うっかり聖剣を抜いた魔王とうっかり魔剣を抜いた勇者
遥か昔、この世界は魔王の悪意に怯えていました。
そこに現れたのは、純白に輝く刀身を持ち、聖なる力に満ちた聖剣を携えた勇者でした。
勇者は悪意に怯える人々のために立ち上がり、魔王の討伐に向かいます。
長い長い戦いの果て、勇者は自らの命と引き換えに魔王を倒し、聖剣をこの世界に残したのです。
再び魔王が現れる時、勇者が聖剣を取り立ち上がるために。
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「…ったく、どこをどうひん曲げたらこんな拡大解釈をされるんだ」
俺は人間の世界で広まっている勇者アルトリアの話を読み、ついそう吐き出してしまった。
途中までは正しい。確かにアルトリアは俺を倒す為に聖剣を携えて魔王城まで来た。長い時を戦い続け、そして…休戦協定を結んだ。アルトリアか俺が死ぬまでは互いに干渉しないと。そして人間であるアルトリアが不利にならないように勇者に倒されない限り死なない俺と対等にするために不老不死の薬を用意しようとした。実質的には半永久的休戦協定。
だが、それを反故にしたのはほからなぬ人間だ。王侯貴族は魔王と勇者の誓約を信じなかった。いずれ魔王がせめて来る。その前に殺せと思っていたらしい。アルトリアがいくら説得しても聞き入れらず、あろうことかアルトリア自身に呪いをかけて魔王を殺させようとした。
魔王は唯一認めた人間が他の人間に呪われ意志とは無関係に動かされる様子に我慢ならなかった。
だから、命を賭して勇者を止めるために、2人自爆した。
さて、申し遅れたが俺は魔王の魂をもって生まれた人間だ。
今はアヴィス=アーバインと名乗るただの平民。
魔王は魔族として生まれるはずだがはて?と思いながら生まれて16年そのまますごして来た。アルトリアが守ろうとしていた人間の世界というものを見てみたかった、と言うのが一番だろう。
一番思ったのは、守る必要があるのか?だった。
平民でも王侯貴族でも守るべき価値のある人間はいる。だが性根が腐った人間もまたいるのだ。
それにアルトリアが殺されたかと思うと反吐が出る。力に任せて殺してしまおうと考えてしまうのは俺が魔王だからなのだろうか。
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その日は年に一度、16歳になった全ての人間が聖剣を抜けるか試す日だった。例にもれず俺もその対象だ。ため息が出る。大体、魔王である俺が聖剣など抜けるはずもない。時間の無駄だ。
「次、アヴィス=アーバイン」
呼ばれて聖剣の元に向かう。弾かれれば魔王だとバレるな…如何するか…。
とりあえず柄を握る。握れた。大丈夫らしい。人間の身体だからだろうか。そしてそのまま抜く動作をした。
ズルズル…と刀身が滑る音がした。台座に刺さったまま錆びる事もなく何百年とたたずんでいた聖剣が、抜けたのだ。
「………は?」
俺は思わず声を出してしまった。手の中に聖剣がある。…聖剣がある…だと!?
茫然とする俺とは対照的に、国中騒いでいる。
「……いやいやいや、俺が勇者とか何の冗談だ…」
王宮内に与えられた部屋でつい言葉が漏れる。だって俺が勇者だぞ?どう考えたって聖剣の人選ミスだ。俺はアルトリアじゃない。魔王アヴィスだ。
「なあ聖剣…お前この2000年でぼけたのか?」
聖剣はなにも応えない。
「俺はアルトリアじゃないぞ」
剣に問いかけるなんて、俺も頭がおかしくなったと思われるだろうか。
とにかく!俺は勇者なんて柄じゃねえ!!!
