表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7


 いつもあたしより後から出勤してくる藍川君が先に出勤していた。

 

「おはよう、今日は早いんだね」

「あおはよう、たまたまだよ」

「そうなんだ、みんなは?」


 辺りを見ると、藍川君以外は誰もいない。

 課長は本社に直行とか、金曜日言ってたけど。


「志村リーダーは緊急会議だって。他の人達はまだ来てないよ」


 そう藍川君はパソコンとにらめっこしながら言った。

 時計の針は、八時半を指している。


 もうそろそろみんな来るのかな。


「な、桃山手出して」

「え?」


 訳が分からず両手を前に広げると、


「はい、これ」


 と、あたしが大好きなおまけ付きビスケットをあたしの両手に乗っけた。

 しかもあたしが探していたキャラクターのストラップ。


「どうしたの、これ?」


 あたしは目を丸くして、藍川君の顔をまじまじ見つめる。


「金曜日これが欲しかったんだろう? 見せてもらったチラシにハナマルしてあったから」


 そう言えば、金曜日なんにも買わないで帰ったんだっけぇ。


「ありがとう、それから金曜日は本当にゴメンネ」

「気にしなくていいよ。誰だって気にさわることはあるんだから」


 優しい藍川君の言葉に、あたしの顔は笑顔になった。


 今日は、朝から幸せだな。

 藍川君に思いがけないプレゼントはもらえたし、朝から藍川君と二人きりだもん。


「本当にわかりやすい性格」


 小声で確かにそう言った。


「今なん」

「おはようございます」


 あたしの声は、伊根さんの挨拶によってかき消される。


「おはようございます」

「お藍川君今日は早いね」

「ククク」


 伊根さんがあたしと同じ事を言うから、つい声を出して笑ってしまう。


「桃山さん、そんなに僕の顔がおかしいんですか?」

「いいえ違います。そのセリフあたしと同じだったので」


 不思議がる伊根さんに、あたしは説明する。


「そうですか」


 伊根さんが納得して自分の席に座ろうとすると、今度は河田さんが入ってくる。

 そして、


「おはよう。あれ藍川、今日は早いんだな?」


 と、言った。


「プッ」


 今度はあたしと伊根さんが同時に笑う。藍川君は、ブスとして河田さんに


「俺が早く来ることが、そんなに珍しいんですか?」


おもしろくなさそうに聞く。


「そう」


でも河田さんは当然そうに答えるので、あたし達はお腹を押さえながら笑った。


「ところで、この二人どうしたの?」

「知りません」


 藍川君は、ますます機嫌を悪くして、またパソコンとにらめっこを始めてしまった。


 ちょっと、可哀相な事しちゃったかな。

 後で謝ろう。

 なんかあたしって、藍川君に謝ってばっかりだな。

 このままだと、本当に嫌われちゃうかも。

 でも、今はまだ嫌われてないよね。

 こんなもの、わざわざ買ってきてくれたんだもん。

 恥ずかしかっただろうな。

 こんな子供が買うようなお菓子。

 やっぱり、藍川君は優しいよ。

 こんなあたしに、ここまでしてくれるなんて。きっと、誰にでも優しいんだろう。

 そしてあたしは、その中の一人でしかない。バイトが終われば、もうおしまい。

 このお菓子だって、別になんでもないこと。


 でも、でもね。

 あたしは忘れないよ。

 このストラップは一生大事にするよ。

 いいよね神様。

 もう少しだけ夢見ていても。

  




 それからまた少し時が経った。


 里花先輩からの電話は良く掛かってくるようになった。

 水戸先生にも一年ぶりに会うことも出来た。

 この前の日曜日は、あたしと里花先輩と水戸先生で、水族館に行ったんだ。

 イルカショーがとってもおもしろかった。

 そう藍川君が来た日から、あたしの周りの何かが変わった気がする。

 藍川君が来る前は毎日が嫌で嫌でしょうがなくって、本気で高校時代に戻らないかと思っていた。

 なのに今は、毎日が楽しい。


 藍川君がいる上に、里花先輩には前のように仲良くしてもらっている。

 でも、もうすぐ藍川君はあたしの前からいなくなってしまう。

 もう二度と会えなくなってしまう。

 そう思うと、寂しくなる。

 そしてなぜか、藍川君と全然関係ない里花先輩にも会えなくなってしまうような気がしてしょうがない。

 そんなことはないと思うんだけど。

 もし本当にそうだったら、あたしはどうなっちゃうの?

