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「ひとまずここに隠れよう」


藍川君がある部屋の前で言い、やすやすとパスワードを入れ扉を開ける。

 部屋の中は、段ボールが摘まれていて実際より随分狭く感じた。


「……怖かった」

 部屋に入ったあたしは、緊張の糸が切れへなへなと地べたに座り込んでしまった。


「だから言っただろう? やめとけって」


 藍川君はサングラスを外し、胸ポケットに入れる。

 やっぱり、怒ってる。


「まさかこんな事に、なるとは思わなかったんだもん」

「これに懲りてもう、好奇心だけの行動は止めるんだな」

「うん、分かった」

「お、今日は素直じゃん」


 藍川君の顔が怒ってる顔からいつもの優しい顔へと戻って行く。

 それを見たら、なんだか少しだけ落ち着いた。今日の藍川君は、いちだんとかっこいい。

 生き生きとしてる。


「ねぇ、藍川君は敵なの味方なの?」

「さあな、桃山はどっちだと思う?」

「どっちでもいい」

「え?」

「だって、あたしをあそこから助けてくれたんだもん。敵でも味方でもあたしには関係ない」


あたしの言葉に、藍川君はクスと笑い何かを決心したのかあたしにこう言った。


「桃山には、これ以上ウソ付けないな」

「藍川君?」

「違うよ、俺の本当の名前は木村周矢って言うんだ」


 そうゆっくり言って、胸ポケットから警察手帳を出した。

 テレビと見たのと同じだ。

 正真正銘の本物。


 巡査長 木村周矢


「巡査長?」

「まぁーな」

「じゃぁ、極秘任務とかで来てたんだ」

「そう言うこと、前のパートの人から麻薬反応がでたから怪しいと思って調査してたんだよ」


 須々木さんのことだ。


「かっこいいじゃん」

「そうか? だけどなかなか証拠が見つからないんで焦ってたんだよ。でもこうして桃山のおかげで証拠が見つかったんだ」

「ふーん、あたしのおかげか」


 あたしはふざけて調子のいいことを言う。


 小説よりもアニメよりも緊迫した事態。

 なのにあたしはこんなに笑っていられる。

 藍川君が本当のことを言ってくれたから?

 傍にいてくれるから?


