとなり、ヘルトゥスに押されてアデリナが落下してくる。
「アデリナァッ!」
ダダダッ…!
痛む身体を他所に、俺は盾を投げ棄てて走る。
ドサッ…!
必死で伸ばした両腕に掛かる重さ。
「アデリナ無事か!?」
「は、はい…ありがとうございます。」
俺に横抱きにされたまま、頬を染めてお礼を言うアデリナが愛おしい。
「ラス君!」
「ご主人!」
だが、アデリナを愛でている場合でもない。
「アデリナ、走れるか!?」
仮に無理でもアデリナくらいなら軽く抱えて走れるが、自力で走って貰った方が対応の幅は広がる。
「えっと…はい、大丈夫そうです。」
普通の女性なら腰を抜かすのが当たり前な高所からの落下だったが、アデリナは俺の予想以上に強い女性のようだ。
(だが、それが良い…!)
「自分より強い女はヤダ」とか言う軟弱な男がいるが、男も女も強いことに越したことは無い。
それは今の状況が証明している。
ゴゴゴゴ、モゾリ…モゾリ
そうこうしている内に、これまで永い眠りについていた巨大な人型が目覚め始める。
「よし、皆走れ!」
〈白の大樹〉メンバーが全員降りたことで、俺は皆に脱出の指示を叫ぶ。
俺とアデリナの援護のために構えていたマリ姉とニーニャが先を行き、俺はアデリナの後ろで殿を務める。
ぎこちなく蠢く巨体に潰されぬよう、しかし全力で最短を走り抜ける俺たち。
ググググ…、ズシンッ!
ここで、動き出していた巨大な人型のアンデッドが遂に立ち上がった。
「皆早く…!」
一番先に出口に辿り着いたのは、やはりというか身体能力の優れた獣人であるニーニャ。
「マリ姉、アデリナ急げ!」
俺はマリ姉とアデリナを急かすものの、人間かつ後衛である2人の足はそこまで速くはない。
(くそっ、間に合うか…!?)
そうして後ろを振り向いた俺は、まさかの光景を目撃してしまう。
「ハッチ、ヘルトゥス!
お前たちが何をしたのか分かっているのか!?」
最初に俺を蹴り落としたハッチと、アデリナを突き落としたヘルトゥスに怒鳴るビルダーさん。
俺はてっきり〈絶対正義の力〉に嵌められたと思って全員を敵認定したのだが、どうやらそうではないらしい。
「分かってないのはそっちだ、ビルダー。」
ザシュッ…!
ハッチとヘルトゥスを怒鳴るビルダーさんを、ウッドが背後から斬りつける。
「っ、ウッド…お前もか。」
グラッ…
パーティーメンバー全員に裏切られた絶望を顔に宿し、フラついたビルダーさんが落下する。
「ビルダーさんっ!」
「ちょっ、ラス君!?」
思わず逆戻りをする俺の背後から、マリ姉が俺を咎めるような呼び声が聞こえた。
しかし、俺たちを排除した上での仲間割れならともかく、見たところビルダーさんも俺たちと同じ側だ。
敵でないのであれば、連合の仲間として救助するべきだろう。
「ビルダーさんっ!」
「馬鹿野郎…、何で戻って来た。」
駆け寄った俺を見て、自力で立ち上がっていたビルダーさんが呆然としながら呟く。
「へへっ…済まねぇなお前ら、コイツは形見にさせて貰うぜ?
…1日くらいならな、ギャハハハッ!」
不快な嗤い声を上げるハッチが俺たちに見せたのは、あの古びたペンダントだった。
「『鑑定』出来たのか…。」
「ああ、お頭には言ってなかったなぁ?
コレ何だが、〈即死無効の聖印〉っていうらしいぜ?」
死に際の土産のつもりか、古びたペンダントの鑑定結果を自慢気に話すハッチ。
名前からして『死者蘇生』に似た効果があるのだろう。
グググ…
「何故だっ、何故裏切った!?」
リーダーとして常に冷静だったビルダーさんの感情に任せた問いに答えたのは、こともあろうにビルダーさんを斬りつけたウッドさんだった。
「先に裏切ったのはビルダーだ。
せっかくギルドの関係しないクランを築き上げていたってのに、《光の騎士団》が分解したからって解散するなんてな。」
心底失望したといった様子で、意味の分からない話をするウッド。
「お前は何を言っている?」
そして、意味が分からなかったのはビルダーさんも同様のようだ。
グワッ…
「つまり…なんだ、俺たちはもっと上に行きたいってだけさ。
俺たちの目的には、ビルダーとお前らが邪魔なんだよ!」
憎しみを込めて叫ぶヘルトゥス。
そしていつの間にか抱かれていた憎しみをぶつけられたビルダーさんは、と言うと─
「そうか…、最後にお前たちの本音が聞けて良かった。
…じゃあな。」
ベシンッ!
「何だばっ!?」
裏切り者の3人を振り上げた両手で叩き潰したのは、壁に凭れ掛かっていた個体。
ビルダーさんは態と感情的に振る舞い、自分を囮として即座に復讐を完遂させたのだ。
俺はビルダーさんの機転に感心すると同時、長年連れ添った仲間でも敵となった途端に殺す思い切りの良さに、薄ら寒いものを感じたのだった。
巨人「(喧嘩は)止めなー…、さいっ!」
ケチャップ生成はオーバーキルなんよ。
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