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赤竜の化身

 リウの一太刀ひとたちで、白蛇はくじゃの巨大な頭部が地に転がった。


「やった!」


 ルー=ワンがはしゃいだ声で叫ぶ。

 ションホルもほっと安堵の溜息をいた。


「ご大層な剣、使う気ねえのかよと思ってたら、最後の最後でとどめを刺すのに使ったか」


 ムンバトが小声でぼそっと呟く。

 一応は、怪力乱神に対して効果があったということなのだろうか。


悪鬼マンガスを斬るくらいのことなら普通の剣よりは向いている、という程度じゃな。連中もそれを承知しておったから、とどめを刺すのにしか使わなんだのじゃろう。最初から使っておったら、刃こぼれして見るも無残なありさまになっておったことじゃろうて)


 竜神がションホルの頭の中で語りかけてくる。

 実際、ファン=クァイの大刀も、白蛇のはがねの鱗に幾度となく斬りつけたせいで、切れ味よりも打撃力重視の研ぎ方であったにもかかわらず、ぼろぼろの状態になっていた。


(ああ、やっぱりその程度のものだったんですか。わざわざ用意する意味、あったのかな?)


(ふん。人間にとって武器というものは、時として単に敵を倒すためだけではない意味を持つものじゃ)


 敵を倒す以外の意味? ションホルが内心で首を傾げるのをよそに、ファン=クァイがその体格にふさわしい大音声だいおんじょうで呼ばわった。


赤竜せきりゅうの子リウ=バン、白蛇を討ち取ったり!!」


 その声が響き渡ると、歓喜の声がこだまのように返って来た。

 丘のふもとで待機していたリウ軍の兵士たちの叫び声だ。

 まだフォンの町をとしたわけでもあるまいに、と思いつつ、ションホルはリァンに尋ねた。


「先ほど、ファン殿は『赤竜の子』とおっしゃいましたか?」


「ええ、そうです。我があるじリウ様の母君ははぎみ身籠みごもられた時、赤い竜が体の中に入っていく夢を見られたそうでして」


 本当かよ。胡乱うろんに思う気持ちを押し隠しながらルーの顔を見ると、彼はぶんぶんと頷いて、


「そうそう。そういうことになって……、じゃない、ご近所じゃ有名な話だよ」


 やっぱり後になって作った話か。その思いはぐっと飲み込んだ。

 人を集め勢力を築いていくのに、ハッタリも重要だということは理解できる。


 兵たちが持ってきた戸板に白蛇の頭をせ、高くかかげさせて、そのかたわらでリウが赤霄せきしょうの剣をかざしてみせる。

 その横に立って、チャン=リァンが演説を始めた。


「白は五行ごぎょうで言うところのきんであり、東西南北の西を意味する。つまり、この白蛇は西方におこったチンを守護するものに他ならない。そしてその白蛇を、赤竜の子たる我らがあるじが見事討ち果たした!」


 おおっ、という響動どよめきがき上がり、誰からともなく唱和が起こった。


火剋金かこくきん、火剋金、火剋金!」


 赤すなわち火が白すなわち金につ、という五行ごぎょう思想の考え方であり、同時に、チンの打倒を目指すという宣言でもあった。


(この白蛇、何十年も前からこの地にいたんだから、チンとは関係ないだろ)


 などという突っ込みを口に出すほど、ションホルも空気が読めない人間ではない。

 ムンバトと顔を見合わせ、肩をすくめるにとどめておいた。


 とその時、ションホルがふと足元を見ると、小さな白い蛇がするするとっているのが目に入った。

 さっとかがみ込み、逃げようとする蛇を捕らえる。

 周囲の者たちは皆熱狂していて、ションホルの行動を見咎める者は誰もいなかった。


「白蛇の子供、かな?」


 小声で呟くと、頭の中で竜神の声が聞こえる。


(いや、先ほどの蛇そのものよ。力の大半を失い、巨体を捨ててそのような姿に身をやつし、どうにか逃げ延びようとしていたようじゃが……)


 ションホルの手の中で、蛇がびくりと震えた。


「も、申し訳ございません! われが身の程知らずでございましたぁ!」


 何やら平謝りに謝っている。

 おそらく、竜神が心に直接語りかけているのだろう。


(ふん、わしに恥をかかせおって。わしのことを知っておる者ならば、力を封じられた今の状態でも、百年後のたたりを恐れて手は出さぬと踏んでおったのじゃがな。無知というものは恐ろしいわ)


 ションホルの頭の中で、竜神がぼやく。


(竜神様、そんなに怖がられているんですか?)


