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真実の理(しんじつのことわり)  作者: きゆ
第1章 近視
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第7話 暗闇

◆第7話 暗闇


 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ――。


 廊下からはせわしない足音が近づいてきているのがわった。

 

 青年は部屋の入口の方へ目をやった。するとそこには、身だしなみが非常に整った、紳士と淑女とでも言うべき品のある男女が息を乱しながら現れた。


 「おぉっ……。幸っ……」聞くに堪えない悲痛な声を上げながら淑女は彼女の手を握った。


 聡は起立した。

 「まだ幸さんの意識は戻っておりません。いったんこちらの病院で応急処置として造血剤の点滴を打っていただき、彼女の意識の回復を待っている状態です。」


 「貴方が救急にご連絡いただき、娘をこちらの病院に連れてきてくださったお方ですね。あなたは娘の命の恩人です。何とお礼を申し上げたらよいものか……。」


 紳士はそう言うと青年に向けて深々と頭を下げた。


 「いえいえ、命の恩人だなんてそんな大したことはしておりません。それに、幸さんを外に連れ出したのは私ですので、今回の件は私の責任でもあります。」


 紳士はハッと顔を上げた。「差し支えなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」


 「今川聡と申します。今、幸さんとお付き合いさせていただいております。お初にお目にかかります。」


 「おぉ、君があのサトシ君でしたか……。娘からよく話を聞いております。いつも娘が大変お世話になっております」

 紳士は再度頭を下げた。


 「いえいえ、私の方こそ幸さんにいつもお世話になっております」

 聡もそれに応えるようにお辞儀をした。


 「このような形でご挨拶させていただくことになるとは夢にも思っておりませんでしたが、私はこの花形幸の父である花形幸一郎と申します。こちらは妻の花形美世です。ほら、美世。幸の彼氏の今川聡さんだ。ご挨拶なさい」

 そう言うと彼女の背中にそっと手を添えた。


 淑女は悲壮な表情から夫の言葉を受けてハッとし、すぐに青年の方を真っすぐ見るよう姿勢を正した。


 「花形美世と申します。いつも娘が大変お世話になっております……」その声は力なく、今にも泣きだしてしまいそうな響きをしていた。


 「既に娘から話をお聞きになられているかと思いますが、娘はある病気を患っております」


 「ご病気……ですか。よく貧血で倒れがちであるということはお伺いしておりますが、そちらのことでしょうか……?」


 紳士はがっくりとうなだれた。そして右手でその傾いた頭を押さえていた。

 彼の顔は、何かとても重大なミスを犯した時に見せる悔恨のような表情を浮かべていた。


 「サトシ君……。誠に申し訳ない」

 紳士は3度目の謝罪の姿勢を見せた。


 青年は何となく察しがついていた。が、それがどういった病気なのかは皆目検討がついていなかった。


 「い、いえいえ。そんなお謝りいただくようなことではないですよ。幸さんは一体どのようなご病気を患われていらっしゃるんですか?」


 「サトシ君……。今からお伝えすることは、非常に残酷で、君を傷つけ、娘のことを恨めしく思うようになるかもしれない。それでも親の務めとして、また、親として娘の過ちの責任を取るという意味でも、どうかお話をさせていただければと思う」


 過ち……?聡はごくりと唾を飲んだが、いまいち釈然としない表情をしていた。


 「娘は『急性骨髄性白血病』という血液細胞の癌を患っている。5年内の生存率は40%程度。そしてその癌の診断をちょうど今から約5年ほど前に受けた」



 ――聡の頭は真っ白になった。が、同時に今まで彼女に所々で感じていた『違和感』についての点が、彼の頭の中で数珠繋ぎのように一本の線で繋がる感覚を覚えた。



 「血液の癌……。なるほど、そうだったのですね……。しかし今のお話ですと、治る可能性は40%はあるということですよね。幸さん、今日の日中は元気でしたし、大丈夫ですよね……?」


 「この病気は完治というのが中々難しいものでね。まずは寛解を目指して患者は治療を行うんだ。しかし、中には寛解に至らず、再発を繰り返す者もいる。そして再発を繰り返すごとに、生存率は徐々に下がっていく。娘のこの病気の再発は、これで3回目だ」


 この先の言葉は聞きたくなかった――。


 聡「……。それはつまり……」


 コンコンコン――。

 ドアをノックする音が聞こえた。

 

 「失礼します」


 白衣を着た医師と看護師が病室の中に入ってきた。


 「娘さんはまだご意識が戻られていないようですね。ですが、恐らくこの赤血球量であれば、明日にはご回復されるかと思います」


 そう言うと、医師は即席で行った採血の結果が記載されたプリントを幸一郎の方へ差し出した。


 「しかし……。白血球の数値のほうで相当な異常値が出ており、症状はかなり進行していると思われます。むしろ、この状態で入院せず生活できていたことが奇跡と思われるくらいです。ヘルプマークカードにご記載の延天堂(えんてんどう)大学病院が恐らく以前がん治療をされた医療機関かと思いますので、明日意識が戻り次第娘さんを救急車で搬送しようと考えておりますが、よろしいでしょうか」


 「はい、問題ございません。延天堂大学病院へ搬送される時間が決まりましたら、そちらのヘルプマークカードに記載の連絡先にご一報いただけますと助かります」

幸一郎は頷きながらそう言った。


 「わかりました」医師はちらりと看護師の方を見ると、ヘルプマークカードに記載の連絡先をメモ帳に控え始めた。そうして記載が終わると、カードは幸一郎のもとへ返された。


「あの……。お父様、もしご迷惑でなければ、明日私も延天堂大学病院へ伺ってもよろしいでしょうか……。幸さんと少しお話をさせていただたくて……」


 幸一郎は一瞬口を噤んだ。が、すぐに聡の方を見て、「わかった。君は娘の命の恩人でもあるし、交際相手でもある。来ていただく資格は十分にある。

明日、搬送予定時間の連絡を受け次第、サトシ君にも連絡するので、その予定時間の2時間後くらいに病室に来てもらえるかな。

到着後は検査など色々とバタバタすると思うので、少し時間を空けたほうがいい」

 

 聡はこくりと頷いた。


 「サトシ君の連絡先を教えてもらえるかな」

 「はい」

 そう言うと、聡は自身の電話番号を幸一郎へ口頭で伝えた。

 

 「それではまた明日。本日は娘を助けてくださり、本当にありがとうございました」

 幸一郎と美世は聡に向け深々と頭を下げた。


 「いえ……。また明日よろしくお願いいたします」


 青年の帰りの足取りは重かった。

 

 そしてその目からは生気が消え失せ、瞳の焦点は一切ぶれることなく、ただ過ぎ行く地面の1点を見つめながら、真っ暗な夜道をただひたすらに、歩き続けた。


 その様はまるで、あてもなく、ゆらりゆらりと夜道を彷徨う屍のようであった――。

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