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真実の理(しんじつのことわり)  作者: きゆ
第1章 近視
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第3話 交際①

◆第3話 交際①

ー 2023年9月18日(月曜日・祝日) 代官山 TSUTEYAー

「あっ!懐かしい!」彼女は嬉々とした声色の言葉を発すると、ある書籍のコーナーへ足早く向かった。

「これ、小学生の頃大好きだった本なんです。」そう言うと彼女の両手には『ある、シャーロンに花束を』という本の表紙が優しく乗せられていた。

「『ある、シャーロンに花束を』ですか、確かに懐かしい本ですね」青年の言葉はどこか上の空であったー。と言うのも、青年の頭の中では、ある一つの重大な行動を今日どのように実行すべきかについて、ひたすらに思考を巡らせていたからである。


<2023年9月15日(金曜日) 丸の内@某飲食店(回想) >

三浦「マッチングアプリで知り合った人に交際を申し込むタイミング?」彼の聡へ向けられた表情には、やれやれと言わんばかりの眼差しと、少しばかりのからかいの気持ちが隠れた口角が浮かんでいた。

聡はコクりと頷いた。青年の表情は至って真面目であった。

三浦「まぁ、大体3回目のデートあたりじゃね?そもそも3回会ってくれるってことは、相手さんもお前のことそんなに悪くないと思っているだろうし、脈ありとして捉えてもいいんじゃね?」

三浦翔馬ーー。彼が言うと大変な説得力がある。180cm超の身長と、その整った目鼻立ちから『美男子』と形容されるのが最もふさわしいルックスの持ち主であり、これまでの女性遍歴は数知れず、少なくとも俺と三浦が同期入社で知り合って以降の3年間で、俺の知る限りでも10人以上の異性との浮世話を耳にしている。

俺(聡)「3回目のデートか・・。実は来週の祝日が3回目のデートになるんだよね。そこで交際を申し込んでみようかな・・。」その言葉から想起されたシチュエーションを思い浮かべただけでも青年の胸はざわついた。

三浦「あぁ。あ、ちなみにメッセージのやり取りの頻度はどんくらい?あと、RINE(ライン)は交換してるよな?」

俺(聡)「うん、RINE(ライン)は交換してる。メッセージは大体一日1~2ラリーくらいかな。」

三浦「ふーん。じゃぁ大丈夫だ。頑張れ。」

一体何が大丈夫なのだろうか・・?今の問答のどの辺に大丈夫であると確証に足りうる根拠があったのだろうか?聡は釈然としていなかったが、この領域の大先輩である三浦の言葉を信じることに決めた。

俺(聡)「ありがとう。頑張るわ。もし撃沈したらそん時は慰めてくれ!笑」

三浦「おけ、その辺は任せとけ」

< 回想終了 >


「Satoshiさんも『ある、シャーロンに花束を』読まれたことありますか?」彼女は青年の顔を覗き込むように質問を投げかけてきた。

「(いかん、いかん。今完全に心ここにあらず状態だった。今は目の前のデートを楽しもう。) はい、僕も中学生ぐらいの時に『ある、シャーロンに花束を』読んだことがありまして、とても面白かった記憶があります。確か知的障害がある主人公が賢くなる手術を受けて、最後にはその手術を受けたマウスのシャーロンと同じように、元の知能の状態に戻ってしまうお話でしたよね。」

「はい。Satoshiさんはこの本の題意から、どのようなメッセージを感じ取りましたか?」

彼女は本に関してよくこういった類の質問を投げかけてくる。この本で伝えたかったメッセージは何かとか、登場人物の誰それはどういう気持ちでその行動に及んだのか、など、考察めいた、いや、あるいはもう少しメタ的な視点から本を解釈することを好んでいるように思われた。愛書家としての一種の癖のようなものなのかなーー。青年は一瞬だけ考え込んだが、すぐに彼女との会話に戻った。

「そうですね、、本が伝えたかったメッセージと言うと中々難しいですが、僕の個人的な浅い解釈ですと、人は頭が良くなっても幸せにならないというか、頭が良くなることで逆に色々なことを知ってしまって不幸になるというか・・。何と言いますか、主人公はあの賢くなる手術を受けなくてもよかったのではないかな、と思ってしまいました。まぁ、主人公が被験者として選ばれた時点では、そんなことを知る由もないので、手術を受けないという選択肢はなかったとは思いますが・・。」

「なるほど、Satoshiさんはそうお考えになられたんですね。実は私も結構近い解釈をしています。あの知能指数を上げる手術を経て、主人公は今までは見えていなかった他人の負の感情や彼を取り巻く周囲の人々の知能の限界が見えるようになったことで、最終的には手術を受ける前の時に抱いていた周囲の人々への尊敬や好感という感情がひどく滑稽で、主人公に向けられていた他人の醜悪な感情についての『間違った』解釈から成り立っていたことを知り、ひどく葛藤を覚えますよね。そして、最終的には高い知能を持った主人公は周囲から畏怖の対象となり、彼自身もそれらの愚かな人々を哀れで、取るに足らないものとして孤独を好むようになりますよね。それでも、彼は次第に衰えていく知能の退行を阻止しようと、研究に没頭し、必死に抗いますが遂には叶わず元通りの知能に戻ってしまう。そしてその頃には彼は元の穏やかで優しい心根を取り戻し、マウスのシャーロンのお墓に花束を手向けるよう手紙に残しますよね。知能指数を向上させること、すなわち物事の『真実』を知れるようになることは、自らを不幸に陥れる道であると知りながら、彼はその歩みを止めることはなかった。これはあまりに矛盾じみていて、それでいて人間の根源的欲求である知的探求心は抑えることはできないという『生物学的な人間の設計』に対する皮肉と、個人の見地からすれば無知であることが最も幸せな状態であるのか、と読者に問いかけるメッセージが含まれているのではないかな、と私は感じ取りました。」


――青年は何も言えなかった。それは、彼女の話が小難しいからという訳ではなく、彼が考え得る彼女の解釈に対するいかなる返答も浅薄なものだと思えてならなかったからである。ーー『知らぬが仏』一瞬彼の頭にはその言葉がよぎったが、彼女に対する返答への表現としては、あまりにもちっぽけ過ぎると感じた。

「ごめんなさい。大好きな本だったので、ちょっと喋りすぎてしまいました。あ、もうこんな時間ですね。Satoshiさんがご予約してくださったレストランへそろそろ向かいましょうか。」

青年は自身のことが何故だかひどく小さく、惨めなものに思えた。彼も敢えて腕時計に目をちらりとやり、「そうですね、そろそろ向かいましょう」そう言うと、忘れかけていたあの件が再び頭をよぎり、胸の鼓動が早まるのを感じた。

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