 思わずションホルが突っ込むと、竜神は鼻白はなじろんだ様子で、


(失礼な奴じゃな。畏怖されていると言え)


「お、思い出しました! 北辺ほくへん青竜神せいりゅうしんと言えば、『破天墜星はてんついせい』の二つ名で恐れられた……」


 手の中の白蛇が、そんなことを言い出した。


「はてんついせい?」


「うむ。『天を砕き星をおとす者』という意味……、あ、いえ、申し訳ございません、もう喋りません!」


 どうやら竜神に脅されたらしい白蛇が慌てて言い訳をする。


「まあまあ、竜神様。考えてみれば、白蛇殿もただ白いという理由だけでチンの守護神だなどとでっち上げられて退治されてしまった被害者なわけですから……」


 何だか気の毒になって、ションホルは思わず取りなしてやった。

 実際、白蛇にしてみれば迷惑千万な話だったろう。


「おう、人間よ。お前意外といいやつだな」


「それはどうも」


 白蛇に感謝されて、ションホルは苦笑した。



 白蛇退治を出汁だしに兵士たちの士気を十分に高めておいて、チャン=リァンは丘の上に簡易な砦を築かせて陣を移すと、鍬を持たせた兵たちに竜脈りゅうみゃくを掘り返させ始めた。

 いや、実際には振りだけで、本気で竜脈りゅうみゃくを断ってしまうつもりはないという話だったが。


 中央から派遣されてきたフォンの町の太守たいしゅは、これ見よがしに竜脈りゅうみゃくを掘り返そうとするリウ軍に歯噛はがみした。

 彼の幕僚たちの中には、あれは振りに過ぎない、フォンの町を奪おうと考えている彼らが、町の価値を下げるような真似をするのは道理に合わない、と進言する者もいた。

 しかし、町の支配ではなく破壊と略奪が目的なのではないか、と言い出す者もおり、太守を迷わせる。


 元々太守は余所者よそものでフォンの町に愛着を持たぬだけに、リウたちが町から奪うことしか考えていないのではないかという発想には説得力が感じられた。


 結局、太守はリウ軍の行動を誘いではなく本気であると判断した。

 町の兵力の大半を動員し、竜脈りゅうみゃくを掘り返そうとしているリウ軍兵士たちに攻撃を仕掛ける。

 兵力の出し惜しみをしなかったという点では、太守も決して無能ではなかったと言っていいだろう。

 しかし、もちろんそれはチャン=リァンのてのひらの上で踊らされているに過ぎなかった。


 人足にんそくたちに紛れて鍬を手にしていたションホルは、弓矢に持ち替え、間近に迫るフォン軍の大将に狙いを定める。

 そして、ただ一矢でその男の眉間みけんを射抜いた。


 大将を討ち取られて浮足立ったフォンの部隊に、さらにリウ軍の別動隊が背後から襲い掛かり、挟み撃ちにする。

 もはや組織だった抵抗もままならない彼らは、勧告に応じてそのほとんどが投降した。



 そして一方、フォンの町の中でも異変が起きていた。


「何事だ、騒々しい」


 町の庁舎の奥にある執務室に籠っていた太守が、怪訝な表情を浮かべる。

 庁舎の周囲が妙に騒がしいが、いくらなんでも敵が城壁を破って侵入してくるなどとは考えられない。


「太守、一大事です! 町の者共が敵に内応を、ぐわっ!」


 執務室に駆け込んできた男が、背後から斬られて倒れ伏す。


「な!? 血迷ったか愚か者めが!」


 乱入してきたのは一人ではなかった。

 十人以上が部屋になだれ込み、あっという間に太守の部下たちを斬り倒して、太守を取り囲む。

 手引きしたのは、リウ軍の目的は破壊と略奪であり竜脈りゅうみゃくの切断も本気であると主張していた男だった。


「き、貴様! や、やめろ! 降参だ。この町はくれてやる……」


 激怒から一転、命乞いを始めた太守に、刀を手にした男が問答無用で斬りつける。


火剋金かこくきん!」


 太守の首が飛び、フォンの町は陥落した。



 フォンの町は中原ちゅうげん全体で見ればごく小さな町であり、そこがちても本来は大した話題にもならぬはずだった。

 しかし、チャン=リァンの策による鮮やかな手際と、チン打倒を明確にした姿勢から、リウ一派の噂はたちまちにして中原ちゅうげん全土に広まり、群雄たちの関心を集めた。


 チンと覇を競った南方の大国チュウの遺臣であるシャン=ユーという男は、この時まだ二十代なかばの若さながら、先年戦死した叔父のもと、比類なき猛将との評価をほしいままにしていたが、謀臣であるファン=ツォンという老人から話を聞かされて、鼻を鳴らした。