 もうすべてが嫌になって、

 生きていることがばからしくなって、夢も希望もなくなる。

 このまま生きていても何も変わらない。

 今度こそあたしこの人生に、終止符を打ってしまうかもしれない。




「もうすぐ藍川君と、お別れでね」


 ポツリと呟く。


 昼休みいつものようにあたしは会議室で食べていると、珍しく藍川君が売店で買ってきたお弁当を持ってやってきた。

 会議室と言っても六畳ぐらいの部屋に、テーブルとパイプ椅子、書類が置いてある棚で七人入るのがやっとという小さな部屋。

 お昼以外は、次長と課長しか使っていない。


「そうだな」


 すると藍川君はあたしの前に座り、窓から見える桜の木を見ながら何も考えていないような答えが返ってくる。

 もうすぐ桜の花が咲きそうだ。


「なんかあっという間だったね」

「一ヶ月だったからな」

「楽しかった?」

「どうだろう?」

「でも、いい経験にはなったでしょう」

「まーな」


 何を聞いても、まともな答えが返ってこない。

 なんか相手にされてない感じ。


 藍川君とも、今週でお別れ。

 四月からどんな人が来るんだろう?

 藍川君みたいな人がいいな。

 かっこよくって、優しい人。

 でも例えどんな人でも、あたしには関係ないけどね。


 ねぇ、藍川君はこの一ヶ月の出来事はどんな思い出になるの?

 いい思い出。

 悪い思い出。

 それとも、

 それとも、すぐに忘れちゃう?

もしどこかであたしと会ったとしても、気づかずに素通りされちゃうの?


「藍川君、もしどこかで会ったら絶対話しかけてよ」

「なんだよ、突然」

「いいから」

「そんなの当たり前だろう」

「じゃ、ゆびきりして」


 あたしはそう言いながら、藍川君の目の前に小指を差し出す。

 藍川君は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに無邪気な笑顔を見せてくれた。


「わかった、ゆびきり」


 と言い、藍川君の小指があたしの小指が交わる。


「ユビキリゲンマン、ウソツイタラハリセンボンノーマス」


 あたし達ははしゃぎながら、言い合った。

 まるで小学生低学年がやることを。


「ユビキッタ」

 最後にそう言い小指を放した。


「じゃ、いつも針千本持ってないとな」

「そうだね」


 あたしと藍川君は、お互いの顔を見合わせたと同時に声を上げ笑い合う。

 その時、あたしは床に落ちていたビニール袋に滑って転けた。


  そして、運命の時計は回り始めた。



 ドタン


 あたしの倒れた音が辺り一面に響く。

 後ろの棚に、積んであったファイルが崩れ落ちた。


「いたーい」


お尻をなぜながら立ち上がる。


「大丈夫か?」


 藍川君は、びっくりしている。


 無理もない。

 例のごとく、あたしが突然倒れたのだから。


「うん、ちょっとはしゃぎすぎたかも」

「しょうがないな、俺も手伝うから早く片付けようぜ」

「ありがとう、あれ?」


 あたしは棚を見るなり、ある物が気になり声を上げる。


「どうした?」

「ほらここ、なにかのスイッチがある」


 藍川君も棚を見る。


 丸い形で百円玉ぐらいの大きさの赤いボタン。

 ファイルの山に埋もれていた割には、ほこりまみれになってない。


「あ、本当だ」

「なんだろうね?」

 

 スイッチをさわってみる。

 そして、反射的に押してしまった。


「も、桃山」


 気まずそうにあたしの名前を呼ぶ。


 ビリビリ


 どこからか警報の音に似た音が鳴り出す。


 まずい、これ非常用ボタンだった?


「どうしよう、藍川君」


 今度はあたしが気まずそうな声を出し、藍川君に助けを求める。

 でも、藍川君の顔が真剣な顔になっている。

 あの時の里花先輩みたく。


 何、何がどうなっているの?

 あたし、もしかしてとんでもないことをやらかしたんじゃ?

 まさかこれどこかに繋がっていて数分後には、消防車とか救急車が集まってくるんじゃないでしょうね。

 そんなことになったら、あたし完璧にクビだ。ここ辞めたらもう二度と働けない。

 あたしなんか、誰かの縁故がなければどこの会社も雇ってもらえない。

 そしたらあたしはこれから先どうやって生きていけばいいの?

 親にすがるって言うのもあるけれど、限度がある。

 それより、お母さんに親子の縁きられちゃう。そしたら残る道はホームレスしか。

 でも、でも。


 次々に嫌なことが頭に浮かんでくる。

 あたしの今の顔色はたぶん青ざめているだろう。

 警報はいつの間にか鳴り終わっていた。

 辺りは、いつもの静かさに戻っている。

 どうやら、まだ野次馬達は来てないようだ。でもそれは時間の問題。

 外が騒がしくなったらジエンドだ。


「藍川君……」


 あたしは泣きそうな声で、再び藍川君に助けを求める。


でも藍川君は下を向いたまま気付いてはくれない。


「ねぇ、藍川君ってば」


 あたしはしつこく藍川君が気付くまで呼び続ける。


「お願いだから無視しない」


と、言いかけてあたしは言葉を失った。


 藍川君の視線の先を見て見ると、棚の底が開いている。 

 さっきまでは、開いていなかった。

 中は薄暗くってよく見えないけれど、底が無く階段のような物が見えた。


 地下室の入口?


