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ショートショート12月〜4回目

夢の中のアイツ

作者: たかさば

 僕には、大嫌いなやつがいる。


 ……毎日毎日、夢の中に出てくる、アイツ。


 失敗をすると、いい気味だと言わんばかりにニヤリと歪む、ムカつく表情。

 大喜びではしゃいでいると、うっとおしいと言わんばかりにため息をつく、憎たらしい存在。


 大嫌いなやつだとわかってはいるけど、顔がぼんやりしているのが、実に気に入らない。

 どんな顔をしているのかはっきりしないくせに、表情だけははっきりとわかるのも腹が立つ。


 のんびりクジラの背に乗ってみれば…いつの間にか背中合わせになっていて、つまんねぇと耳元でつぶやく。

 気持ち良く空を飛んでみれば、バカにしたような顔をして真横に並んで、下品なことを口走る。


 アイツが夢に出てくると、ろくなことにならない。

 被害を最小限にするために、僕はアイツをスルーすると決めている。


 しかし、関わらないよう、気にしないよう、一生懸命頑張っているのに…、アイツはどんどんどんどん絡んでくる。


 なんで毎日毎日……、ご丁寧に僕の夢に現れるのかわからない。

 こんなに嫌だ嫌だと思っているのに、図々しく出てくるのが不思議でならない。


 ……僕は、もともと、夢見が良いタイプだった。


 アイツが出てくるまでは、こういう夢が見たいと願えば、だいたい見ることができた。

 僕は毎日、見たい夢を見て、ご機嫌に過ごしていたのだ。


 いじめっ子に勝つ夢。

 ステーキを食べる夢。

 バレンタインデーにチョコをもらう夢。

 コンサートをひらく夢。

 百点満点を自慢する夢。

 徒競走で一番になる夢。


 嫌なことがあっても、楽しい夢を見られるから、がんばれた。

 失敗しても、夢の中で成功できるからいいやと、吹っ切れた。

 腹が立つことがあっても、夢が面白ければ機嫌は直って、笑顔になれた。


 はっきり言って、寝ることだけが…、僕の楽しみだったのだ。


 ……なのに、アイツのせいで。


 唯一の楽しみが、消えてしまった。

 たったひとつの、救いがなくなってしまった。


 最近は…、寝ることが嫌になってきたくらいだ。


 夜ふかしすることが増えて、お母さんに怒られるようになった。

 授業中に寝てしまって、先生に怒られるようになった。


 ……踏んだり蹴ったりだ。


 アイツのせいで。

 アイツの、せいで。


 ……アイツの、せいで。


 イライラしながら、顔を洗う。

 イライラしながら、朝ごはんを食べる。

 イライラしながら、学校に行く。

 イライラしながら、授業をやる。

 イライラしながら、体育でサボる。

 イライラしながら、給食を残す。

 イライラしながら、いじめっ子にイジられるのをスルーする。

 イライラしながら、先生の言葉をスルーする。

 イライラしながら、テストに落書きをしてやる。

 イライラしながら、道端の花をむしってやる。


 イライラしながら家に帰って、ランドセルを玄関に放り投げたら…、お母さんに怒られた。


 イライラする。

 イライラする。

 イライラする。


 ムカつきながら公園に行くと、めちゃめちゃ混んでいて…、さらにイライラがとまらない。


 はしゃいでいる子供たちの声がうるさい。

 バカみたいにサッカーボールを奪い合う奴らが目ざわりでたまらない。

 我が物顔でバスケットゴールを占領している中学生がウザい。

 ベンチで騒いでいる親子連れがうっとおしい。

 ノロノロ歩道を散歩しているじいさんばあさんが邪魔すぎる。


 イライラする。

 イライラする。

 イライラする。


 イライラが…とまらない。

 イライラが…抑えきれない。


 ちびっこの作った砂場の山を、勢いよく蹴飛ばしてやった。

 ずらりと並んでいる滑り台の順番を、豪快に抜かしてやった。

 水飲み場の蛇口を思いっきり全開にして、辺りを水浸しにしてやった。

 どこかから転がってきた汚いボールを、反対方向にキックしてやった。

 わざとグラウンドのど真ん中を横切ってやった。

 じいさんとばあさんの真横をギリギリすれすれで駆け抜けてやった。