「ふん、小賢しいだけの小才子しょうさいしではないか。論ずるに足りぬ」


 チンの初代皇帝が存命の頃、その行幸ぎょうこうを遠目に見て、やつに取って代わると豪語したほどに血気盛んな若者は、リウに対して高い評価は与えなかった。


 一方、シャン=ユーのもとで不遇をかこつ男がいた。

 ハン=シンという名のその男は、自身を国士無双こくしむそうと自負していたが、シャン=ユーは彼の献策をことごとく黙殺した。

 自分こそが天下一と思っている二人が相容あいいれなかったのは、残念ながら当然の帰結であったろう。

 町の破落戸ゴロツキに俺のまたの下をくぐれと言われて黙ってくぐってみせたほどに我慢強い彼も、そろそろ我慢の限界であった。


「リウ=バンねぇ。中々面白そうな男じゃないか」


 ハン=シンはそう呟くと、シャン=ユーに目通めどおりを願い、いとまを告げた。

 引き留めてくれるのではないかとの期待がなかったといえば噓になるが、好きにしろと突き放されたのはおおよそ予想通りの展開である。

 ハン=シンはその足でリウのもとへとはしった。



「このたびは大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます」


 フォンの町をつションホルたちに、チャン=リァンが頭を下げる。


「いえいえ、お役に立てましたなら幸いです。こちらこそ、甥御殿おいごどのへのお取りなし、感謝申し上げます」


 ションホルは自分たちの傍らに立つ男にちらりと視線を向けながら、同様に頭を下げた。

 チャン=リァンからシュンに宛てた文。傍らの男はシュンの配下で、文を届ける役目だ。

 どのようなことが書かれているのかはもちろんションホルは知らない。

 その内容次第で、ヒュンナグの運命は大きく左右されることになるだろう。

 が、リァンの口ぶりから、どうやら悪い内容ではなさそうだと推察し、一安心しているところだ。


「またお会いする機会があるかはわかりませぬが、どうかご健勝で」


「はい、チャン殿も」


 そんなやり取りをかわして、ヒュンナグ人たちは北へと向かって旅立った。



「お邪魔でしたかな?」


 シァ=ハーがチャン=リァンの部屋に入ると、彼は座禅を組んで瞑想していた。

 これも神仙術の修行の一つである。

 リァンはうっすらと目を開け、答えた。


「いえいえ、構いませんよ。何かありましたか?」


「いや、大したことではないのですけれどね。軍師殿がかのヒュンナグ人たちをどう評されたのか、いささか気になりまして。随分と買っておられるのではないかとお見受けしましたが?」


「ええ、そうですね。個人的な武勇はさておき、力ある神の加護を受けていることは間違いない様子。そして何より、かの白蛇を危険な存在と認識していてなお、さほどの縁があるわけでもない我々のために命を張れる侠気きょうきの持ち主。いや、中々どうして、たいしたお人ですよ」


 シアもリァンの人物鑑定眼の正確さは承知しているので、手放しと言ってよい絶賛ぶりには少々驚かされた。


「そうですか。あなたがそうおっしゃるのであれば、間違いはないでしょう。しかしながら、彼が仕えるヒュンナグ王は、話を聞くに、徳はあれども覇気はさほどでもないのではないかという気がしますが……」


 チャン=シュンがボルドゥに求めたものを、現ヒュンナグ王が持っているのかどうか。

 そう疑問を呈すると、リァンはふっと笑って、


「おやおや。シア殿ともあろうお方が我が甥の思惑に乗せられるとは。商人にとっては草原の覇者との取引は旨味がありましょうが、中原ちゅうげんの民にしてみれば、覇者の出現など迷惑千万でしょう。話の通じる相手が他の勢力を牽制してくれるという状態が、一番理想的ではありませんか」


