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「……かちゃん、飛鳥ちゃん」
遠くで誰かがあたしを呼んでいる。
どこかで聞いたことがある女の人の声。
「里花先輩?」
目を開けるとそこには里花先輩がいる。
涙を浮かべている。
「あれ、里花先輩。それに水戸先生も」
隣にはなぜか水戸先生までもがいる。
藍川君の姿はない。
「良かった」
里花先輩はあたしに抱きつく。
あたしは状況を飲み込めなくボケーとしている。
「あの~、一体?」
「飛鳥ちゃんを助けに来たら、倒れていたから心配したのよ」
「そうだぞ、里花お前を見つけるなり青ざめて悲鳴に近い声出したんだぞ」
水戸先生が笑いながら言った。
「え?」
「だって、死んでると思ったから」
心配してくれたの?
あたしなんかのために。
あたしが死んだら泣いてくれる人がいるの?
「うれしいです」
「?」
「あたしのこと心配してくれて」
「当たり前でしょう? 飛鳥ちゃんは私の妹みたいな存在なんだから」
里花先輩が顔を上げて笑顔を見せた。
「所でなんで二人がここにいるんですか?」
あたしがそう聞くと、二人は見つめ合ってポケットから藍川君と同じ警察手帳を出した。
巡査 森下里花
警部 水戸大気
そう言えば、里花先輩警察の制服来ている。水戸先生は、いつものスーツ姿。
「まぁ、私は本来は事務なんだけれど、今日は特別に許可をもらったの」
「里花先輩は分かるとしても、確か水戸先生って先生じゃ。しかも警部?」
「二足のわらじ履いているんだ。もっとも教育委員会には秘密だがな」
水戸先生が軽々しく言う。
二足のわらじ?
どうも水戸先生は謎だらけの人だったけれど、この事があったんだ。
007見たい。
「そう言えば、藍川君は?」
「藍川君? あ、周矢の事ね。そろそろ来るんじゃない?」
里花先輩は扉の方を見る。
あたしもつられて扉を見た。
すると扉が開き、藍川君が現れた。
「あれ、大気さん、里花さん?」
藍川君は部屋に入るなり、二人の名前を口にする。
「周矢、犯人逮捕ご苦労だったな」
二人は警察のポーズを取る。
藍川君も、
「ただいま任務完了しました」
ビジネス口調で言った。
刑事ドラマを見ている気分だ。
あたしは、その光景に見とれている。
「そして、ありがとう。飛鳥ちゃんを助けてくれて」
「俺からも礼を言うよ。桃山は俺の大切な教え子だからな。ありがとう」
「そんな、俺は当然のことをしただけですよ」
藍川君は照れている。
その言葉にあたしは少しだけ傷ついた。
当然のこと。
やっぱり、あたしは藍川君にとって一般市民と同じなんだ。
分かってたけど、なんだかむなしい。
「ふ~ん。そうなんだ」
里花先輩、何か言いたそうなセリフを口にする。
なんか仲良さそう。
それから、あたし達は外に出た。
外に出ると、まぶしい光が振りそそいだ。
暖かくてやさしい太陽の光。
あたしは生きている実感がした。
こんなに気持ちいいのは久ぶりだった。
周りには、たくさんのパトカーが止まっている。
「やべー、もうこんな時間」
水戸先生が外の時計を見ながらそう叫んだ。
時計の針は九時半を指している。
「二時間目に授業入ってるんだ。そんじゃ俺行くな」
「じゃぁ、また夕方ね」
里花先輩が涼しげな顔であっさり言うなり、水戸先生は出口に向かって走って行った。
「忙しそうですね」
「そうね。大気さんね、飛鳥ちゃんのことが心配でわざわざきたのよ」
「そうなんですか?」
「うん、大気さんあれで結構人情厚いから」
里花先輩は、笑顔で答えた。
水戸先生のこと理解しているんだ。
あたしはそんな里花先輩を、微笑ましく思えた。
「藍川君、今日は本当にありがとうね」
あたしは、隣にいる藍川君に初めてお礼を言う。
さっきは、里花先輩と水戸先生に驚いて言えなかったのだ。
「周矢でいいよ」
「え?」
「藍川大気は、もう終わったんだからな」
「そうだよね。もう仕事は終わったんだよね」
あたしは、周矢君の顔を見詰めた。
周矢君の顔は達成感で満ちあふれている。
なんかますます勇ましくなった気がする。
今日で周矢君とはお別れ。
また明日から普通の日が始まる。
告白しちゃおうか?
