105 一槍入魂
馴染みの店…つまりは〈相棒に屋〉に入ると会計カウンターの向こうには、相変わらずガンキンが憮然とした顔で座って居た。
「…おう来たか、出来てるぜ。」
俺が店に入って来たことを見留めたガンキンはそう言うと、俺が言葉を返す前にさっさと裏口に向かって行く。
いつものこととはいえ客商売をする態度じゃないなと思いつつ、俺はガンキンの後を追って店を出た。
… … … … … … …。
… … … …。
…。
職人ギルドではなくガンキン個人の所有であるらしい例の倉庫(?)にて。
「こいつが注文のブツだ。」
何時だったか槍を選ばされた時と異なり、明かりが灯り明るくなった室内。
物が置かれておらず床一面の土間の真ん中には、棒を Y字状に組み合わせただけの台座がポツンと置かれている。
そんないかにも即席の台座などはどうでもいい。
肝心なのはその台座に掛けられた“乳白色の槍”だ。
その槍は灯りを受けて薄ぼんやりと発光しているようにも見え、ただの武器と言うには威圧感が凄まじい。
「ほれ、持ってみな。」
「ばっ…!」
俺が畏れてその槍に手を伸ばせずにいると、ガンキンは何てことも無いように片手でヒョイと槍を持ち上げ、俺に差し出して来る。
その乱雑な扱いに俺は思わずガンキンを罵倒しそうになったが、何とか咄嗟に言葉を呑み込んだ。
しかしガンキンが持っているのを見ることと、自分で持つことは問題が違う。
「ほれ。」
ズイッ
「うっ…!?」
「さっさと持て」と言わんばかりに突き出された槍から逃れるように、俺は無意識の内に後ろに一歩下がる。
「何脅えてやがる!
手前の武器だろうがよ!?」
「っ!」
ガンキンに怒鳴られ、俺は「はっ」とする。
そうだ。
この槍はスタンピードの反省からガンキンに折れた槍以上のモノを求めた際に、エレファントボアの素材の優先権があることを知ったガンキンに言われるままに揃えた素材で作られた槍だ。
エレファントボアの最大の特徴と言える巨大な2本の牙の内1本と、エンズイ?を含む背骨の前半分。
前後の脚それぞれ1本に腹の革1m四方、そして尾毛が1束。
以上がガンキンの求めた素材である。
素材が何であれ、重要なのはこの槍が俺の求めにより誂えられたモノ…いや武器であるということ。
武器…否、道具というものは総じて使われてこそだ。
道具は人に使われる為に作成されたものであって、人が道具を畏れる理由が何処にあるのだろうか?
そう考えると俺がこの槍に感じた畏れは、単純に高価(作成の前金で20万 G )な一点物を手にする恐れのような気がしてきた。
…代官屋敷でソファに座るのを躊躇ったようなものだ。
(よし、行ける…!)
ガシッ…!
代官屋敷のソファには高級感はあっても威圧感は無かったという違いを、日用品と武器の違いだと故事付けて、俺はガンキンの差し出す槍を掴む。
「良し、持ったな。
…そんじゃ、気張りな。」
口角を僅かに上げたガンキンが、念を押すように言うと槍から手を放す。
「え?なん─」
槍から手を放した際のガンキン呟きが気になり、俺はどういうことかを聞き返そうと口を開いた。
ズル…
「っ!?」
槍を完全に俺だけで持ったその瞬間、俺の身体を流れる“何か”が槍に向かって急激に流れる感覚に陥った。
(槍に吸われてっ…!)
世の中にはその品の持ち主や周囲に悪影響をもたらす品、いわゆる〈呪いの品〉というものが多数存在するという。
〈呪いの品〉がもたらす悪影響の程度にはピンからキリまであり、「ちょっと不運だな?」と自覚が難しいものから生命に関わるものまで様々だ。
その性質上〈呪いの品〉には武器が多いのだが、この槍は全てが魔物素材で作られている。
しかも妙に俺を狙って来ていたエレファントボアの素材である。
あの執着からして、死して尚〈呪いの槍〉と化してもおかしくは無い。
「くっ、のぉ…!」
しかし俺とて、ただで呪い殺されてやるわけが無い。
呪いへの対抗の仕方など知るわけが無いが、とりあえず俺は流れを引き戻すことをイメージしながら気合いを入れる。
しかしそれは俺の意図的には悪手であった。
ぐらっ…
「っ…!」
槍に流れ込んでいるのは果たして俺の何なのか?
生きていく上で重要な“何か”であることは、立っていられなくなる程の眩暈が教えてくれる。
しかし俺の“何か”が槍に流れて行く勢いは、最初より緩やかになってきている。
こうなれば意地であり、ふと浮かんだ「あれ?これ放した方が良かったんじゃ…」という考えは思いつかなかったことにした。
…………………。
…………。
…。
ズズ、ズ…、……
「…お?」
永遠のようにも一瞬のようにも感じた我慢比べの末、かなり鈍くなっていた流れがようやく止まった。
呪いなどと大層に言おうが、所詮は多少強い未練でしか無い。
生きている者が気合いをいれて対抗すれば、意外とこうして調伏することが出来るもののようだ。
…そうした気の弛み、つまるところ俺は油断してしまったのだ。
ブワッ!
調伏したと思っていた槍から、突如として溢れ出す闇。
「~~~っ!?」
押し寄せる闇に、俺に出来たことと言えば叫びを上げるのみ。
…尤も、その叫び声も闇の濁流に呑まれてしまったのだった。
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