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私は、魔王の生まれ変わりだと噂されていた。
頭に生える黒々とした角。少し尖った耳に闇を連想させる漆黒の髪。唯一言い伝えと違うのは魔王の瞳は赤色だったが私の目の色は碧色だったことか。
「……私、魔王なんかじゃないのに」
私の名前はアルトリア。遥か昔、魔王を討伐しにここに来た勇者の魂をもって生まれた魔族だ。最初は何の冗談かと思った。だけどアヴィスと同じ種族に生まれる事ができた事を少し喜んでいた。
私はかつて聖剣に選ばれて勇者になった。人々の怯える様子に、魔王を倒すことを決意した。
だけれどどうだろうか。初めて会った魔王と長い戦いを経て、魔王が人々のいうような絶対的な悪ではないという事を知った。彼はただ魔族を守りたかっただけだったのだ。
だから、お互い不干渉を貫けば、私達は平和にいられると思った。対外的なものとして、私かアヴィスが死ぬまでの休戦協定を結んだ。勿論人間である私の方が早く死ぬ。だからアヴィスは不老不死の薬を用意してくれると言った。それに嘘がないことだって分かっていた。だから、信じていた。それを伝えれば皆安心してくれるとそう思っていた。
でも、そんなの幻想だった。
私がいくら魔王は安全だ。だから安心してほしいと伝えても人々は受け入れなかった。それどころか魔王を倒せない無能の勇者である私を蔑み口汚く罵ってきた。
魔王が倒すべき存在だと信じて疑わない彼らをどうする事もできなかった。私は牢獄に捕らえれて毎日罵声を浴びせられた。罰として鞭で打たれたり、熱した鉄を当てたれたり、辱めるために身体を暴かれたことだってある。
心身ともに限界で、ああ…アヴィスがこの現状を知って来てくれないかな…なんて絶対ありえないことを考えた。
壊れかけた私を連れ出した騎士たちは嫌な光を放つ魔法陣の上に私を転がした。呪いの類だと言うのは理解出来たけど、今の私にそれを弾くだけの力は残ってなかった。
呪いをかけられた私は、私を維持しながら魔王の元へと向かっていた。魔王を殺す為に。
意志とは無関係に身体が動く。アヴィスを傷つけたくない。せっかくアヴィスが示してくれた魔族と人間が折り合いをつけて暮らす為の休戦協定を反故にしたくない。なのに、身体は殺意を持って動く。ああ、ああ…ごめんなさい、アヴィス。私が弱かった所為で、私が不甲斐なかった所為で。
涙を零した私をみたアヴィスは顔を顰めた。
「……すぐ、楽にしてやる」
アヴィスはそう言って私を抱きしめた。聖剣が魔王の身体に刺さり、魔剣が私の腹部を貫いている。魔王の魔力が私達を中心に暴走を始めた。
「大丈夫だ。…一緒に死んでやるから」
ああ、彼は味方と思った者には魔族でも人間でも優しい。
「…………あり、がとう…」
ただ嬉しくて、次は彼と同じ魔族として生まれて彼の傍で支えたい。そう思いながら爆発に飲み込まれた。
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私は魔王と似た容姿を持ちながらも、成長速度は人間と同じだった。普通魔族の成長スピードと比べると格段に遅かった。
そんな私が生まれて16年目。魔剣を抜く儀式を行うと言われた。私は勇者なんだから魔剣なんて抜けないし魔王はアヴィスただ一人だ。
「きっとアルトリア様は素敵な魔王様になりますわ」
お付きの侍女にそう言われて笑い返すけど、心の中で何度も私は魔王じゃない、と叫んでいた。
魔剣の前。禍々しくも神々しい。不思議な剣だ。アヴィスが持っていたことも頷ける。
そっと魔剣に触れる。弾かれない。一安心だ。そのまま力を入れる。抜けなければ魔王が別にいる事の証明になる。そう思って引き抜いた。
「………え?」
魔剣が抜けてしまった。禍々しい魔剣は私の手の中で主を得た事を喜び輝きを増していた。
「魔王様の再来だ!!」
魔族たちが喜んでいる。お付きの侍女は嬉しすぎて泣いてしまっている。だけど私は呆然としていた。
は、え?なんで?私は勇者で魔王なんかじゃないのに…。
魔王城の魔王の部屋にて私は魔剣と向き合う。
「ねえ、お前。自分の主の魂をもう覚えてないの?」
勿論、魔剣から答えが出るわけない。
「私はアヴィスじゃないのよ。私があなたの主人を奪ってしまったのに、貴方は私のモノになるの?」
問いかけも無駄だというのに、声が出てしまう。
ああ…まったく。
私は魔王なんて柄じゃないのに。
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俺の元に数人の仲間が集まった。
国一番の騎士・魔術師・治癒師、そしてこの国の第三王子。
王族は初代勇者の血を引く高貴なる血族で、特に第三王子は武に優れているという。
「……」
ちょっとまて。王族が初代勇者の血を引くだと?
