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鏑矢の鳴る頃に~謀反の練習台として矢の的にされた寵姫ですが、このままで済ませるつもりはありません~  作者: 平井敦史


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再びの共闘

「殿下、ご無沙汰しております。ゾリグっす」


 恭しくひざまずきながらも、微妙に軽い口調で若者が名乗る。

 竜神の里の住民たちの中でもサラーナに次ぐ竜使いの名人は、かつてボルドゥとの戦いにおいてズーンの客将となったうちの一人で、エルデニとも面識があった。


「ああ、久しいな、ゾリグ殿。ところで、そちらの女性は……?」


「ツェレンと申します。お目にかかれて光栄でございます、王太子殿下。このたびは、我らが王からアルタントヤー様に使いを送り、その者たちの首尾を確認するべく、この付近で待機しておりましたが、笛の音が聞こえましたもので、ゾリグがらしていた牙竜がりゅうを引き連れ、様子見に駆け付けた次第です」


「なるほど、そうだったのか。いや、詳しい話は後回しだ。ツェレン殿、妻が産気さんけづいている。お産に立ち会われたことは?」


「え、それは大変! 私もそれほど経験があるわけではありませんが……」


「それでも男どもよりはましだ。すまぬが、妻を救ってやってもらえぬだろうか」


「はい。微力ながら」


 ツェレンは頷くと、周囲の男たちに命じた。


「水魔法を使えるものは、できるかぎりの水を皮袋に蓄えておいて。それと、火の用意も。他の者たちは周囲を警戒!」


「えっと、俺は?」


 何やらそわそわしながら尋ねるゾリグに、ツェレンはぴしゃりを言い放つ。


「あなたも牙竜がりゅうを連れて周囲を警戒。ほら、ぐずぐずしない!」


 心なしか落ち込んだ様子のゾリグを引き留めて、エルデニが尋ねた。


「その牙竜がりゅうたちは、ゾリグ殿がぎょしているのか? ボルドゥの乱の時、野生の騎竜きりゅうの群れを御して父上の軍を救ってくれたという話は聞いているが」


「あ、はい! つたない技っすけど」


 照れながらもどこか自慢げにゾリグが言う。


牙竜がりゅう二頭で騎竜きりゅう兵二十騎あまりを翻弄するか。数を揃えたらかなりの戦力になるな……」


 呟くエルデニに、ゾリグは手を振りながら謙遜してみせた。


「いやぁ、言うても俺っちが操れるのはあと一,二頭くらいが限度っすし、そもそも牙竜がりゅうの数自体……」


「殿下、それでは奥様のご出産を介助いたしますので……。ゾリグ、あなたも早く行って」


 余計なことを言いかけるゾリグを遮るように、ツェレンが割って入る。


「そうだった。ではツェレン殿、妻をよろしく頼む」


「お任せください」


 深々と頭を下げるエルデニに、ツェレンは若干緊張しながらも自分の胸を叩いてみせた。

 ゾリグはというと、何やら寂しげに、牙竜がりゅうを引き連れてその場を離れて行く。

 エルデニもその場を去ろうとしたところへ、ツェレンが声を掛けた。


「……あの、殿下。ゾリグは少々お調子者ですけれど、ああ見えても竜使いにかけてはサラーナに次ぐ腕前なのですよ」


 ゾリグを褒めているように見せて、実は牙竜がりゅうの有効性を大きく見せるための発言だ。

 実際のところ、ゾリグが言いかけていたとおり、草原の頂点捕食者たる牙竜がりゅうの個体数自体がそう多くはなく、数を揃えて戦力化するというのは難しい。

 そこのところを誤魔化して、ゾリグ以外にも複数の使い手がいることを示唆し、軽視できないと思わせようという魂胆だった。

 エルデニはヒュンナグに対して好意的であり、今回も恩を売りつける状況とはなったが、将来敵対しないという保証はないのだから。


「なるほど。ヒュンナグには奇才が揃っているというわけだな。羨ましい限りだ」


 感心したように呟くエルデニだったが、はたして本心なのかどうか。

 自分の考えなどはお見通しなのかもしれないが、それならそれで仕方ないな、と割り切って、ツェレンは袖をまくり上げ、アルタントヤーの側に寄り添った。



 西の空が夕焼けに染まりかける頃、アルタントヤーは無事に女児を産み落とした。

 水魔法で貯えた水を温めて産湯を使い、ツェレンはフェルトでくるんだ赤子を母親に手渡した。


「お疲れ様でございました、アルタントヤー様。元気な女の子ですよ」


「ありがとう、ツェレン殿」


 息も絶え絶えの状態ながら、アルタントヤーは我が子を愛おしそうに抱き上げて、その両目に涙をにじませた。

 その姿を微笑ましく見つめながら、こちらも無事一仕事終えた安堵感に浸っていたツェレンだったが、まだまだ問題は残っている。


(さて……無事に生まれたはいいけれど、生まれたばかりの赤子を抱えて、どうやって野営地まで移動してもらったものか……)


