迷い口
感じる、感じる、血管に染み渡る様な異質な空気が、背後にある。
性質は何時も異なるが、今日のは普段以上にキツい。何か、どす黒い物を纏っているのだ。
相坂は、それを撒くために、何時もの様に学校からの逃亡を開始した。
教師陣からは、止められない、と逃亡した所で捜索は委棄されている。相坂は自分自身の事、可哀相な生徒である、と割と気楽に考えているが。
家に憑り付かれると困るので、とにかく家とは反対方向に全力で走る。おかげで体力がついた。
「おーにさんこーちら」
そうやって遊びにしないと逃げていられないのだ。精神的に参る。否、既に参っている。
息が乱れるも構わない。走る。
知らない小路に出るが、兎に角走る。傍から見れば大きな独り言をつきながら走る、謎の高校生である。相坂は気づいていないが、世間から見れば、相坂の感じる気配より相坂の方が謎の存在だ。
噂と陰口の的になっている事にも気付かぬほど、気配に夢中な相坂は、そろそろ帰宅できそうだ、と内心安心していた。
走り始めて小一時間。普段ならこれくらいで気配は何処かに消えているはずだ。
「さて、どうかな?」
振り返ってみても、何も見えない。…実体無いから、見えるはずないのだが。
悪寒の走る空気の残留はあるが、本体ではない。撒けた、という事である。
歓喜に高まる鼓動を押さえつけ、見覚えの無い住宅街を見渡す。
よくある事なのだが、今回は人が一人も見当たらず、不思議に思っていると体全体が靄に包まれるかのように、霞んでいく。
目を擦ってどうにか幻術から抜け出す。
そんな世界線であったかまたまた不思議に感じたが、ずっと背負っていた鞄から携帯を取り出し、地図で駅を探す。小さな箱に視界が囚われているうちに、周りがまた知らない空間になっていることに気付いた。
…住宅街でもなく、商店街でもなく。建物が一つも見当たらない。
本当に、何処なのだろうか。
映るのは、無機質で寒々とした上空突き抜けるようなコンクリートの壁。
先程まで奇妙なくらいに快晴だった天気も、今にも雨が降りそうな雨雲に包まれている。
「此処は本当に何処なんだ…?」
コンクリートの壁に沿って歩いてみても、円が描かれているから、同じところを回るだけになってしまった。半径は十メートルくらいで、数分歩けば元の場所に戻ってこれる。
…本当に、此処は何処なんだ…?
…答えは出なかった。
彼が来るまでは。
…エタる未来が見えます。