アルトリアに子供を産む時間などなかったぞ?俺と死んだのだって16歳だ。なんてふざけた嘘をついているのだこの国は。
いや、もはや嘘だと知らないのかもしれないな。
とにかく、一度魔王城に行こう。
現魔王に会えば分かってくれる。話はそれからだ。
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「…勇者が魔王城に向かってきている?」
何かの間違いではないかという話を聞いて私の口はふさがらない。
「はい。忌々しい勇者は騎士・魔術師・治癒師・初代勇者の血を引く王族を連れてこちらに来ています」
「…初代勇者の血を引く王族、ですって…?」
そんなはずない。私は子供は産んでない。もしかしたら腹に誰の子か分からない子がいたかもしれないが、あの爆発で生きてられるような化け物なはずがない。
なんて嘘をついているのだろうか。馬鹿なのか?
「…とにかく、適当に相手してそれとなく此処まで連れてきて」
「いいのですか?」
「ええ。今代の勇者を一度見ておきたいもの」
勿論側近たちは傍に侍らせるわ。といえば納得してくれたようだ。
さて、勇者を迎えいれる準備は整った。
今代の勇者は一体誰なのかしら。私しか抜けないはずの聖剣を抜いた人は。
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最終決戦・魔王城。
私は今、勇者一行と対面していた。
「……」
目の前にいる聖剣を持った男は、かつての私に似た輝くような金髪を持った、でもあの頃の私と違い赤い目をした男。色彩はどうでもいい。その姿には見おぼえしかなかった。
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魔王城までたどり着いた。
どうやら現役魔王は俺達を魔王城に連れてきたいらしい。それらしい刺客を放ちながら俺達を殺すことはなかった。
そして俺は魔王と対峙する。
魔王だったころの俺と同じような黒々とした角と特徴のある漆黒の髪。ただ目の色があの頃の俺とは違い碧色だ。
色彩よりもその顔だ。見覚えしかない。
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「魔王!!?なんで勇者に!?」(byアルトリア)
「勇者!お前がなんで魔王に!?」(byアヴィス)
その声は広い魔王城の玉座の間に響き渡った。アルトリアの側近たちも、アヴィスの仲間も何が起きたか分からないようだ。
「え…え!?なんでアヴィスが聖剣を抜けるの!?貴方魔王じゃない!!」
「それはこっちの台詞だ!なんでアルトリアが魔剣を抜けるんだ!お前は勇者だろう!?」
どういうことだ!?と騒ぐ2人を横目に魔王の側近と勇者の仲間はどうしていいか分からない。
「…ま、魔王…一体これは…?」
側近の一人がおずおずとアルトリアに聞く。
「あー…えっと、たぶん貴方達が待ち望んでいた2000年前の魔王の生まれ変わりってこの人、なんだけど…」
「そうだな。いかにも。…というより俺もお前に聞きたい事がある」
「なに?」
「お前、何時の間に子なんか産んだ?あの時そんな時間はなかったはずだ」
「産んでないわよ。誰の子か分からないのは腹にいたかもしれないけどあの爆発で生きてたらそれはもう人間じゃなくて化け物よ」
「おい、誰の子か分からないってどういうことだ!?」
「どうもこうもないわよ…」
それからアルトリアとアヴィスはお互いのあの頃について話し合う。アヴィスの方はアルトリアも知っての通りだったが、アルトリアの話はアヴィスの知らぬところだった。
「…そんな事が…やっぱり人間など生かしておくべきではないな」
「人が全部そうじゃないのよ。一部が腐ってるだけで」
そんな話を聞いて今まで黙っていた第三王子がぼそりと呟く。
「では私達は…勇者の血筋というのは嘘なのか……」
誇りにしていた部分もあったのだろう。アヴィスもアルトリアもその点だけは同情した。だが、ただそれだけだ。同情はすれど慰めたりはしない。