 頭を悩ますツェレンに、背後から声が掛けられた。


「無事に生まれたようじゃな。結構結構」


 振り返ると、瑠璃色の髪に琥珀色の瞳の少女が立っていた。


「王妃様!? どうしてここに!?」


「なに、ゾリグめが飛竜を飛ばして知らせて来ての。ちょいと様子を見に来てやった次第よ」


 その右斜め後ろではゾリグが、放り投げられた棒を拾ってきた犬のような表情を浮かべている。

 ツェレンは小さく苦笑して、ゾリグに礼を言った。


「ありがとう、ゾリグ。気が利くわね」


「どういたしまして」


「あ、あなたが竜神様でいらっしゃいますか。お目にかかれて光栄です」


 慌てて居ずまいを正そうとするアルタントヤーを手で制し、竜神が言う。


「そのままでよい。無理をするな」


 アルタントヤーの傍らに膝をつき、右手をかざす。

 そのてのひらから温かい光が溢れ出て、出産で困憊こんぱいしきっていた体に生気が蘇った。


「あ、ありがとうございます」


「礼には及ばぬ。そのままでは立って歩くこともままならぬじゃろうからの。さて、それでは王城に来てもらうとするか。ここから半里はんり(1=約400m)ほど向こうに、竜脈が流れておる」


「竜脈?」


 それがどんな関係があるのだろうと疑問に思いつつも、竜神に促されるまま、我が子を抱えてアルタントヤーは付き従った。

 エルデニが駆け寄って来て、母子ともに無事だった様子に涙ぐみ、ツェレンと、竜神に対しても深々と頭を下げる。


 エルデニの配下たちも、主に付き従おうとしたが、竜神がそれを止めた。


「一緒に行くのは王太子とその妻子だけじゃ。ツェレン、ゾリグ。ズーンの方々をご案内せよ」


 男たちが口々に抗議の声を上げるのをエルデニが説得し、親子三人は竜神とともに、竜脈の流れに足を踏み入れるやいなや、ふっと姿を消した。


「ではズーンの皆様、参りましょうか」


 困惑する男たちに、ツェレンはにこやかな微笑みを浮かべて言った。




 色とりどりの絨毯で彩られた幕舎ゲルの中で、サラーナが赤子を抱きかかえて乳を含ませてやっている。

 その正面に座り、むずかる()()をおっかなびっくりあやしていたアルタントヤーが、しみじみとした口調で言った。


「まさか、あなたにお乳を分けてもらう日が来ようとはね」


 そう。今サラーナが乳を与えているのは、先ほどアルタントヤーが生んだばかりの娘。

 逃避行による心身の疲労から母乳が出ず、サラーナに我が子を預けているのだ。


「あたしだって、さすがにこんなことは想像もしてなかったけどね」


 お互いに顔を見合わせ、笑い合う。


「……それにしても、ホルガン殿が拾ったという女が、まさかエルウェヘーだったなんて。妊娠にかまけて調べを入れるのを怠ったのは不覚の限りだわ」


 悔やむアルタントヤーに、サラーナも眉を曇らせ、


「その点はあたしも迂闊だったんだよな。あの女から目を離すべきじゃなかった」


 二人のやり取りを聞いて、その場にいた三人目の女が口を開いた。


「耳の痛いことを言ってくれるな。全てはわしの油断が招いたことじゃ。ジャズグルには本当に申し訳ないことをしてしもうた」


「あ、いえ、竜神様のせいでは……」


 サラーナが慌てて取りなすも、竜神の表情は晴れない。

 それでもどうにか気を取り直して、竜神は言った。


「まあ、いくら悔やんでみたところであやつは帰っては来ぬし、今はゲレルを取り戻すことが最優先じゃな」


「そのことなのですが……、エルウェヘーは何故、ボルドゥの忘れ形見を攫うような真似をしたのでしょう?」


 アルタントヤーの疑問に、サラーナが答える。


「さあ? あの女の考えは正直理解しがたいのだけど、目的はボルドゥを滅ぼした者たちへの復讐ということで間違いないと思う。ゲレルの件は……、あの女の中では、ボルドゥの子であるゲレルをヒュンナグ王に立てることが復讐の到達点、ってことなのかな」


