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第0話(前編) 或る男

◆ 第0話(前編) 或る男


 それは、とある秋の日の夕暮れの頃であった。

 並木道に沿って植えられた(けやき)の葉は紅色一色に染まり、風に誘われ地上へと居を移したイチョウの葉が地面を黄色く彩っている。時折、木枯らしとも呼べる風が木々を揺らし、落ち葉を舞い上がらせては、元の葉を目の届かぬ他所へと飛ばし、何事もなかったようにまた新たな落ち葉が並木道を覆う。


 そのような秋の風物詩とも言える情景が窓越しに広がっていることを全く意に介すことなく、男は()()()とも形容できる鏡筒(きょうとう)を片手に、床に置かれたノートの中身をそのレンズ越しに夢中で前屈みになって覗き込んでいた。

  部屋のテーブルの上には、読み溜めていたであろう無数の漫画が乱雑に積み重ねられ、男はよほどコミックスを愛好していることがうかがえるが、それらをそっちのけに男の関心はあくまで1冊の薄っぺらいノートに向いていた。

 傍から見れば、ノートの中の文字を拡大して確認するためにルーペではなく望遠鏡を使っている様子は、何かの間違いで、滑稽な笑いの一つでも取ろうとしている道化であると説明された方がよほど納得のいく様である。

 だがしかし、部屋に人はその男一人しかおらず、誰かのための見世物(みせもの)を興じているわけではなく、その表情は至って真面目で、男の眼光は一種の悲しみを含んだ鋭利さを帯びていた――。


 「ハハハッ!愚かな、馬鹿な女めっ!!」


 突如として男の嘲笑めいた高笑いが部屋中に響き渡った。そうして男はゆっくりと()()()を目から離してぼんやりと力の抜けた眼差しで窓の外に目をやった。

 『もう、遊んでいないで真面目に探してくれでヤンス!』

 「…。遊んでなんていないさ。俺は至って真面目に仕事を行っているつもりだ。だが時折こうやって命を無駄に落とす様を見ると、人間の愚かさをより一層深く理解してやるせない気持ちになる。人間は本当に愚かな生き物だ。そう思うだろう、()()()?」

 男は独り言を呟いているかのようであった。しかし、その発言は誰かと会話をしているような抑揚を帯び、その内容は電話越しで相手の発言を受けて応答を行っているかのように整然としていた。


 『…。そんな感情はとっくの昔に忘れたでヤンス。それで、今回はどんな人生であったでヤンスか?あ、それとちゃんと念物(ねんぶつ)は見つけたでヤンスね?」

 「あぁ、()()のあたりは大方ついた。旦那からもらった安産祈願のお守りと言ったところだろう。皮肉なものだな。場所は彼女の自宅にある、リビングの収納棚の上だ」

 男は自らの左肩にひょこんと羽を羽ばたかせて飛び乗ってきた、小さな緑色の光に目をやった。

 『ホッ…。すんなり見つかってよかったでヤンス。それで、今回はどんな人生だったでヤンスか?』

 「()は大体生前に最も強い関心を抱いている事柄に関連する物に宿ることが多い。だから過去を見るよりも、未来の死ぬ直前から遡って探したほうがはるかに探しやすいということがわかった。中には例外もいるが…。()()()、お前はあまり人間に興味がないと言っておきながら、人の人生には興味津々なんだな」

 『呑み込みが早いでヤンスね…。まぁ、アチシもかつては人間だったでヤンスし、ちょっとだけ知りたい気持ちがあるでヤンスよ。人は今際(いまわ)(きわ)に何を思い、自分の人生をどう総括するのか…。そしてその人の人生は幸せだったのかどうかということを…」


 男はフッ、っと笑った。

 「それは俺も同じだ。だからこうして望人鏡(ぼうじんきょう)を借りて見させてもらっている。前置きが長くなったな。今回の死人(ターゲット)の人生と()()についてかいつまんで説明させてもらう」


 男の左肩に座る光は足をパタパタさせながら、瞳を輝かせ、わくわくとした表情を浮かべていた――。

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