それよりも、とアヴィスはアルトリアに向かう。
「…戦うか?」
「またあの長い歳月をかけて?」
「……和解したほうが早いな」
「そうね…ただ今度はアヴィスが呪われるわよ。人間って変わらないし」
「それもそうだな……よし、俺とお前で国を作るか」
「………は?」
アヴィスの提案にアルトリアも一瞬呆気にとられる。
「俺とお前がそれぞれ王と女王として君臨すれば末永い平和ができるぞ。なに、魔族も人間も我らの敵ではない」
「…貴方、勇者になっても魔王の精神なのね……」
「魔王だからな」
「…今の魔王は私なんですけど」
そんな現魔王(生前勇者)と現勇者(生前魔王)の話についていけてないのは魔王の側近と勇者の仲間達。ただ目の前で武器を取らずに話しあう様子に、魔王/勇者が敵ではないという事だけは誰もが理解した。
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その後、有言実行とばかりに、勇者アヴィスと魔王アルトリアは魔族と人間相手に喧嘩を売った。世界中を相手に喧嘩をして全部統一するといいきったのだ。ついていく側近と勇者の仲間は諦めたようにため息をついた。
魔族は魔王至上主義だ。
今の主がかつての勇者だからとは言っても、主は主。魔剣を抜いたのが魔王の証明である。かつての魔王も魂では惹かれる。それが魔族の共通認識の為、ほぼ無条件降伏と言って差し支えなかった。
大変だったのは人間側だった。
勇者と魔王が共闘した。それを魔王が勇者を懐柔したということにし、魔王相手に腕に自信のある冒険者や騎士を嗾けた。それが無駄だと悟ると何の罪もない子供を呪って襲わせてきた。
勇者と魔王は人間たちの心を折るため、殺さない程度に甚振る戦いという名の蹂躙を20年程続けた。その間にかつて魔王が勇者に飲ませようとした不老不死の妙薬が完成した。ただし勇者と魔王にしか効果のない欠陥品だったが。
全てを組み伏せ降伏させ、世界を統一した魔王と勇者はそれぞれの配下を側近とした。
側近となった者たちは大忙しだ。人間側は呪いの力の資料の焼却。そして魔王が素晴らしいという話はせずに魔王も仲間を守りたいだけの同じようなものだという話を広めた。反発もそれからさらに20年程でほぼなくなった。
不老不死になった魔王アルトリアと勇者アヴィスはその間に子供を作った。
これからの世界を導く担い手として。その子がまた魔王と勇者の力を引き継いだ超人となってしまったのは仕方のない話。
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それから数百年。
魔王城に隠居した魔王と勇者は優雅に庭で茶を飲んでいた。
「そろそろ血が薄まるころだな」
「ええ。そうね」
「次の子を作るか」
「あら、私愛の無いのは嫌ですよ」
「これまでに愛の無かった行為があったと?」
「ふふっ、いいえ」
2人はそれはそれは幸せそうに微笑んだ。数百年に一度の魔王と勇者の子供は、それぞれの種族を繋ぐ懸け橋であり2人からの警告だった。争えば私達が出てくるぞ、という。
「ああ、あの頃の貴方の仲間、そろそろ転生する頃じゃない?」
「そうだな。見つけたら魔王城で働かせるか」
「可哀想に…」
世界は平和になった。
魔王と勇者の手によって。
魔族も人間も仲良くする、楽園のような星ができたのだった。
Fin
お読みいただきありがとうございます!
補足として。
アヴィスが聖剣を、アルトリアが魔剣を抜けた理由は2人が互いに剣を刺した状態で自爆した状態の為、魂の一部がまじりあった結果となります。アヴィスは魔王であり勇者、アルトリアは勇者であり魔王という認識になり、たまたま生まれたのがアヴィスが人間でアルトリアが魔族だったために聖剣と魔剣はそれぞれを選んだのでした。
2人は愛し合っていた恋人ではありませんでしたが、長い年月をかけてしっかり愛を育んでいます。今では愛のある結婚生活を満喫しています。