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違う景色に見える同じもの

 自分と同じ伝説の存在で、自分をいつも肯定してくれる人。


 それはこの広い世界のどこを探しても、たった一人しかいないリーシェにとって唯一の人だった。

 何もかも自分と同じなのだと。そう思っていなかったといえば嘘になる。


 だけど違ったのだ。

 彼は彼なりに生き様があって、考え方がある。懊悩も後悔も、何もかもがリーシェと違った。分かっていたはずだったのに、何も分かっていなかった。


 12階層からの異なる問いへ答えで、リーシェは少年を以前と同じように見ることができなくなっていた。


 優しい少年。命を大切にし、当事者に思いやりを配り、生命の尊さを物差しで計らない人。


 約1年間。ずっとそれが少年なのだと思っていた。

 だけど今、その像はガラガラと音を立てて崩れ落ち、全く別の側面を見せている。


 冷酷な少年。命を物のように見て、客観的に無責任に意見を述べ、平気で生命の儚さを天秤にかける人。


(あぁ。嫌だな……)


 心の奥底でポツリと呟く。

 少年が分からなくなっていく。


 記憶の中の彼はどんな声だったか。

 どんな笑顔だったか。

 どんな温かさを持っていたか。


 思い出そうとしても靄がかかったように思い出せない。


 代わりに脳裏に浮かぶのは、淡々と命を計っていく姿だけだ。


(今のあなたは一体誰ですか……?)


 14階層を攻略するために視線の前方を歩く背中に、リーシェは無言で問いかける。少年が反応することは当然なく、真剣な眼差しでアズリカたちと話していた。


(私の知っているあなたは、あんなことを言う人じゃなかった)


 リーシェの知っている少年なら、スケルトンを人だと認め、生きた道のりを肯定しただろう。

 リーシェの知っている少年なら、大も小も生かす方法を考えただろう。


(今のあなたなんて……)


 どす黒いものがリーシェを内から焦がしていく。

 喉まで出かかった言葉を必死に飲み込み、拳をきつく握りしめる。


(大っ嫌いです……!)


 もうあの優しい少年はどこにもいないのだろうか。そもそも、今までの少年はただの仮面で、今の姿が本性なのだろうか。


 少なくとも、目の前にいる少年はこれまでの彼とは全くに別人だ。

 ならそれは「ラピス·ラズリ」と言えるのだろうか。


 同じはずなのに違う声。

 同じはずなのに違う顔。

 同じはずなのに異なる言葉。


 何もかもが違ったら、それは本人とは別のものでは無いのか。


 そんなリーシェの苦悩を読み取ったように、例の声がどこからか響いた。


『お前たちの前に、1本の剣が刺さっている』


 ズレていた焦点を合わせて前方を見れば、少年たちの肩越しに岩に突き刺さった剣が見えた。


 全体的に錆び、朽ちているが、美しい白銀の剣だったことが分かる。


『特殊な素材で錬成され、錆を知らず、刃こぼれを知らぬ剣だ。それが最大の特徴であり長所であった』


 今とはかけ離れている刀身に、思わず少年の姿を重ねてしまった。

 頭を降って幻覚を追いやり、問いに集中する。


『しかしヒドラの毒を浴びて、その美しさは欠片も残っていない。剣は特有であり最大の特徴を失った。では、その剣は錬成当初と全く同じものであるか?それとも全くの別物であるか?意見を述べた者にのみ、15階層への道を開こう』


 この答えを、リーシェはすぐに用意できなかった。

 つい先程まで悩み、結論を出せなかった。


 今回ばかりは即座に回答を用意できなかったリーシェの代わりに、アズリカが答えた。


「別物だ。頑丈さと美しさが最大の特徴だったのなら、それが失われればこの剣はただのボロボロの剣だ。細工が美しかった剣。朽ちた剣。この2つは決して同じでは無い」


 キリヤも同じ意見のようで静かに頷いた。


「大きな特徴とは武器にとって存在価値に等しいです。どんな理由があれ、価値が失われたとなればガラクタ以外の何物でもないでしょう」


 全く同じ2つの意見にリーシェは違和感を覚えた。

 この問いかけは、12階層のスケルトンの時と少し似ている。


 朽ち果てた剣。実際に使われていた頃はさぞ大きな活躍をしたのだろう。でなければ化け物退治に使われるわけが無い。

 これをスケルトンに置き換えるなら、骨だけとなった人は、化け物か否か、ということになる。

 あの時。朽ち果てた体が、肉を失い皮を失い表情を失おうと、その歩んだ人生がある限り人だとリーシェは答えた。


 その考え方でいけば、あの剣も美しかった頃と同じものだということになる。


 だが数分前まで、別人のように変わった少年は果たして今までの少年と同じなのか自問自答していた。


 これまでリーシェが知っていたはずの皮が破れて、別の顔があらわになった。

 そしてリーシェは、何もかも違ったら別人ではないかと考えた。


 この考え方だと、あの剣は全くの別物ということになる。


 スケルトンの時も、先程の自問の時も、リーシェは自分を誤魔化すことなく真っ直ぐ考えていた。それは紛れもなく、リーシェの意見だったはずだ。


 だが、同一のものか別のものかリーシェは判断が出来なくなってしまった。


 混乱を始めたリーシェの右斜め前で、黄金の瞳を剣に向けた少年が答えた。


「どんなに形が変わろうと、今も昔もその剣は何も変わっていない。確かにヒドラの毒を浴び、その刀身は朽ちている。だがその原型を保っていることこそが、剣の頑丈さが生きている証拠じゃないのか?」


 2人と1人で分かれた意見。多数決ではないが、自然とリーシェに視線が集まった。

 まだ混乱から抜け出せない少女は、小さな声で言った。


「分かりません……」


 3人が目を大きく丸くさせた。

 三者三様の色が一際輝くのを見ながら、ぼんやりと俯く。


「何が違えば別物になるのか。どんな理由があれば同一のものになるのか。その基準が私には分かりません」


 無念だが、これでリーシェが15階層へ行くことは出来なくなった。「分からない」という答えは、逃げたのと同じことだと思った。


 だがリーシェが思っていたより、何者かの声は優しかったらしい。


『分からない、というのもまた1つの答えだ。その苦悩、忘れることのないように刻み、15階層へ進むがいい。そこに、伝説の答えが待っている』


 剣が淡く輝き砕け散る。

 剣が刺さっていた岩も割れると、岩のあった場所に下層へ続く階段が出てきた。


 浮かない表情のままリーシェは歩き出す。

 何にせよ、次の階層である程度のことに決着が着く。今はそれを最優先にすべきだと考え、スティの待つ15階層へ降りた。





今回はテセウスの船をモデルにしてみました。

テセウスという英雄が乗った船が、修理を繰り返されるうちに全てに素材が新品になり作り直される。この船はテセウスの船か、それとも英雄の船をモデルにした別の船か、というのが「テセウスの船」です。


記憶にある考え方と違う考え方を持った人は、果たして同一人物なのか。難しいですね。二重人格、という言葉もあるくらいですし。


リーシェの考え方は何も変わっていません。

スケルトンのときやトロッコ問題の時は、より幸せな道を探そうとしただけですが、今回は自分の中の意見が大きく食い違ってしまいました。本当に難しいですね(。-`ω´-)


次回もよろしくお願いします!

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