「はあ、なるほど。それは確かに仰るとおりですな」


「もっとも……、私がそう考えるであろうことを考慮した上で、シュンが判断を下すのであれば、私にもそれ以上の口出しは出来ないのですけれどね」


 そう言って、リァンは再び目を閉じて瞑想に入った。



 ションホルたち一行がヒュンナグ領に帰還したのは、出立してから八ヶ月余り後のことだった。


「ションホル、それに皆の者、よくぞ無事で戻ってくれた」


 ヒュンナグ王たるジムス直々に手厚く迎えられ、ションホルたちは恐縮した。

 久しぶりに見る少年王は、一回り背が伸びてたくましさを増しており、傍らの王妃(竜神)も心なしか誇らしげな様子だ。


「は、ただいま戻りました!」


 そしてションホルの愛する妻も大きなおなかを抱えて出迎えてくれた。


「サラーナ! 今帰ったよ」


「おかえり。間に合ってよかったよ」


「出歩いて大丈夫なのかい?」


「多少は体を動かしておいた方が良いんだよ」


 妻とそんなやり取りを交わした後、ションホルはジムスの幕舎に招き入れられ、成果を報告した。


「こちらがチャン=シュン殿から預かったふみです」


 ションホルが差し出した手紙をジムスが読み進め、その横から竜神が覗き込む。

 読み終えたジムスは手紙をサラーナに見せた。


「ふぅん、なるほど。ヒュンナグと交易を行いたいとは書いてますけど、援助のことは言葉を濁していますね」


「え!? そんな……!」


 ションホルとしては、援助に関しても良い返事が得られたものと思っていたのだが、チャン=シュンはそんなに甘くはなかったようだ。


「やっぱり、僕では頼りないと思われたのかな……」


 ジムスが落胆の表情を見せる。


「そう落ち込むでないわ。そのチャンとやらが、お前にボルドゥの代わりを求めておるのなら、意に沿わぬは当然のこと。ボルドゥとは違う道を歩むと決めたのであろ?」


「それはそうですが……」


「そうですよ、陛下。援助はしてもらえたらありがたいという程度で、交易の確約が得られただけでも成果としては十分でしょう。それになりより……」


 サラーナはそこで言葉を区切り、にっこり笑って言った。


「少なくともこれで、チャンを通じて中原ちゅうげんの情勢がいち早く耳に入ることでしょう。草原でちまちまやっているうちに中原ちゅうげんから脅威が迫る、なんていう事態にも、対策を立てられるというものです」


 サラーナははじめから、それで十分だと踏んでいたのだろう。

 チャンからの援助を手土産に皆を喜ばせようなどと考えていたションホルとしては恥ずかしい限りだが、一応(サラーナ)が望む成果は得られたのだと前向きに考えることにした。


「ところでションホル、ふところに何を隠しておる」


 竜神に指摘されて、ションホルは慌てて懐に手を突っ込んだ。


「あ、いえ、決して隠していたわけではなく……」


 ションホルが取り出したのは、一匹の白い蛇だった。


「例の白蛇か。連れて来たのか?」


「はい。中原ちゅうげんはもうこりごりだから連れて行ってくれなどと言うものですから」


「お目にかかれて光栄でございます、青竜神せいりゅうしん様! なにとぞおそばまうことをお許しください!」


 ションホルの手から抜け出して地に這いつくばり、白蛇が訴える。

 竜神は溜息をいて許可を出した。


「勝手にせよ。悪さをする度胸があるとも思えぬしな。で、お前、名前はあるのか?」


「あ、いえ、人間どもからはもっぱら『白蛇様』と呼ばれておりましたし、ことさらに自分で名前を付けようとも思いませんでしたので……」


「そうか。サラーナ、何か良い名はないか?」


 いきなり話を振られたサラーナは小首を傾げて、


「えっ、あたしが付けていいんですか? じゃあ……、『ムング』なんてどうでしょう」


ムングか。立派すぎる気もするがまあよかろう。草原は広いゆえ、好きなところをにするがよい」


 そのような次第で、理不尽な理由でリウたちに退治された白蛇は、草原にあらたなを得た。



 サラーナが元気な男児を産み落としたのは、それから一月ひとつきほど後のことだった。


五行思想に関するエッセイも投稿しています。

こちらもよろしく^^:

『なんで青やねん、赤やなかったんかい、とずっと思っていた話』(N9029KZ)

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