「藍川君、これ地下室の入口じゃない?」

「え、桃山」


 藍川君は、やっとあたしの言葉に反応してくれた。

 けれど、なんとなくばつの悪そうな声に聞こえた。


「どうしてこんな所に?」

「ささあな」


 明らかに藍川君の様子がおかしい。

 なんか緊張してる見たい。


「あ、ひょっとして」

「なんだ」

「ここが、倉庫なんだ」


 あたしのその一言で、藍川君はため息を付く。


「そうかもな」

「なんだ、あのスイッチはこの扉を開けるものだったんだ。よかった」

「え?」

「あたし非常用ボタンだと思ったの。だって押したと同時に音が鳴るんだもん」

「ああれは、俺の腕時計のアラームだよ」


 と、藍川君はデジタル腕時計を見せた。


「そうなの? なんだびっくりして損した」

「ごめん、ごめん」

「それに藍川君、あたしが呼んでるのに全然気付いてくれないし」

「いや、いきなり床が開いたからびっくりしたんだ」


 そんなふうには見えなかったんだけど。


 でも良かった。

 なんともなくって。

 あの音も、きっとたいした音じゃなかったんだよね。

 あたしがびくびくしてたから、大きな音に聞こえただけ。


 とものごとをいいように考えたあたしは、

 急に地下室が気になりだした。

 秘密にしていた地下室。


「じゃあさ、今から探険しない?」

「ななんだよ、唐突に」

「だって安心したら、急にあたしの中の好奇心が目覚めちゃったんだもん」

「絶対に駄目」

「えー、なんでよ」

「片付ける時間しかないから」


 藍川君は時計を指す。

 昼休みは十分も残ってない。


「それからこのことは誰にも言うなよ。きっと重要な機密書類が置いてあるからな。それと好奇心だけの行動は止めとけ」


 最後の言葉を強調して、藍川君はきつくあたしに言い聞かせる。


「…………」


 あたしは口をとがらす。


「さ、さっさと片付けようぜ」


 でも藍川君はそんなのおかまえなしという顔で、散らばってるファイルを片付け始めた。

 あたしもしぶしぶボタンをもう一回押し直し地下室への扉を閉め、元通りに片付け始める。


 なんか納得いかない。

 いいじゃない、探険するぐらい。

 重要書類なんか見ても、あたしにはわかんないんだから。

 ただあたしは、地下室が見たいだけだもん。

 それなのにあんな強い言い方するなんてひどいよ。

 確かに今日はもう無理だけど、明日がある。

 少しぐらい刺激がある事したっていいじゃない。

 それに好奇心だけの行動で悪かったわね。

 どーせあたしは、野次馬根性ですよ。

 




 その日あたしは頭に来て、藍川君と一言もしゃべらずぶうたれながら仕事をした。

 藍川君も、そんなあたしに呆れたのか一言も話してくれなかった。


 本当はありがとうとお礼を言わなければいけなかったのに。

 あたしって、素直じゃない。

 あの時笑顔でお礼をすれば良かった。

 後悔先に立たずか。

 あたしのためにあるようなことわざ。

 もっとよく考えて行動すればこんな事になんなかったはず。

 気に入らないことがあるとすぐに機嫌が悪くなるわがまま娘。

 だからみんな離れていっちゃうんだよね。

 藍川君も、もうあたしの事自己中心でどうしようもない子だと思ってるよね。


 それでもあたしはまだ地下室が気になっている。

 一体あの中には何があるの?


 秘密の地下室。

 それとも知らないのはあたしだけ。

 あたし以外の人間はみんな知ってるの?

 もしかしてあたしにも話したつもりで、今まで来ただけだったりして。

 伊根さん達に話したら、バカにされて笑われちゃうのかな。


 あ~、気になって仕方がない。

 頭の中はそのことだけでいっぱいだよ。

 もう他のことなんか手に付かない。

 いったん気になり出すと止まらないのがあたしらしい所なんだよね。

 全然良くないんだけど。


「しょうがない、明日の朝早く探険するか」


 と声を出したあたしは、布団から抜け出して明日の準備をし始めた。


 手当たり次第に使えそうな物をリュックに入れる。

 懐中電灯はもちろん。

 カメラや双眼鏡まで。

 まるでピクニックに行くように。


 きっとこんなに意気込んでも、たいしたことないんだろうな。

 いつものこと。

 アニメや小説のようにはいかない事ぐらいわかってる。

 期待しただけ損をする。

 だからあたしは、期待なんかしない。

 今だって、期待なんかしてない。

 ただ、準備を楽しんでるだけ。

 この瞬間があたしの楽しい時間。

 あしたになれば、いつもの日が始まるのに決まってる。



面白かったらブックマーク、下の評価をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