「おそらくはそんなところじゃろうな。それと、オクトルゴイの者たちから聞いた話なのじゃが、エルウェヘーは未来さきのことを夢に見るという能力ちからを持っているそうな」


 竜神の言葉に、アルタントヤーが眉を顰めて言った。


「あ、その話なら、ちらりと小耳に挟んだことがあります。その時は、偶々当たっただけでしょうくらいに思っていたのですが、ヒュンナグの使者が私のもとを訪れるのを的確に捉え、内通の証拠とする、などという芸当は、予知の力でもなければまず無理でしょうから……」


「あの女には本当にそんな能力ちからがあるということか。厄介じゃの」


「でも、そんなこと人の身で可能なんですか?」


 サラーナが首を傾げ、竜神に尋ねる。


わしですらそんな能力ちからは持ち合わせてはおらんのじゃがな。天帝は時々、人間どもに過分な力を授けて、その者が力に振り回されるのを見て面白がる悪い癖があるのじゃ」


「ちょっ! そんなこと言っていいんですか!?」


「何、構わぬさ。……今にして思えば、ボルドゥめの軍才もそのたぐいじゃったのかも知れぬな」


 しみじみとした竜神の呟きに、他の二人も考え込んだ。


「なるほど。確かに厄介な能力ちからだけど、所詮は“愛しいボルドゥ様”の破滅を回避できなかった程度のもの。必要以上に恐れる必要はないよ」


「それもそうね。エルウェヘーが未来さきのことを全て見通せるのなら、ボルドゥをむざむざ死なせるはずがなかったのだもの。とはいえ、厄介な能力ちからであることも間違いないわ。取りあえず、あの女が次にやるであろうことは、ホルガン殿をそそのかしてヒュンナグに攻め込ませる、だと思うのだけれど」


「ああ、間違いないだろうね」


「さっきエルデニ様と話し合って、私たちもヒュンナグに出来る限り助力すると決めたのだけれど……、率直な話、勝てる見込みはある? 兵力的にもズーンの方が上だし、しかもこちらが打つ手を見透かされている可能性が高いという状況よ」


なぁに、打つ手を読まれてしまうのなら、読まれても負けない手を打てばいいだけの話だよ」


 そう言って、サラーナは赤子に乳を含ませたまま胸を張った。


   †††††


 ホルガンはズーンの諸部族を取りまとめ、ヒュンナグ討伐の兵を催した。

 諸将の中には、バーブガイ王襲撃について疑念を抱くものも少なからず存在したが、表立ってホルガンを糾弾しようとする者は誰もいなかった。


「ダラエの族長ウネグ殿が支持を表明してくれたのは幸いでしたね」


 騎竜きりゅうに跨ったエルウェヘーがホルガンに話しかける。


 ウネグはニルツェツェグの父であり、エルデニ支持に回る、そこまでいかずとも中立の立場を取る、ということも覚悟していたのだが、意外とすんなりホルガン側に付いてくれた。

 幸先が良いとほくそ笑みながら、ホルガンは騎上の愛人に目を向けた。


 草原の女といえども、普通はおいそれと戦場に出たりはしないのだが、エルウェヘーとしてはホルガンから目を離すわけにはいかず、無理を言って同行させてもらうことにしたのだ。

 そしてそう決めた日の夜には夢を見、その中でズーン軍はヒュンナグの策略にめられて返り討ちに遭っていた。


 翌朝エルウェヘーから話を聞いたホルガンは、愛人をその腕に抱きしめて言った。


「やはりそなたは幸運の女神だな。無策に戦いを挑んでいたら、手痛い敗北を喫するところであったわ」


 ホルガンは諸将に号令して軍勢を編成するのと並行して、秘密兵器を用意させた。

 今、ズーン・ヒュンナグ間の緩衝地帯である「触れずの地」に足を踏み入れた彼らの後ろで、四頭の馬にかれた木製の大きな車輪ががらごろと音を立てる。


「小賢しいヒュンナグ人ども、目にもの見せてくれるわ」


 自信満々にうそぶくホルガン。

 その様子を、エルウェヘーはかすかな不安を胸に抱きながら見守るのだった。

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