償い
遅刻してしまう、このことだけを考えペダルを一心不乱に漕いでいた。
事故を起こすその時まで自分の行動に対するリスクを考えていなかった。
そう。轢いてしまったのだ。
自転車とはいえど、かなりのスピードを出していたのだ。
大怪我は避けられない。
音のない時間が過ぎ、倒れているその人を呆然と見ていた。
誰かが救急車を呼んだのだろう。サイレンが近づく音が聞こえる。
そこからはあまり覚えていない。
気が付くと酷い顔した男がそこにいた。
意識が少しづつ戻ってくる。
病院のトイレで顔を洗っていたのだ。
意識が戻ると父親に殴られたほほが痛んでくる。
痛みが強ければ強い程、現実なのだと実感される。
後悔なんてしても時間は戻らないのだ。
私は高校を中退し働いた。
無我夢中で働き金を稼いだ。
少しでも慰謝料を払うためだ。
空いた時間があれば見舞いに行った。
門前払いされたが、額が擦り切れ血が滲むほど強く土下座をし謝罪した。
そんな日々が続いたある日、面会を許された。
事故から3年が経とうとしていた。
病室のベッドには同い年の少女がいた。
年齢や性別は知ってたが、実際に見るのはこれが初めてだ。
いや、2回目か。
本来であれば高校卒業し大学に通っていたであろう。
彼女は自力で歩くことも出来ない体になっていた。
虚ろな目をして、何も無い空間を眺めている
私は彼女に何も言えなかった。
罵詈雑言を浴びせられる方がよっぽどマシだったであろう。
私からお願いをし、彼女の身の回りの世話を手伝うようになった。
仕事と病院これだけの日々が続く。
時間と共に彼女は心を開いてくれるようになった。
将来したかったこと。運動が好きだったこと。
彼女の語る言葉は悪意など無かった。
純粋に謳歌していた日々を懐かしんでいるだけなのだ。
一人で世話を任せられるようになったある日、私は彼女に告白した。
彼女が私に好意を抱いていることには少し前から気が付いていた。
彼女はOKしてくれた。
これからは加害者と被害者の繋がりではなく、恋人同士になったのだ。
ここで振られても構わなかった。
私は人生を奪われたのだ。
彼女があの時いなければ、私の人生が狂うこともなかった。
好きだった学校も日常も全部捨てて彼女の為だけに生きることとなった。
今でもあの時の愚かな自分を恨んでいる。
あれから何十年も経ったある日彼女は告げた。
「あなたがあの場所通ること、私は知っていたの。」
私は償いをやめた。