Ep. 8 突然に経営者の女 その1
前回までのあらすじ
武器屋を営んでいた店主だが、経営難で店を潰し、妻にまで逃げられてしまった。
そんな店主は、近くの飲み屋のホールスタッフの求人に応募したのだった。
「あら?あなた、武器屋の店主ではなくて?こんなところで何してらっしゃるの?」
居酒屋に高貴な声が響いた。ホールスタッフをしていた元武器屋のオヤジは、突然の声がけに驚いたのだった。
声が聞こえたテーブルには、高貴なお嬢様風の若い女性が一人、その女に比べて少し地味な、でも何となくお嬢様風の若い女性が一人、計二人の女性が座っていた。
「え?ええと?あなたは?あ、閉店セールにお越し下さった……たしか立派な刀を帯びていたお嬢様ですか?」
「ええ。そうですわ。あのとき、たしかトン何とかという東国の武器を……」
「トンファーですね。その節はありがとうござました。あれはお嬢様がお使いに?」
「あれは武術の心得のある義理の妹にプレゼントしましたのよ。王立武術学校で主席の成績をキープしている優秀な娘ですの、おほほ。で?あなた、こんなところで?」
オヤジが答えようとすると、地味な女性が声を荒げた。
「ちょっと義理の妹ってどういうことよ!?私の義理の妹になるんだから、勝手なこと言ってんじゃないわよ!」
一体どう言う会話だろうか。それにしても良く通る金切声だ。地味なほうの女性は、見た目の割に凶暴そうだ。
オヤジは無言ながら驚きの表情で彼女を見ると、彼女は険しい顔つきで右手には樽ジョッキを固く握っていた。
しかし刀のお嬢様は、その言葉を気にも留めていないようだ。彼女は「ほっほっほ」と笑いながら、ジョッキを口に注いだ。そしてジョッキをテーブルにトンとおくと余裕の薄笑を浮かべ、横目でオヤジを見て回答を促したのだった。
「あ、ワタシですか?ワタシは閉店セールの後は店を閉めたので、あ、ええとですね、説明しますと、あの閉店セールは、その辺の個人衣料店のような嘘の閉店セールではなく、ガチの閉店セールだったんですね。それで、店を閉めましたので、ここでホールスタッフをしているんです」
「あら?そうでしたの?でも、元経営者がホールスタッフを?もう店はやらないのかしら?」
「面目ないことに、変わった武器を仕入れすぎて経営が回らなくなり店を閉めました。もう経営資金がないんです」
「そう。残念ね」
刀のお嬢様はそう言うと、地味な女性に向かって語りかけた。
「ねえ。この人、向こうの裏通りで武器屋を経営してましたのよ?この前、武器を作りたいとか言ってたじゃない?この人に武器屋をやってもらうと良いわよ。出資なさいよ?」
地味な女性は、刀のお嬢様のほうに寄り、困り顔でヒッソリ返答した。
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ?だってお店潰した人でしょ?」
よく通る声だ。今のセリフ、オヤジには十分に聞こえていた。オヤジの胸には棘が刺さったような痛みが走ったが、表情を変えないようにしながら両手に持っていたトレイを強く握って堪えた。彼女の発言はオヤジに聴こえるように言った感じではなく、意地悪な発言という訳ではなさそうなのが、せめてもの救いだった。
刀のお嬢様は更に説得を試みる。
「でも武器の知識や経営の実績はあるのよ?それにあの店には工房がなかったから、きっと修理とかで工房との折衝の経験もあって顔も効きいたり、偏屈な職人とも話ができますわよ。あなた、考えてもみなさい?異業種の人間が繁盛してる店や工房なんかに色々頼んだら、足元見られた上に理屈ここねられて、結局ぼったくられるのはまだ良い方で、何とまあ職人のやりたい仕事しか通りませんわよ?」
「ええ……。ちょっとお……」
結局、その日はそれ以上のやり取りはなかった。
それから一年以上の月日が過ぎ、今日も親父は昼から居酒屋に出勤して店の支度をしていた。鼻歌混じりにテーブルを水拭きし、調味料やメニュー、椅子を綺麗に整える。
すると突然、ドカンという音とともに店の扉が開き、昼間の明るい光が薄暗い店の中に差し込んだ。オヤジが入り口を振り向くと女性の影があった。
オヤジは女性の影に向かって言った。
「すみません、まだ準備中です」
しかし、女性の影はオヤジの言葉を無視してズケズケと店に入ってきた。
「え、ちょ……」
逆光が和らいで女の顔が見え始めると、その顔に見覚えがあった。昨年のあの日、刀のお嬢様と一緒にいらした地味な女だ。
地味な女は、前置きもなく言い放った。
「居たわね。あなた、私が出資するから、武器屋をやりなさいよ」
「は?え?」