Ep.19 仕入れの方針
●前回までのあらすじ:
武器屋の店主は、店をつぶし女房にまで逃げられてしまい、酒場でのバイト生活を送っていた。
一年が過ぎた頃、酒場客の若くて地味な女経営者の投資で武器屋を再開することになった。
店舗改修が済んだ時、店主との子供だという赤ちゃんを抱いた元妻と再開する。
地味な女社長は、給与増額を条件に元妻と子供の面倒を見るよう店主に迫ると、店主は迷いの中復縁を決断した。
交渉の末、給与は二倍に増額されることとなった。
しかし、仕入れ計画もその分厳格化されるというのだった。
●主な登場人物:
・武器屋の店主: 裏通りで武器屋をやっていた店主。経営に失敗し、女房にも逃げられてしまった。地味な女社長の出資で武器屋を再開することになった
・地味な女社長: いつも田舎くさい地味な服装の若い女経営者。どのような会社を経営しているかは明らかでない
・武器屋の元女房: 店主とは離婚したが、なぜか向かいの道具屋に
・営業マン風の男: 地味な女社長の部下。武器屋と本社を繋ぐパイプ役
「じゃあ、あとは頼んだわよ。店長さんも頑張ってちょうだい」
地味な女社長と営業マン風の男は、店主の給与改定について社内的な手続きの方法を二言三言交わし、なんらかの結論に辿り着くと見えるや、社長はすぐに店を後にしたのだった。
地味な女社長が店から出た後、ガチャンと扉が閉まり、その扉に据え付けられた呼び鈴がチリンチリンと鳴った。呼び鈴が鳴り終わると、営業マン風の男は店主を振り返り目つきを鋭くした。表情は少し困ったようにも見える。それも当然だ。社長の一存で人員数そのままに人件費が二倍に膨れ上がったのだから、店舗マネジメント担当の彼としては気合を入れなければならない。
「では、改めて仕入れの計画を話し合いますよ?人件費が二倍になったんですから、厳しく行きましょう」
店主は彼の深刻な顔つきに合わせて、やや困惑の表情を浮かべていたが、内心は給料が二倍になってウハウハだった。元妻は話が深刻になりそうなのを見計らってか「じゃ、すみまないね、アタシはこの子がいるものだから……」と赤ちゃんを理由にして奥に下がった。給料が二倍に増額された事実を噛み締めていたのか、妙に足取りが浮かれていた。
営業マン風の男は、仕入れの武器のラインナップや在庫数、注文をかける在庫数、つまり発注点、納期とのバランスなどについて力説している。店主は真剣な表情で、「ええ」という相槌を打ちながら聞いているが、頭には入っていない。これは店屋の職業スキルとでもいうべき能力で、ウンチクを垂れる客の話を真剣な顔つきで受け流す能力の応用だ。店主の頭の中にあるのは「給料も上がることだし、今日の夕飯は奮発して惣菜屋で煮込みハンバーグでも買ってこようかな。いや、ビーフシチューが良いかな。そうだビールも買おう」というささやかな野望だった。
「どんな冒険者パーティーにでも対応できるように、他店では扱いが少ない格闘家用のグローブもやります。そして……」
営業マン風の男は説明を続ける。「それは、ニッチ需要にも対応できて良いと思います」店主は真面目な顔つきだが、どこか平坦な声で相槌した。彼の頭は、ビーフシチューとハンバーグのどちらにするかのせめぎ合いでいっぱいだった。もし、妻にどちらが良いか決められてしまっても、赤ちゃんを理由に自分が買ってくると言って、自分が食べたいほうを買おう、そんな戦略まで巡らせていた。
「それで、中古武器の買取ですが……」
話が初心者用武器の買取戦略について移った。そうだ。この店の経営方針は、昨今の冒険者の増加に目をつけ、脱初心者レベルの新品武器を売りながら初心者レベルの武器を買取り、それを工房で修理して初心冒険者に中古販売するというものだった。
それにしても、店を出てすぐの角を曲がったところにある惣菜店のビーフシチューはうまい。あれは高くてご馳走にする時以外は手がでない。こんな機会だから、大好きなハンバーグを後に回してでも食べる良いタイミングだ。
営業マン風の男は、おもむろにカバンから紙束を出してみせた。武器販売と買取強化の説明が入った広告チラシだ。そう言ったチラシを、冒険者登録センターと冒険者ギルドに貼らせてもらうとか言っていた。
だが、広告の件はうっすらと店主の頭からフェードアウトし、デミグラスソースの効いたビーフシチューの甘酢い味と、そこに浮かぶオレンジ色の脂の旨味を脳裏にたぎらせ、滴る唾液を飲み込むのだった。
「これが広告です。じゃあ、冒険者ギルドに行って広告を貼らせてもらいましょう。ギルドの受付さんや事務長さんにも、あなたの顔を覚えてもらわないと。本当は私が回ろうと思ってましたが、給料も上がったのでやっていただくことを増やさせてもらいます。収益の確保のために私も多忙になりますから。私は今からでも良いですよ。今日はどうしますか?」
説明一辺倒の会話の中、店主は急に質問がきて驚いてしまった。
今日、どうする?何がだ?
店主の口から咄嗟に出たのは、さっきから考えていたことだった。
「え?今日ですか?ハンバーグにします」
「何の話ですか?」
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