 うるさい親子の後ろで、下品な替え歌を大声で歌ってやった。


 やった瞬間は気持ちがいいけど、なんだか胸がモヤモヤする。

 いけ好かない表情を向けられると、さらにモヤモヤが増す。


 かといって、何もしないではいられない。


 ……いろいろやっているのに、全然スッキリしない。


 イライラしながら、芝生の丘の上に寝転がり…空を見た。


 ポコポコとした雲が浮いている……。

 ちぎって食べたらうまそうだなあ……。

 青空を飛びまわったらキモチ良さそうだ……。


 ああ、あの空で、自由に遊ぶ、楽しい夢が見たい。

 ああ、この胸のモヤモヤを吹き飛ばすような、スッキリできる夢が見たい。


 きれいな青空が…目に染みる。

 チクチク痛むのは、目玉か、心か、なんなのか……。


 そっと…、目を、閉じた。


 ……最近の寝不足が、トロリトロリと……眠気をさそう。


 このまま、ここで昼寝でもしていこうか。


 ……いや、でも、どうせまた、アイツが。



 このまま寝ちゃったら……、また、アイツが。


 ……。


 ………。



―――あはは、なんだい、あの猫は!



 ……?



―――見てよ、かわいくない?撫でてみよっーと!!


―――ニャーン、ニャッ!!…だってさ!!!


―――なぁなぁ、猫、好き?

―――じゃあさ、一緒に遊ぼうよ!



 ……やけに…なれなれしい、やつがいる?

 顔はぼんやりしていてよくわからないけど…ニコニコと笑っている。


 これは…夢か?

 たぶん…夢だ。



―――雲の食べ放題競争しよう!!


―――うわ、これめっちゃウマーい!!食ってみ?!

―――うわぁー負けたー!よーし、次はジャンプ競争だ!!


―――お前すごいなあ、カッコいいなあ!



 ……なんか…面白いやつが、いる。

 全然顔はわからないけど、僕に向かってご機嫌な表情を見せている。


 これは…夢だ。

 たぶん…見たことのない、タイプの…。



―――これも飛ばしてみ?


―――へへ…よく飛ぶ飛行機だろ、俺の宝物なんだ!

―――遠慮すんなって、友達だろ!


―――自慢しちゃった!!

―――お前の絵もめっちゃうまいよ!!もっと自慢しろって!!



 ……久しぶりに…ゆかいな、夢を見ている。


 こいつ、どんな顔してるんだろう?

 めちゃめちゃうれしそうに笑っていることはわかるけど、顔だけがぼんやりしている。

 すごく楽しそうな表情をしていることはわかるけど、顔がわからない。


 また、会えればいいな……。

 でも、顔が……。


―――遊んでくれてありがと!

―――またさぁ、俺と…


―――もちろん、いい…



 ……っと。



 ……ちょっと!!



「ちょっと!!!起きなさいよ!!!!」



「……へっ?」



「この、ヒック…このおにいちゃんが、ぼくのとんねる、こわした……」

「君、何年生?コマド小学校の子だよね?年上なのに、こんな小さい子に意地悪して…ダメじゃないの。あんまり悪いことばかりしてると、校長先生に言うよ?」

「この子ねー、さっきじゅんばんもぬかしたんだよ!!!」

「としうえでしょ?!あやまって!!」

「すなば、もとにもどしてあげなさいよ!!」


 背景は青空…、小さい子とそのお母さん…、めんどくさそうな女子(低学年)たち……。

 僕をのぞき込んでいる、ふきげんそうな、顔、顔、顔、顔、顔……。


 マズい、これは…逆らわない方がよさそうだ。


「…ごめんなさい」



 泣いている男の子に頭を下げ、うるさい事を言う女子に頭を下げ、みんなで一緒にトンネルを作り直した。

 滑り台のところまで連れていかれて、一人一人にあやまった。



 夢の中でいい思いをしたら、現実で嫌な思いをするとか…ついてない。


 口の中がすごく苦くなったような気がして、水飲み場でうがいをしてから、家に帰った。




 ……その日の夜。


 なんとなく、ゲームをする気になれなかった僕は、久しぶりに9時過ぎに布団に入ることにした。


 こんなに早く、眠れるのかな…そんなことも思ったけれど。

 目を閉じれば…、トロン、トロンと…、眠くなった。



 僕は、夢の、世界へ……。


 

