102 暗躍する者 ※別視点
次章のプロローグです。
主人公は一切登場しません。
─ 迷宮都市ラビリンス ─
〈迷宮都市ラビリンス〉に存在する迷宮〈楔の宮〉にて、Cランクの冒険者パーティーが敵から逃走 していた。
ガチャガチャガチャッ!
「急げっ、追い付かれるぞ!」
先頭を走る一番身軽な斥候の男が振り向くこともなく、後ろを走るパーティーメンバーに発破をかける。
「わかってらぁ!」
「はぁっ、はぁっ…!」
パーティーリーダーの剣士の男が乱暴に応えるが、創世教の修道服を着た回復役の女は応える余裕が無い。
「皆さん、待って…!」
そしてその三人から若干遅れて走る荷運びの青年が、パーティーメンバーに速度の緩和を懇願する。
「馬鹿野郎っ、荷物を捨てろ!」
事前の指示に反し荷物を放棄せずに背負ったまま逃走する荷運びの青年に、リーダーの剣士の男が怒鳴る。
「せっかく皆で集めたのに!?」
怒鳴られた青年はこのパーティーの荷運びとしてメンバー入りする際の注意事項など忘れ、この3日間の迷宮攻略の成果を惜しむ。
それもその筈。
戦闘に参加しない彼は報酬の割当が他のメンバーより少なく、報酬となるドロップ品は可能な限り持ち帰りたいのだ。
3日もダンジョンに潜っていたのなら尚更。
「ドナの犠牲を無駄にするんじゃねえ!」
実はこのパーティーのメンバーは4人ではなく5人。
厳密に言うのであればこのパーティーは、リーダーの剣士の男、斥候の男、そして現在不在の重戦士の男の三人が正規メンバーなのだ。
そしてドナと呼ばれた重戦士の男は、新人の頃からパーティーを組んでいた馴染みの二人を逃がすため、自ら囮として“敵”に挑み掛かって行ったのだ。
装備の性質上、自らは逃げ切れないと即座に判断したのも理由に含まれる。
「残念ながら、逃がしませんよ?」
「「「っ!」」」
「うわっ!?」
言い合う声に突如として割り込んできた声に剣士・斥候・回復役の三人は足を止め、荷運びの青年は急停止した三人に気を取られて躓いた。
「ちょっと!
急に止まるとか危ないじゃないですか!?」
バランスを崩しはしたものの転倒は免れた荷運びの青年は、ここぞとばかりにリーダーの剣士に文句を言う。
「この程度の人間の接近を察知出来なかったとは、私も鈍ったものです。
全く、時の流れというものが嫌になりますねぇ…。」
そんな老人のようなことを呟きながら薄暗い通路の角から姿を現したのは、ダンジョンの第6層に居るには似つかわしくない燕尾服を着た若い男。
異常なまでに整った容姿はその格好に相応しい場所に居るのであれば、同性でも見惚れる一種の芸術作品のように感じるのだろう。
しかしここは薄暗いダンジョン。
暗がりの向こうで人外の美貌が一見無防備に佇んでいるなど、不気味さしか感じられないことだろう。
「くそっ…、全員戦闘態勢!」
「『隠密』」
スウ…
「神よ我らに一度の機会を『二度目の正直』、『防護』」
リーダーの剣士の号令で斥候は姿を消し、回復役はパーティー全員に攻撃無効を施してから防御態勢を取った。
スチャッ
リーダーの剣士自身もこのダンジョンで入手した愛剣を抜いて構える。
「えっ、え?」
荷運びの青年はパーティーメンバーが迷い込んだ一般人相手に即座に戦闘態勢を取ったことに戸惑い、そう戸惑っていることにすら困惑しろくに動くことすら出来ていなかった。
「…なるほど、斥候スキルの『攪乱』でしたか。
素で気付けなかったわけではないようですね。」
「っ、おらぁ!」
ブンッ!
荷運びの青年が戸惑っているうちにも、パーティーの持つ手札をあっさりと看破され、誤魔化すように剣士の男が燕尾服の男に斬り掛かる。
燕尾服の男は斥候の持つスキルの考察に気を取られていて、気づいた頃には斬り伏せられていた。
(何だ…随分あっさりと?)
初遭遇した時には総毛立つような危機感を感じて逃げ出した相手が自棄気味の一撃で倒せたことに、剣士の男は拍子抜けのような気分と警戒の相反するものを抱いた。
「まずは貴方。」
ブシュッ!
パリン…
剣士の男の胸元から血塗れの右手が生える。
「なん、…で?」
「ソウさんっ!?」
パーティーリーダーが背後から徒手で貫かれた衝撃の光景に荷運びの青年が剣士の男の名前を呼ぶ。
「…ん?」
シュシュッ!
剣士の男を徒手で貫いた燕尾服の男がそちらに気を向けた隙を突き、虚空から刃の濡れたナイフが複数飛ぶ。
そのナイフはタイミングや方向が微妙にずれており、徒手空拳でどのような対応をしても一撃は免れない、まさに必中と言える攻撃であった。
「児戯ですねぇ。」
フッ
右手で剣士の男を貫いたまま燕尾服の男は飛んでくるナイフを一瞥もせず、空いた左手のみをブレさせる。
パリン…
「がっ!?」
ドサッ…
消えた場所とは見当違いの場所から姿を現し、そのまま倒れ込む斥候の男。
その喉にはナイフが突き刺さっている。
「彼の者に最上の癒しを『特大回復』!」
パアッ…!
まだ間に合うと見た回復役の女は、斥候の男に『回復』の二段上位の神請魔法を行使する。
「………。」
が…斥候の男は変わらず倒れ込んだまま、ピクリとも動く気配が無い。
ズルッ…
「致死毒、しかも即効性でしたか。」
ドサッ…
剣士の男から右手を引き抜き、燕尾服の男は事も無げに言う。
「後二人…、ですが先の二人より楽そうですねぇ。」
倒された二人は剣士の男と斥候の男、残る二人は回復役の女と荷運びの青年。
斥候はともかく剣士を回復させることは不可能ではないが、燕尾服の男も態々手間が増える真似はさせないだろう。
「う、うわぁあっ!」
ダッ!
ここに至りようやく命の危機を実感したのか、荷運びの青年はあれ程執着していた荷を放り出し、逃走してきた道を全速力で戻って行ってしまう。
「…見捨てられてしまいましたね?」
その場に残されたのは回復役の女。
彼女は剣士の男の回復の可能性があるため、その場から逃走するという選択が遅れてしまったのだ。
「ふむ…、こういうのも面白いかも知れません『刻呪』。」
「ぅああぁあっ!!」
燕尾服の男の手から放たれた黒いモヤに包まれた回復役の女が絶叫する。
「あぁ、あ…」
ドサッ…
倒れ伏す回復役の女。
パアッ…!
しかし倒れ伏した回復役の女から、強烈な光が放たれる。
「…やはりそうですか。」
発光が終わった後、倒れ伏していた回復役の女の姿は消えていた。
「…さて、あちらは消さなければ。」
一連の流れを見送った燕尾服の男は、荷運びの青年が逃走した通路を悠々と歩いて追って行くのだった。
何回かの更新の無断欠席(?)、ごめんなさい…
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