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時刻は、午前七時十五分。
いつもより一時間以上も早く出社した。
いつも乗る歓迎バスは満員に近い状態なのに、今日乗った歓迎バスは五六人しか乗っていなかった。
タイムカードは押していない。
鍵も取りに行っていない。
地下室を見終わったら、いったん会社を出て近くのコンビニで時間を潰すからだ。
それにこんな早く来たのがばれると怪しまれてしまう。
なので、会議室を開けるのはヘアピンにしました。
前に一度家の鍵を開けたことがあるんだ。
その時は、五分で開けられた。
今日は何分で
「え?」
あたしは思わず小さく声を上げた。
だって、もう会議室の鍵が開いていたから。
「失礼します」
恐る恐るあたしは会議室に入ると、誰もいなかった。
なんだ、締め忘れか。
びっくりさせないでよ。
うちの会社って結構抜けてるんだよ。
まったく不用心なんだから。
泥棒にでも入られたらどうするの。
あ待てよ。
締め忘れがあるんだから、地下室には大事な物なんか置いてないことになるのか。
藍川君の予想ははずれたね。
藍川君か。
今日なんて話そう?
あたしは藍川君との約束破ることになるんだから。
うしろめたいな。
きっと本当のこと言えば、絶交されちゃうよね。
止めようかな。
昨日は頭に来てたからここになりゆきで来たんだけど、冷静に考えるとどうかな?
どーせなんにもないんだから。
行ってもしょうがないかもしれない。
地下室がそんなに珍しい所じゃないんだし。
でも、気になるんだよね。
それにここまで来たんだから、最後まで実行しなきゃバカらしい。
このためだけに持ってきた重い荷物が無駄になる。
う~ん、難しい選択だ。
藍川君と絶交は嫌だけど、この先の地下室はすごく魅力的。
そうあたしは、しばらくの間椅子に座りながあら暗い静かな会議室で考えてた。
そして。
えい、考えてもしょうがない。
あたしのモットーは、実行あるのみ。
シュートは打たなきゃ入らない。
ここまで来たんだ。
後は野となれ山となれだ。
言わなきゃばれない。
バレたらその時考えればいいんだから。
うん、決めた。
地下室に行こう。
そうと決まれば早速開けよう。
秘密のボタンを押していざ出発♪
うす暗い階段を懐中電灯の明かりを頼りに降りて行く。
足取りは軽く、この調子ならどこまでも行けそうな気分がした。
思ってたより階段は長く続いている。
音は自分の足音のみで、雑音は全くしない。
風もいつのまにかやんでいた。
でもあたしは、全然不安ではなかった。
それどころか、必要以上にワクワクしてる。
期待なんかしたくないけど、期待してるのが自分でよくわかる。
この分だと地下室での期待はずれはほぼ確定だな。
所であたしはどんな期待をしているんだろう?
異世界へ続く扉。
魔法と剣の世界。
魔物とか空想動物がいる世界。
そんなとこあるわけない。
異世界なんかあるはずがない。
もしそんな世界があったとしたら、そこであたしは何を望んでるの?
未知なる冒険。
本当に信頼できる仲間達。
心の底からの感動。
いいかもしれない。
そしたらこんな平凡すぎて退屈な毎日の現実なんてすぐ捨てられる。
な~んて、そんなことあるわけないか。
本当に何考えてるんだろう?
自分でもよくわからないよ。
ただ言えるのは、平凡すぎる人生を終わらせたい。
あたしらしく過ごせる毎日を送りたい。
ついに着いた地下室。
でも、最後にすごい難関がある。
この扉の鍵はパスワード式。
金づちで殴られたようなショックを受けたあたしは、呆然と扉を見つめた。
鍵穴があればヘアピンで開けられる可能性は残っていたのに。
なんで、どうしてパスワード式?
あたしメカの方はパス。
未だにパソコンの相性良くないんだもん。
壊すのなら簡単に出来るけど後が怖いし。
自慢じゃないけど、あたし破壊なら大得意。
普通は壊れない物でも簡単に壊せちゃう。
だから壊れやすい物なんかすぐに壊している。
大ドジも重なって、大事になりかけたことも何度かある。
この機械も壊したら大変だろうな。
おっといけない。
いつの間にか話しがずれてる。
元に戻さないと。
この扉をどうやって開けるかよね。
適当にパスワードを入れてみる?
って、それしか方法はないか。
ますます謎が深まるばかり。
こんな厳重にしてるのに、なんで会議室の鍵は開いてたの?
これじゃ、地下室にある物がどんな物かわかんないじゃん。
機密書類。
それともただの荷物。
どっちかな?
楽しみ。
まぁ、どっちにしてもこのパスワードを解かないと意味がないんだな。
え~と。
何を入れよう。
闇雲にやっても時間がたりないし。
なにかヒントはないかな。
懐中電灯を機械の辺りに向ける。
すると、
ご丁寧にパスワードが書いてある紙が置いてあった。
あたしは疑いもせずラッキーだと思い紙切れに書いてあった数字を入れて行く。
051963211
最後に実行を押すと、扉は自動的に開かれた。
何もかもがうまくいきすぎてる。
なんでその時、そのことに気が付かなかったのかは分からなかった。
これが罠だとも知らずに。
あたしはこれから始まる、恐怖の部屋に軽い足取りで進んだ。
「何よ、この部屋」
進むことすぐあたしの目の前に飛び込んできたのは、
棚に置かれた数えきれないぐらいの拳銃の数々。
本物かは分からないけど、たぶんモデルガン。
そして下に置いてあるのは、なにかがたくさんが入った大きな袋。
こちらもたくさんある。
なんだろう?