 ………。


 ……ぼんやりとした景色の向こうに、誰かがいるのが見える。



 あれは……誰だろう。



 僕の嫌いな、アイツか。

 それとも、今日、昼間に仲良くなった、面白いやつか。



 ……どちらだろう?



 ……声を、かけてみようか。



 でも、声をかけて、大嫌いなアイツだったら。

 もし、声をかけなくて、あの面白いやつだったら。



 大嫌いなアイツも、面白かったやつも、顔がよく……分からない。



 あの、面白かったやつには、声をかけたい。

 今日、僕は、面白いやつから話しかけられてばかりだったから。


 いつもの、大嫌いなアイツには、声をかけたくない。

 未だかつてアイツに声をかけたことはないし、今後もかけるつもりはない。



 ……どうしよう。



 顔がぼんやりしているから、見分けがつかない。

 僕に気付いていないからか、表情がわからない。



 ……この、夢が。


 面白いものになるのか、ならないのか。



 それは、僕に……かかっている。



 面白いやつに声をかけない。

 面白いやつに声をかける。


 ムカつくやつに声をかけない。

 ムカつくやつに声をかける。



 僕は。



 ……僕は。





 僕には最近、親友ができた。


 夢の中でしか会えないけれど、大切な親友だ。

 顔はぼんやりしているけれど、一番の親友だ。


 夢の世界に来たら、僕はすぐに親友に声をかける事にしている。

 すると、どこからともなくニコニコした親友が出てきてくれるのだ。


 一緒に笑って、喜んで。

 一緒に頑張って、満足して。

 悩みを打ち明けて、ホッとして。

 相談されて、うんうん考えて。

 元気づけられて、元気づけて。

 なぐさめられて、なぐさめて。

 笑い飛ばしてもらって、笑い飛ばして。

 ウケるネタを一緒に考えて、笑ってもらえたと報告して。

 現実でも友達ができたと報告して、喜んでもらえて。

 夢を語り合って、将来について熱く話し合って。


 夢が満たされているからか、現実でもよく笑うようになった。

 友達が何人かできて、いろいろ話したり遊んだりするようになった。


 イライラしていた毎日を過ごしていたのが、信じられない。


 毎日寝るのが楽しみでたまらない。

 毎日親友と一緒に遊ぶのが楽しくて仕方がない。

 毎日友達に夢の話を聞いてもらうのが楽しい。

 毎日友達の夢の話を聞かせてもらうのが面白い。


 毎日が、すごく…充たされている。


 ……夢の中に大嫌いなアイツが出てこなくなって、こんなにも幸せになれるなんて思わなかった。


 イライラする気持ちが消えたら、アイツは出てこなくなった。

 毎晩親友と遊ぶようになったら、アイツは出てこなくなった。


 充実した毎日を過ごせるようになって、ふと…思うのは。


 アイツは今頃……、どうしているのだろう?

 今でも、不機嫌そうに誰かの夢をぶち壊しているのかな?



 ……アイツにも、僕みたいに…親友ができていれば、いいのに。



「ねえ、今日は宇宙に遊びに行こうよ!!俺の作った宇宙船、見てー!!!」

「カッコいい!!!のせてよ!!!」


「もちろん!!!」

「うわー!!すげえ!!!」


 キラキラピカピカ輝く、親友ご自慢の宇宙船に乗り込んだ僕は…。


 大はしゃぎしながら跳びはねている顔の分からない親友に……、とびきりの笑顔を、向けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 心持ち次第で夢も変わってくるのでしょうか。 興味深いお話でした!
2024/01/25 14:36 退会済み
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