怪奇 - 散歩
なんか気だるい時は散歩に行く。通ったことのない道を通ってみる。今日は、暇してることに暇してしまった。さぁ、散歩、行こう。
田舎に産まれてよかったなぁとつくづく思う。都会ってのはいつも他人がいて、自分の空間がない。息苦しくてしょうがないのだ。パーソナルスペースに常に人がいる感覚というのは耐え難いものだ。
「こんにちは!」
「……こんにちは。」
通りがかった人に挨拶したら返してもらえる。嬉しい。都会じゃあ、挨拶しただけで通報されることもあるらしい。ひどい世の中だ。
散歩は好きだ。知らない道を曲がり、知らない道を通り、何にもわからないままに、知っている道に帰ってくる。私にとって散歩とは、未知の探究であり、冒険であるのだ。
……ん?……こんなところに道があったのか。
まだ冒険は始まってすらいない。だが、曲がり角がある。ここのへんは大体知り尽くしたと思ってたけど、こういうこともあるものか。
知らない角を曲がってみよう。
曲がったばかりの時は大したことはない。楽しいのはそこからどんどん進んでいった時だ。曲がったのは丁字路だったから、左に曲がると知ってる大通りに出てしまうか。右に進みつついこう。
と、思った矢先だ。行き止まり……いや、予想はしていた。家がたくさん連なっている。こういう場所は大抵、行き止まるものなのだ。住宅街というのは、大通りにアクセスできればそれでいいから。
ふん。じゃあ、引きかえそう。
引きかえそう。
引きかえ……そう……
足が動かない?
首だけでも、視線だけでも後ろに向ける。
なにか変だ。さっきまでの道じゃない。こんな真っ青な外壁の家はなかった。
ふと、自分の荒い息の音に気づく。心臓の鼓動もわかる。
落ち着こう。まず、落ち着くんだ。きっと道を覚え違えていただけだ。迷うなんてよくある事じゃないか。いや、迷うために散歩をしているじゃないか。
一旦目を閉じて、ゆっくり息を吸う。そして、息を吐く。
前に向き直す。しばらく深呼吸して、落ち着いた頃、目を開ける。
また、道が変わっている……? 今度は絶対に動いていないのに、行き止まりは道になり、単色に塗られた家が立ち並ぶ住宅街になっていて、異様だ。真っ青な家、真っ赤な家、真っ黄な家、色彩の暴力。
いつの間に、足は動く。歩ける。どうする? 引き返そうか? 今ならまだ戻れるかもしれない。
だが、目の前に広がる非現実が、好奇心が、それを良しとしなかった。前に進んでいき、知らない道へ入っていった。
*
一歩踏み出した途端、後ろからなにか風のような、気配のようなものを感じる。でも振り向きはせず、さらに一歩進んでいく。家の外壁の色、色彩の暴力は、一歩一歩色を変える。明らかに普通じゃない。
人が居る感じはない。田舎はそもそも人が少ないものではあったが、人が居ないことは無い。人の気配はあるものだ。だが、ここにそれはない。
非日常だ。人は非日常を求める。この光景は、まさに求めていた非日常であった。目を見開く。このサイケデリックも目に馴染んできた。
新緑の広がる景色よりも、いつか見た都会の夜景よりも、何よりも美しい街並みに思える。この一歩一歩色を変える住宅街は、ナポリよりもずっと良いだろう。
「こんにちは この先 タウンです」
不意に話しかけられる。街並みと同じような、カラフルな…サラリーマンだろうか。とってもカラフルだ。スーツは黒ではなく、ツギハギ柄でそれぞれがサイケな色合いをしている。肌も同じようだ。顔は無く、色彩だけがそこにある。七三分けなのではっきり見える。頭髪だけは茶色っぽいようだ。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ 今日はとても良い、筋の通った風が差しますね。 ここはタウンなので安全です」
挨拶しただけで沢山帰ってきた…ちょっと苦手なタイプの人。でも、挨拶というのは一瞬の関係だから、苦手なタイプと察してもすぐ別れられるのがいい所のひとつだ。
「良い一日を!」
「バンザイ。」
そんなサラリーマンと別れ、延々と続くこの道を歩いていく。というか、曲がり角がないのが気になる。気の向くままに曲がって、曲がり角の度に決断するあの瞬間も醍醐味なのに、これでは面白みに欠ける。
ぼけーっと歩いていたら、人にぶつかってしまった。人が居ることなんていつもはすぐ分かるのに…
「あっ、ごめんなさい」
あれ? またあのサラリーマンだ…
「危険があります」
「はい、すみません…気をつけます。」
前に進もうとするも、平謝りが癪だったのか、サラリーマンに妨げられた。
「えっ…」
「こんにちは イニシアチブです」
辺りを見ると、ぞろぞろと、サラリーマンと同じような色の人が出てくる。人の気配はなかったけれど、ここもちゃんと街なんだ。
「危ないよ!」「塩ですよね」「ありがとうございました」「どうしたの」「こんにちは」「タウンでした」「安全」「なにもない」「三度目の正直を」「怖くないね」「え?」「ちょっと!」「起きて!」「危ないよ!」
--「危ないよ!」
……あれ? いつからここに? 家みたいな……いや、家ではない気が……なんだ……? どこだろう……分からない……
ぼんやりと人の顔がある……男の人……茶色っぽい七三分け……でも変だよ……
「いいかい?もう近づいちゃダメだ。次は戻れなくなるよ!」
なにを……なにを……どこへ?……なにが?……だれが……?
「こら!」
「こら!」
「うわぁぁあ」
向かいの家のおじいさんに起こされる。……起こされる?……寝ていた?……いつから………
「ほ……大丈夫か? 買い物行こう思うたら倒れとるけん、なんかあったのかと思うて……ほれ、水飲みや」
「ゆっくりでいいでね」
「ありがとうございます…」
水を渡される。おじいさんとおばあさん。よく知っている人だ。
倒れていた?……そうだ、散歩。散歩をしていて……それで……まさか、熱中症で?
「大丈夫か? えらかったりせんか?」
「は、はい、だいぶ落ち着きました……ありがとうございます。それで……倒れていたって?」
「あぁ、もう、なんだ、家の結構近くだったかなー、道端でもうひっくり返ってて……熱中症かねぇ……この時期は気をつけなかんでなぁ」
家の近くで……道端……でも、歩いた距離的に家の近くなわけが……あれ、なんか違和感が……
「本当に、今日はありがとうございました! 命の恩人です! お礼は必ず……!」
「お礼だなんて貰ってもありがくもあらんわぁ」
「**ちゃんが元気ならそれが一番だでね」
お2人が笑いながら言う。
「気をつけてな!」
「はい!」
やはり、田舎というのは、人が暖かい。