この感触は粉みたいだけど。
小麦粉か石灰かな。
こんなの使ってどんな仕事をやるんだろう?
粉はなんとなく分かるけど、モデルガンは?
こんなもの遊ぶしか使い道ない気がする。
まさか、真夜中に次長達がサバイバルゲームで遊んでるんじゃ。
日頃のストレス解消とかで。
だとすると、この奥は広場だな。
射的場なんてあったり。
あたしもやって見たいな。
自分の命中率がどんなものか確かめたい。
行って見よう。
あたしはすっかり浮かれてしまい、足元に注意するのを忘れていた。
なので何かにつまづき、いつものように転ける。
そして、見つけた悪夢の瞬間。
上からノートが落ちてきた。
あたしは立ち上がり、ノートを広げて読み始めた。
読んでいるうちに、あたしの顔はたちまち青ざめる。
足ががたがた震えてきた。
ノートには、モルヒネ、コカイン、ヘロインなどの名前が書かれている。
それから密輸入の経路が、明確に書き記されてもいる。
これって、麻薬の名前じゃない
ということは、この袋の中身は全部麻薬。
じゃぁ、じゃぁ、
この拳銃もすべて本物?
こんなにたくさんなんのために。
誰が?
もしかしてあたしって、今すごくヤバイ状況にいるの。
あ、まさかこれって罠?
昨日の藍川君との会話聞かれた?
あたしがここに来るのが分かっていて、わざと会議室を開けて、パスワードを書いた紙を置いたの?
ようやく気付いたあたしに初めて、恐怖が生まれた。
今まで体験したことがないほどの恐怖。
恐ろしくって、怖くって。
寒気がしてきた。
でもそれは、もう遅かった。
殺気がする。
「こんなとこで、何してる?」
背後から課長の声がした。
あたしは駄目もとで、笑顔を作り後ろを振り向く。
「あ、課長、おはようございます。すごいですね? こんなたくさんのモデルガン」
課長はあたしの言葉に、眉を細める。
「あたしも一個欲しいです」
「欲しい?」
「はい、弟が欲しがってて。まったくこんなの何に使うんでしょうね?」
なんてぼけをかましてると、
「こうやって使うんだよ」
いきなり課長の声が変わった。
そして課長は、隠し持っていた拳銃を上に上げて引き金を引いた。
バーン
すごい音が鳴り響き、あまりの音に思わず耳をふさいだ。
「桃山、これは本物だ」
「ウソでしょ?」
「桃山ってバカだな。藍川の言われた通りにしてれば死なずにすんだのによ」
あたしだってこんな事なら、こなかったわよ。
「なんで?」
必死に殺される時間を延ばそうとする。
「なんで?」
「そうよ。なんで、こんな物密輸入するの?」
「そんなの決まってるだろう。金が欲しいからだよ」
「でも警察に捕まるじゃない?」
「察が怖くて何ができる」
課長の目が怖い。
「もっとも、悪い物は芽のうちに摘めば問題ないからな」
そう課長が言いながら、拳銃があたしに向ける。
こんな至近距離ではどうしようもない。
あたしに残された道は確実な死のみ。
怖さの余り涙も出ない。
あたしは、このまま一人死んで行くの?
そして、死体はセメントで固めて東京湾に沈められるか、焼殺で証拠隠滅。
そんなの絶対に嫌。
死にたくないよ。
「呪ってやる」
「あいにく、俺はそんなの信じてないんでね」
「悪は絶対最後に滅びるんだからね」
「現実はそうじゃないんだよ。最後に勝のはずるがしこい人間なんだ。悪いがもう会議の時間なんでね、死んでもらうよ」
ゆっくり引き金を引く。
あたしは、見てられず目を閉じる。
もう駄目だ。
長くて短かった十九年間。
お母さん、お父さん。
最後まで親不孝な娘でゴメンネ。
安土。
憎たらしくて生意気だったけど最高の弟だったよ。
さようなら。
バコン
といきなり何かが何かにぶつかる鈍い音が聞こえた。
そして次に、
ゴーン
ひっくりがえる音がする。
あたしは、恐る恐る目を開ける。
目の前には課長がのびてる。
そして、
「藍川君?」
と、あたしは叫んだ。
なんとそこには藍川君がいるから。
でも、なんだかいつもと雰囲気が違う。
黒ずくめの動きやすそうな服にサングラス。髪の毛もひとまとめに結んである。
「危機一髪だったな」
「どうして?」
「説明はあとだ。逃げるぞ」
藍川君はそう言い、あたしの手を取って走り出した。
のびてる課長をほっといて。
藍川君は暗い部屋なのに迷わず走り続ける。あたしは藍川君に転ばずついていくのが精一杯だ。
何かなんだか分からなく。
ただ藍川君について行くしかなかった。
これからあたしはどうなるの?
助かる可能性はあるの?
そして藍川君は、
敵なの?
味方なの?
敵だとしたら、今度こそ死が訪れる。
味方なら、助かるかもしれない。
生死をかけたゲーム。
え?
このフレーズどこかで。
あ、里花先輩の予言だ。
だとしたら、この結末はどうなるの?
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