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裏通りの武器屋に投資ばなし  作者: なまごめ
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Ep.9 突然に経営者の女 その2

●前回までのあらすじ:

店を潰し、妻にまで逃げられてしまった武器屋の店主は、飲み屋でホールスタッフのバイトを始めた。

ある日、バイト先の飲み屋に、武器屋の閉店セールに来たお嬢様が来店した。

お嬢様が言うには、彼女の連れの地味な女性は武器を作りたいらしい。

一年後が経ち、ホールスタッフのバイトを続ける店主。

突然、一年前の地味な女性が現れた。

彼女は、自分が投資をするから武器屋をやるように店主へ命じてきた。


●主な登場人物:

・武器屋の店主: 裏通りで武器屋をやっていた店主。経営に失敗し、女房にも逃げられてしまった。今は酒場のホールスタッフでバイト生活

・地味な女: いつも田舎くさい地味な服装の若い癇癪持ちの女。一年ほど前に酒場の客として来店したことがある

「どういうことですか?」


 元武器屋の店主は驚きの声を上げた。

 はっきり言って状況がよく解らない。一年前にこの居酒屋に飲みに来た地味な若い女が、ここでホールスタッフをしている自分に再び武器屋をしろと説得に来た。この女は一体何者なのだろう。


「それに、そもそも誰なんです、あなた?」


 地味な女は一瞬軽く眉をひそめたが、その他は表情も姿勢も変わらなかった。


「え?私?北区で会社を経営してるのよ。それだけ判れば十分でしょ?さ、行くわよ」


 いや、十分ではない。


「そんな、ちょっと待ってください、私はやるとは言ってませんし、ここの店長にも説明を……」


 元武器屋の店主の言葉を遮って、地味な女は捲し立てて来た。


「黙りなさいよ。飲み屋の配膳係と武器屋の店長、どっちが良いのよ?武器屋の店長よね?いいかしら?あなたは日々の帳簿を私に報告して、あとは普通に武器屋をやっていればいいのよ」


 女の表情は固く、瞳孔は開いていた。元武器屋の店主は言い知れぬ恐怖感に襲われた。しかも、状況は未だよく解らない。


「どどど、どう言うことですか?」


 元武器屋の店主が地味な女の顔を覗き見る様に言うと、女と目が合った。元武器屋の店主は、彼女のかっ開いた瞳孔に威圧され、まるで心臓を握られたような感覚に襲われた。もう身動きがとれない。

 地味な女は合わせた目を微動だにさせず、さらに捲し立てて来た。


「解ったわ。その説明を求めるってことはやる気があるってことね?仮にやる気がないなら、そんな質問なんてしないものね。じゃあ決まりよ。さっそく着いて来なさい。実はもうここの店長には話をつけてあるの」


 この居酒屋の店長さんに話をつけてある、というのが本当なのか嘘なのか解らない。が、 この地味な女は、地味な見た目に反して凶暴なだけなく、かなり強引なのは理解できた。

 だが、状況は相変わらず解らないままだ。


「そんな!ちょっと待ってく……」


 元武器屋の店主は再び状況を確認しようと思ったが、地味な女はそれを遮るかのように声をあげた。


「ハラルド!いいわよ!」


 地味な女の声はよく響いた。

 ハラルド。男の名前だが、誰だ。誰かいるのか?

 武器屋の店主が案じていると、外から人影が入って来た。


「ひいいいっ!」


 逆光に浮かぶその影に元武器屋の店主は驚き恐怖を感じた。二メートルはありそうな筋肉ダルマの男の影だ。


 男が近づいてくると、だんだんと顔や姿が見えて来た。

 ハゲ頭に顎まで続く金髪の口ヒゲ。歳は四十代後半から五十代半ば。眼光は異様に鋭い。筋肉でぱっつんぱっつんのタンクトップからは丸太の様に太い腕が伸び、筋肉がこれでもかと言うくらい隆起している。手には金属製の巨大なレンチのような工具が握られていて地面に届きそうだ。足元は乾いた泥にまみれたブーツ。作業ズボンの裾はブーツにしまい込まれている。

 男は野太くしゃがれた声で言った。


「あんたぁ、下手な動き見せたら、解ってるな?」


 ドガシャーン!

 ハラルドと呼ばれた筋肉ダルマが巨大なレンチを軽々と振り上げ、それを目の前のテーブルに振り下ろすと、テーブルは音を立てて真っ二つに破砕された。

 いきなりの器物損壊。元武器屋の店主は震えた。とりあえず、軽はずみに拒否をするのは危険だと動物的な本能で感じた。


「わ、わかりまし……た」


 元武器屋の店主は遂に折れた。


 もう、ここでの仕事はこれで終わりか、と元武器屋の店主は諦め、手荷物をまとめるためにバックヤードにトボトボと下がると、ホールから地味な女の声とハラルドの声が響いてきた。


「何テーブル壊してるのよ!どうすんのよこれ!」


「す、すみません!」


 どうやら、あの破壊行為は想定外の行動だった様だ。荷造りをしていた元武器屋の店主は少し安心した。


 元武器屋の店主が荷物をまとめてホールに戻ると、地味な女の後に着いて店を出た。後ろからは筋肉ダルマのハラルドが逃亡を許さぬとばかりのプレッシャーで着いて来る。 

 元武器屋の店主はやっぱり心配になって来た。なんせ、ハラルドはすごい威圧感だし、一体自分はどうなるのか不安だし。そして、一体こいつらは何者なのか。この地味な女が会社経営者であるらしいことと、筋肉ダルマの名前がハラルドということ以外、何一つ解っていない。

 元武器屋の店主の内心は再び不安の波に襲われている。服の内側にジワリと汗蒸気の霧が立ち込めたのが解った。


 地味な女に着いて行くと、だがしかし見慣れた通りに入った。そして行き着いた場所は、店主が以前店をやっていた建物の前だった。店主は驚いて声が出た。


「こ、ここは……!」


 地味な女は振り返って言った。


「さ、ここよ。以前の様に、ここで武器屋をやりなさい。ただし、帳簿は毎日チェックするわ。使いの者が来るから、その者に報告するのよ」


「ま、またこの場所で店ができるのですか?」


「そう言ってるじゃない。これで元通りよ?何か文句ある?」


「いいえ、文句も何も。むしろ感謝しかありません。それで、あなたは一体……」


「それはさっき説明したわ」


 女は自分が何者なのかを語ろうとはしない。何故そこまで身分を隠すのか。

 もしや、この人はヤバい人で、自分もヤバい仕事をやらされるのだろうか。でも、元通りの仕事をしてれば良いと言う様なことも言ってるし。

 嬉しさと不安が入り混じる中、店主は別のことを思い出した。


「あの、と、ところで、元通りと言えば……」


「え?何?」


「出て行った女房は戻ってこないのでしょうか?」


 店主は、どうしてそんなことを尋ねたのか、自分でもよく解らなかった。でも、店を取り返してくれるくらい凄い人なのだから、やってくれそうな気もした。

 一瞬の間があった後で、地味な女の表情が強張り瞳孔が開いた。


「はあ?知る訳ないでしょ!あんたも男なら、それくらい自分でなんとかしなさいよ!」


 バキャア!地味な女の声が響くと同時に、彼女のつま先蹴りが、店主のスネに思いっきり突き刺さった。


「ぎゃあ!」


 店主の悲鳴が裏通りにこだました。

 

 後から思えば、これがその後の始まりだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

もしよろしければ、↓から★★★★★をいただけるとよろこびます。

次回もご期待ください。

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