突然心の中で、もう一人のあたしが問いかけられた。
もう、周矢君とは二度と会えないかもしれないんだよ。
どーせ会えなくなるんならこの気持ち、ちゃんと伝えなさいよ。
好きなんでしょ?
あいつよりも。
そうもう一人のあたしは、あたしにうったえる。
でも、あたしはそんな勇気がもてなかった。
周矢君の顔を見ていると、とてもそんなことなど言えない。
「そうだ、周矢。事件の協力をしてくれたお礼に、今から飛鳥ちゃんを遊園地に連れて行ってあげなさい」
突然里花先輩はにこにこして言いだし、周矢君の背中を叩いた。
あまりりにも突然な展開に、あたしはびっくりする。
しかもなぜ、遊園地?
「え、いいですよ。協力なんてしてませんし」
「したわよ。ちゃんと隠れ家を見つけてくれたでしょ?」
「あれは、偶然」
「偶然でも協力は協力なのよ」
里花先輩は無茶苦茶な事を言う。
どうしても、あたしと周矢君に遊園地に行かせたいらしい。
「でも、周矢君迷惑だよね」
「全然、それじゃ俺着替えてくるから」
そう言って周矢君は、また会社の中へ入って行く。
あたしは不安な顔で里花先輩を見ると、里花先輩はウインクをして、
「さぁ、飛鳥ちゃんも思いっきり可愛いメイクしようね」
本当に楽しそうにあたしの背中を押し、パトカーまで連れて行かれた。
それからあたしは、里花先輩にメイクをしてもらい。
ジーパンとポロシャツ姿に着替えた周矢君と遊園地へと出掛けた。
遊園地に行くと、たくさんの人がいる。
生はすでに休みに入っているので、結構混んでいる。
「ねぇねぇ、ジェットコースターに行こうよ」
正面ゲートを抜けるなりあたしはテンション上げまくり。
いつもお父さんにしている調子で周矢君の腕を引っ張る。
「そのあとお化け屋敷とバイキング。あ、ゴーカートと迷路」
パンフレットも見ないで乗り物の名前を機関銃のように言う。
「分かった、分かった。時間はたっぷりあるんだから焦らない」
「は~い、周矢君は何乗りたいの?」
「俺か? 俺は空中ブランコ」
「あ、それあたしも好き」
「そうか、お昼はやっぱりピザだろう?」
「うん、そうだよね」
あたし達は、すっかり意気投合。
周矢君も楽しそうに話してくれた。
そしてあたし達は、お昼のパレードを見るのも忘れ手当たり次第乗り物に乗った。
しまいには、周矢君の方がテンションが上がっちゃっておかしくってしょうがなかった。
周矢君の意外な一面を発見できた。
あたしの希望でウエスタンスタイルで記念撮影。
周矢君が、カウボーイ。
あたしが、村娘スタイル。
隣で周矢君が笑っている。
いつもはイライラする順番待ちも、周矢君と一緒だと楽しく並んでいられる。
アイスクリームを食べたり、チェロスを食べたり、
くだらない会話で盛り上がったり、
夢見ていたことが次々と叶えられていく。
初めてのお化粧。
大好きな人と二人っきりで初めてのデート。
何もかもが新鮮で、きらきら輝いている。
いつもは気になる視線だって、今日は気にならない。
これが偽物でも、あたしにとっては本物としての思い出。
一生分の一日限りの幸せは、あっという間に過ぎて行った。
辺りはすっかり暗くなり、いつの間にかナイトパレードの時間になった。
あたし達は、ナイトパレードだけでも見ようということになり。
城の前にやってきた。
たくさんの人だかりで賑やか。
でも、パレードが始まったらみんな夢中になり音楽がよく聞こえた。
これが、終わったら今度こそ本当に周矢君とさようなら。
いっぱい後でお礼しないといけないね。
周矢君と里花先輩に。
あたしは、パレードよりか周矢君から目が離せられない。
周矢君は、他の人達と一緒になってパレードを真剣になって見ていた。
