命とは一体何なのでしょう?
12階層に降りたリーシェは、目の前の光景に絶句してしまった。
そこは道もなくモンスターもいない、10階層のようなただの空間が広がっていた。
11階層から繋がる階段の反対側には吸い込まれそうなほど高い壁がそびえ立っており、13階層へ続く階段は見つからない。
代わりに普通なら階段がありそうな位置にあるものが釘で打ち付けられていた。
「白骨……死体?」
リーシェたちより早くダンジョンに潜った人がいたのか。
それともダンジョンの外から連れてこられて無惨に殺されたのかは分からない。
だが、白い頭蓋を杭に貫通され壁に固定されているのはとても可哀想だった。
罠かただの死体か。
状況を判断しようとするアズリカとキリヤの横を走り抜け、白骨死体の元へ向かう。
何やらしばらく考え込んでいたラピスが、鋭く息を吸い込んで制止しようとしたが1歩遅かった。
せめて安らかに眠らせようとリーシェが触れた物言わぬ骸骨が突如動き始めた。
驚きで動きが止まった少女の腕を白樺のような腕で掴むと、後ろ手に捻りあげる。
「痛っ……!」
関節が悲鳴を上げる痛みにリーシェが息を詰めた。
血相を変えて走り出した3人を止めるように、どこからか声が響いた。
『動くな。動けば、この娘を、殺す』
途切れ途切れの声に緊張が一気に高まった。
痛みに耐えるのが精一杯のリーシェを歯痒そうに見ながら、ラピスたちは足を止めた。
白骨死体の空洞な目に赤い光が瞬いたが、骸骨の口からではなく階層そのものから声は降ってきた。
『我が名は、スケルトン。かつて、人の身で、あった者である』
告げられた内容に目を見張る。
ダンジョンに何か細工をされていなければ、墓に埋められている遺体と何も変わらない。
つまり、この骸骨……スケルトンは、本来悼まれ安らかに眠るべき死者そのものということだ。
4人の驚愕を置き去りに声は続いた。
『これから、お前たちに、1つの問いを投げる。それに、答えた者だけに、13階層へ、行く資格を、与える』
最初からリーシェたちの攻撃行動を阻止することが目的だったのか。
4人からある程度の敵意が消えるとスケルトンはリーシェを解放した。
『我は、人で、あるか。化け物で、あるか。どちらなりや?』
迷いようもない、とリーシェは思った。
元が人なら今も人だ。
ダンジョンに何をされようと、その体にどんなことが起きようとも。
その骨に刻まれた生きた証拠は消えない。
なら、このスケルトンは紛れもなく人だ。
「あなたは人です。どんな姿になっても、あなたが生きた証は紛れもない本物ですから」
自信を持って答えた解答。
しかし、違う答えを用意した者がいた。
黒髪に少年、ラピスだ。
「お前は化け物だ。たとえ昔、人であったとしてもお前の今を現すのはその姿だ。そして、白骨しても動き、何も無い空虚な頭蓋に両目を模した光を瞬かせるお前の姿は到底、人には見えない」
その言葉にリーシェは絶句した。
外見というたったそれだけの理由で、あの骸骨の生きた道を否定するというのか。
怒りと言うより、考えが決定的に違った悲しみが心に広がった。
さらに違う答えを抱いた者がいた。
顔の横の鈴を弄っていたキリヤだ。
「あなたは人でも化け物でありません。ただの骸骨です。その姿は紛れもなく人に在らず。しかし、理知と理性を持ったその側面も化け物ではありません。あなたは何者でもない、ただの淡いの存在です」
人でもなく化け物でもない。中途半端な存在だと金髪の騎士は言った。
まるで存在そのものを否定するような結論に、リーシェは唇を噛む。
最後に回答したのはアズリカだ。
「お前は人であり化け物だ。さっきみたいに、お前の意思1つでお前は敵になり、化け物として認識される。だが、今のように理性的に振舞っている様は人と同じだ」
十人十色ならぬ四人四色となった答えに、スケルトンは心無しか目を細めた気がした。
『逆風に怯まず、己が考えを、迷いなく、言えることは、美点である。この問いに、正解はない。お前たちの、心の言葉が、正答である。その強さ、ゆめゆめ、忘れぬように、13階層へ進むが良い』
それだけ言うと声はパタリと消え、スケルトンは砂のように崩れ落ちて行った。
供養してあげたいと思っていたリーシェの目の前で消えてしまう。
それぞれ違った命の見方に気まずい雰囲気が残された。
いつのまにか13階層への階段が姿を見せていたが、しばらくは誰もが沈黙を守るばかりだった。
少しずつの齟齬がやがて大きな齟齬になり、少しのきっかけで喧嘩に発展します。
物事をどう見るかによって、ぞれぞれが成す結末も大きく変わってきます。
12階層は日常にもある考え方のズレを書いてみました。(難しかった、、遅くなってすみません)