 秘密の地下室は悪魔の倉庫。

 リーダーと課長は悪人だった。

 殺されそうになったけど、藍川君が助けてくれた。

 藍川君が木村君で、警視庁の巡査長。


 今日は信じられない出来事ばかりだけど、もう終わりだよね。

 終わりよければすべてよしだよね。


「そんじゃ、そろそろ行くとするか」


 そう思っていたら、藍川君がぽつりと確かに言った。


「どこに?」

「犯人逮捕。終わったら迎えに来るよ」


 藍川君はサングラスをかけ直しあたしに背を向けた。


 そしたら突然、心細くなってしまい。大粒の涙がこぼれ落ちた。

 また一人ぼっちになると思うと怖い。

 さっきあんなに怖い目に会っても涙が出なかったのに。

 ボロボロと次から次へと涙が出てくる。


「行かないで」


 藍川君が、外に出ようとした時。

 あたしは蚊の鳴くような声を出した。


「いきなり、どうしたんだよ?」


 藍川君は振り向くなり、おどろいた顔をしながらあたしの元に戻ってきた。


「一人にしないでよ」


 あたしは平常心を失い、幼い子供のように声を上げる。


「怖いよ藍川君」

「桃山らしくないぞ」


 そんなあたしに藍川君はそう言いながら、あたしの頭をくちゃくちゃになぜながら、あたしを抱き寄せた。


「あたしらしくなくてもいいから、ずーとここにいて」


 今言ってるのは、単なるあたしのわがまま。

 無茶苦茶なことを言っても藍川君を困らせるだけ。


 本当に藍川君に嫌われる。

 そんなこと全部分かってる。

 でもこれが、あたしの正直な気持ち。

 藍川君がいてくれるだけで、あたしは元気になれる。

 それが今、分かった。

 もう離れたくない。


「犯人逮捕なんて他の人がやってくれるでしょう? でもあたしを勇気付けてくれるのは藍川君だけなの」

「…………」

「さっきだって、藍川君がいてくれたからあたしでいられた。だから」

「出来ないよ。犯人逮捕は俺にしか」


 藍川君は静かにそう言った。


「約束するよ。すぐ戻ってくるって」


 約束。


 その言葉に余計に涙があふれる。


「うそ、そんなのうそだよ」

「本当だ」

「みんなそう言う。でもそれは口だけ。あいつだって、メール送るって約束したのにいつまで経ってもメールがこない」


 あたしの頭の中で去年の卒業式が蘇る。


 去年の卒業式の日。

 あたしは工藤と約束したんだ。


「あたし達ずーと仲が良い友達でいられる?」

「当たり前だよ。落ちついたらメール送るから」


 って。


 それが工藤の最後の言葉で、あたしの最後の青春でもあった。


「あたし今でもずーと待ってるんだよ。なのになのに」


 藍川君の背中はあたしの涙でいっぱいだ。

 もう何もかもががごっちゃになって、関係ないことまで喋ってる。


「絶対戻ってくるから」


 そう藍川君が言うとあたしを抱き起こした瞬間、あたしの方に顔を寄せた。

 そして、

 藍川君に唇があたしの唇に、そっと触れた。


 ☆♂○♀


 あたし今キスしてる。

 大好きな人と。

 生まれて初めてのキス。

 ファーストキス。


 なんで?

 どうして?

 あたし夢を見てるの?

 いつものように、都合のいい夢?

 

 心臓がものすごいスピードで高鳴る。

 今にも爆発しそうな勢い。

 藍川君にまで聞こえそう。

 あたしには無縁だと思ってたキス。

 それが今、現実になった。

 涙のせいで甘酸っぱいキスの味。

 どうしていいのか分からない。

 あまりにも突然で、涙が止まった。


 そしてどのくらい時間が経ったのだろう?

 長いようで短い時間。

 藍川君が、あたしから体を離した。


「……分かった」

「ありがとう」


 と藍川君は言って、急いで部屋を出て行く。


 あたしはああ言うしかなかった。

 藍川君は本気だったことに気付いたから。


 飛鳥のバカ。

 なんで藍川君にあんなこと言ったの?

 藍川君は、悪い人達を捕まえるためにここに来たの。

 あたしを助けてくれたのだって、義務なの。警官として当たり前のこと。

 それなのに子供見たいに泣いちゃって。

 わがまま言っちゃって。

 藍川君は、みんなから必要とされてる存在なんだよ?

 あたしは藍川君と違って、誰からも必要とされてない。

 あたしの事なんか、本気で思ってくれる人なんていない。

 分かってるでしょう?

 藍川君はあんたの事なんて何とも思ってないんだからね。

 勘違いするんじゃないわよ。

 あのキスは、あたしがわがままを言ったから藍川君困って、しかたがないからキスをしてくれたんだからね。

 可哀相に。

 いくら仕事だからってあたし見たいな子に、キスなんて嫌だっただろうな。

 どこまで藍川君に迷惑掛けたら気が済むの?

 飛鳥。

 あんた、あと半年もしないうちに二十歳になるんでしょう?

 もう少し大人になりなさいよね。


 あたしは自分に、何回もそう言い聞かせた。

 そうしないとあたしは何をするか分からないからだ。

 興奮すると、自分でも信じられない行動をとってしまう。

 さっきだって。

 冷静になって考え直すと、はずかしくって顔から火がでそう。

 怖いよりもあたしの惨めさが大きい。

 窓もない暗闇の中で、あたしは一人反省をしていた。


 部屋の外からは、かすかに銃の撃つ音が聞こえる。

 外はもう戦場。

 藍川君が一生懸命戦っている。

 明日の平和を守るため。

 あたしなんかがとても入っていけない世界。

 ずーと憧れてた世界がここにはある。

 あたしが望んでいた世界も、現実では厳しい世界。


 ううん。

 今あたしがいる世界より厳しい。

 あたしにはとうてい務まんない。

 今だって、こうしてじーと助けを待っているだけ。

 こんなはずじゃなかった。 

 知らない方が良かった。

 知らないでバカな考えをしてた方が幸せだった。

 そうすれば、いつまでも夢見てられた。


 あれ?

 なんだか急に眠くなってきちゃった。

 昨日興奮して眠れなかったもんな。




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