「桃山、あれ見ろよスゲーぞ」
周矢君がそう言って指差した。
「あ、本当だー!!」
あたしは周矢君から指差す方に視線を返る。そこには、大きな竜の乗り物の上に男の人が乗っている。
「よく男の人落ちないよな」
「そうだね。でも、あたしも乗って見たいな」
「そう言うと思った」
と、周矢君があたしを見た。
「なんだばればれか」
あたしも周矢君の顔を見上げた。
「桃山、ちょっといいか」
すると周矢君が急に真顔になった。
あたしは首を縦に振ると、周矢君はあたしを移れだして人が少ない所に移動した。
「な~に?」
「ごめん」
いきなり周矢君が謝る。
「なんで謝るの?」
「あの時いきなりキスして」
「気にしてないからいいよ」
頭を下げる周矢君に、あたしは明るく答えた。
「あたしの方こそわがまま言ってゴメンネ」
「いいんだよ。誰だってあんな状況になればああなるんだから」
あたしが笑いながら言っているのに、周矢君は一向に真顔だ。
ドキ
鼓動がまた高くなり始める。
「大丈夫だよ。キスされたからって期待なんてしてないから。周矢君はただマニアル通りに実行しただけなんでしょ?」
「…………」
「今日あったことは、今日限りで封印しとくから。誰にも言わないから」
言ってて涙がでそうになった。
やるせない気持ちがこみ上げてくる。
物わかりがいい振りするのも疲れる。
こんなのあたしじゃない。
「だから、もういいよ。戻ろう、終わっちゃうよ」
あたしは下を向いて、周矢君の袖を引っ張った。
でも、周矢君は動こうとしない。
「違うんだ」
周矢君が呟いた。
「あれは、マニアルなんかじゃない」
「え?」
「あの時、俺は刑事じゃなかった。一人のただの男だった」
「周矢君?」
「お前って不思議だよな。いつもはにこにこおてんば娘なのに、突然女の子らしくなるんだもんな」
「あのー、言っている意味が分かんないんだけど」
「鈍感だな。つまり俺は桃山イヤ飛鳥が好きなんだ」
周矢君の言葉に足を止める。
そして、耳を疑った。
それまで聞こえていた音楽が、目の前の景色が、
すべて消えた。
あたしは顔をあげた。
「ウソ、あたしといると周りから白い目で見られるんだよ?」
「構わない。言っただろう障害なんて関係ないって」
「でも、あたしのどこがいいの?」
「ドジで明るくって、無邪気なところ。あの時、お前を守たいと、心の底から思ったんだ。里花さんの言ってた通りの女の子だったから」
「里花先輩が」
「そうだ、飛鳥ちゃんは気が強くって男の子見たいだけど本当は乙女チックな可愛い女の子なのって、いつも目を細めて自分の妹のように言ってたんだ」
周矢君の顔がようやく解れた。
あたしは嬉しくなって、周矢君に抱きついた。周矢君の暖かい胸の中。
心臓の音が聞こえてくる。
「本当に、信じてもいい?」
あたしがそう聞くと、
「もちろん」
周矢君は、あたしに最高の笑顔を見せてくれた。
最高に嬉しかった。
初めて男の子から好きという言葉を聞いた。それも、こんなにかっこいい男の子に。
あたしには、もったいないぐらい。
神様はあたしを、見捨ててはいなかったんだ。神様ありがとう。
それから、里花先輩。
全部知ってて、あの日あたしと会ったんだね。
だから今日、あたし達に行ってきなって進めたのか。
ヒュー・ドーン
花火が上がる。
「あたしも、周矢君のこと大好きだよ。でも幼馴染みがいるからあきらめてた」
「あいつのことはいいんだよ」
周矢君がそう言って、お城と花火をバックにあたし達はゆっくりと唇を近付ける。
そして。
セカンドキスをした。
完
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