Ep.10 突然に経営者の女 その3
●前回までのあらすじ:
武器屋を閉店させ、酒場でホールスタッフのバイトを続けること一年が経った。
突然、いつの日か酒場に来店した地味な女社長が現れた。
彼女は屈強な部下を従え、自分が投資をするから武器屋をやるように脅迫して来た。
しぶしぶ合意した元店主。
二人についていくと、そこはかつて自分が武器屋を経営していた建物だった。
●主な登場人物:
・武器屋の店主: 裏通りで武器屋をやっていた店主。経営に失敗し、女房にも逃げられてしまった。地味な女社長の出資で武器屋を再開することになった
・地味な女社長: いつも田舎くさい地味な服装の若い女経営者。どのような会社を経営しているかは明らかでない
・営業マン風の男: 地味な女社長の部下。武器屋と本社を繋ぐパイプ役
「で、私はここで武器屋をやっていいのですよね?」
店主がかつて使っていた店舗に連れてこられた日の夕方。地味な女社長と入れ替わる様に、彼女の使いの者であると名乗る一人の男が店に入って来たのだった。彼は営業マン風の男で、常に本音を胸の底に隠し込んだような雰囲気。計算高く話をする、きな臭い奴だった。
「ええ。もちろんです。これまで通りやっていただいて結構です。ただし、経営を圧迫する様な仕入れは控えてください。その辺は頻繁に帳簿のチェックを入れさせていただきますので」
「頻繁に?」
「ええ。金銭のやりとりや税務申告などもこちらで処理しますので、帳票類は毎日確認に来ます。必要に応じて帳簿も確認します。あと、売掛金の催促や回収もこちらで行います。その他にも……」
話を聞く限り、これは出資話というより、雇われ店長のリクルートだ。そういえば、地味な女社長は「私が出資するから、武器屋をやりなさいよ」と言った。解釈論で言えば、「出資して作った店の雇われ店長をやる」という意味にも論理的な整合性がある。むしろ出資して作った会社の経営をやれとは明確には言われていない。故に、地味な女社長の言葉に矛盾はないし、この営業マン風の男の話も間違ってはいない。むしろ、店のほぼ全てを任されるというのは、店主自身に都合の良い勝手な解釈とも言える。
とはいえ「雇われ店長」というのは少し残念な話だ。
「それは助かります、が、それでは私は雇われ店長ですか。報酬は、生活どうなるんでしょうか」
営業マン風の男は、少し考えて答えた。
「雇われ……まあそんなところです。金銭の管理はこちらでやりますが、あなたの商才で売上が伸びた時は正当な評価にあたる報酬をお支払いします。基本的には月給制ですがね。ただし……」
「ただし?」
「我々が指定した武器は仕入れてもらうことになります。その様な武器のプロモーション活動はこちらでやりますので、それでお客さんがこの店に来る、と言う感じです」
「は?」
営業マン風の男は、店主の疑問符には一切構うことはなく、一枚の紙を差し出した。
「これが契約書です」
これから実質雇われ店長としてやっていくための契約書だが、その条文は目に入らなかった。代わりに店主の脳裏を埋め尽くしたのは、今置かれた状況の整理だった。
帳簿や帳票類は、毎日本部からのスタッフが来てチェックを入れる。売上金はその時に回収される。支払いも本部からの銀行送金で決済される。報酬は給料制。役所への税務申告も本部で行われ、実質雇われ店長としての再出発になる。
だが本部とは言うものの、それがどういう組織なのか解らない。そして、本部側の言う「我々の指定した武器」とは一体何を指すのか。そういえば昨年の居酒屋、刀のお嬢様と地味な女社長の会話「武器を作りたいとか言ってたじゃない?」だったか。……そうだ、きっと俺は地味な女社長の会社で作った武器を買わされ、それを売ることになるんだ。でも、どうして身分や組織を隠して商売をするんだろう。何かヤバい武器を扱う羽目になるのだろうか。もしそうなら、摘発された時にトカゲの尻尾切りのように全てを押し付けられる可能性も捨てきれない。本当にこの人たちと仕事をして大丈夫なのだろうか。心配だ。でも、もう居酒屋も辞めてしまったし、他に生活のアテがあるわけじゃない。それに、ここでの暮らしが再開されるということは、元の生活にかなり近くなる。
元の生活か。あいつは、女房はどうしてるんだろう。待てよ、俺が以前と同じここの建物で真面目に商売をしてれば、そのことを聞きつけた女房も戻ってくるかもしれないじゃないか。そうだ、そうに違いない。これだ。これに再起をかけよう。そして全てを取り戻そう。
そう思った時、店主は契約書にペンを走らせていた。
営業マン風の男が店を出て、彼が出て行ったドアがバタンと閉じる音がすると一気に息を吐いた。
「ふう……。雇われとは言え、ここは、また俺の店か……」
店主はぐるりと店内を見渡した。自分のいない間、この建物は誰に何の店として使われていたのだろう。それは解らないが、棚などの什器類は一部そのままで、店主には懐かしい感情が湧き起こった。
「この棚、いい鍔とか置いてたんだよな……」
店の入り口には一枚の板が立てかけてあった。先ほどの営業マン風の男は、帰り際に「これは社長からの開店祝いです」と言って、その板を裏返して見せた。すると、元の店名が書かれた看板だった。店主は看板を見て一気に感情が沸き立った。心は胸が締まるような感謝の気持ちで満たされ、それが一筋の涙として溢れ出た。そして、社長や本部を疑ったことを心底悔やんだ。
店主はその看板を撫でながら呟いた。
「社長、ありがとうございます……。精一杯頑張って女房に戻って来てもらいます」
はっ、そうだ。看板を設置するスペースを確認しよう。明日、本部から看板設置の作業員が来ると言っていたものの、我が城に店名が掲げられた勇姿を想像してみたいじゃないか。そして、いつか俺の傍らにはきっとお前の姿が……。
店主は、はやる気持ちを抑えられず、勢いよく扉を開けて外に出て建屋を振り返ろうとした。
だがその時、向かいの道具屋から誰かが出て来た。
「あれ!?お、お前!」
「あ、あんた!」
道具屋から出て来たのは、店主の元妻だった。彼女は肩に赤ちゃんを抱いていた。
「な……えぇっ!?」
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