第六話 商人が来ました!
植えた野菜の芽がポツポツと出始めた頃、何の前触れもなくアンが訪問してきた。
何でも、二日後に王都から商人が来るそうだ。
「前にここを使ってた爺さん、ヘルの話しはしただろう?商人はヘルの次に高頻度でセルタにやってくる大きな団体だよ」
"周期は三ヶ月に一回くらいかねぇ"と、リーシェが出したお茶を飲みながらアンは記憶を掘り起こしていた。
王都からセルタではお目にかかれない色々な品物を持ってきては安価で売って、逆にセルタ産の野菜や花を買っていくそうだ。
セルタで栽培された野菜や花はどれも高品質で、王都や他の村に売りに出しても十分、商品として売れるそうだ。
そして、商人が持ってくるのは珍しい物品の他にもう一つある。情報だ。
「セルタは、王都と違って通信機がないからね。商人からの情報が今の王都の状況を知る唯一の手段なのさ」
「つうしんき……?とは何ですか?」
「滅多にお目にかかれるもんじゃないが、確か王都内ならどんなに離れた人とも会話ができるっていう代物だよ。十四年前にご誕生された王子がまだ九歳の時に開発したそうだ。ちょうど、あんたと同い年じゃあないか」
顔は見えないが声は聞こえて、リアルタイムで離れた人と会話ができる。そんなすごいものを僅か九歳で王都の王子は考案したという。
同い年とはいえ、字が読めるようになったのがつい最近のリーシェと比べるのは無礼な気もする。
「まだ若い王子さまのおかげで、王都は西の大陸で一番発展しているんだ。他の大陸のことは知らないけど、もしかしたら世界一かもって話はちらほら聞くね」
「すごいですね。その技術が王都の外にも広まってくれれば、セルタももっと発展するでしょうか」
「ここだけの話だけどね。王子さまには特別な力があって、その力を畑に染み込ませる水みたいな感じで王都全体に浸透させているから、発展した技術は王都でのみ使えるらしいんだよ」
なんとも不思議な話だ。
要は、領地を活性化させる肥料を王子は持っていて、それを枯らすことなく蒔き続けているということだろう。
物語に出てくる魔法なんてものはこの世界にはないので、もしかした王子は物語の中から出てきた勇者なのかもしれない、と勝手な妄想を膨らませる。
この時リーシェはまだ知らなかった。
商人がもたらした情報のせいで、早くもリーシェの平穏が崩れ行くことに。
☆*☆*☆*
アンが教えてくれた通り、セルタに商人がやってきた。
商人といっても人数は四十人はいて、大きな荷台を七台程も連ならせている大きな隊商だ。
荷台の一つ一つに、ジャンルごとに分けられた品物が詰め込まれていて、野菜や花を積んでいる荷台は温度が一定に保たれる仕組みになっていた。企業秘密だというので仕組みは教えてもらえなかったのが残念だ。
『王都からやって来た香辛料だよー!この地域では滅多に取れない種類もあるよ~!買わない手はないねぇ~!』
『今、都で流行っている衣料品、安く仕入れてあるよぉ!彼氏へのアピールに使うも良し!彼女へのプレゼントにするも良し!お1つどうだ~い!』
『フォッフォッフォッフォオフォフォフォフォフォ…!!』
『王都の鍛冶職人が作った畑道具はいらんかね、と親父は言っている!』
『フォフォフォフォフォフォフォフォォォ!!!』
『切れ味は勿論、使い勝手も保証する、と親父は言っている!』
「親父が何か言ったらどうだい!!」
隣で町を貫く一本道で賑わっている様子を見ていたアンが、商人よりも声を張り上げて突っ込んだ。だが髭の長い親父は『フォフォフォフォフォフォフォフォ』と言うだけで、息子に代弁させていた。
あれでちゃんと意志疎通が出来ているのか首を傾げたくなるが、幸か不幸かリーシェが見たいのはあの親子が取り扱っている畑道具の数々である。
もうすでに揃ってはいるが、より良い道具を使いたいという抑えきれない欲がある。お手頃価格なら、町で貯めたお小遣いをはたいて買わせていただくし、ちょっとお高めならこういうものもあるのだと知識の一部に加えさせていただく。
シュウへ新しい筆記用具を買うというアンとはここで分かれて、リーシェは一人で畑道具の荷台へ向かった。
「フォフォフォフォフォフォフォフォ!!」
「いらっしゃい!見ない顔だねお嬢さん、ところで彼氏はいるかね?と親父は言っている!親父よ!初対面でそれは直球過ぎやしないか!?」
息子の話だけ聞けば、一人で言って自分で突っ込んでいる人にしか見えない。親父さんが笑っていることで、息子の不審者感はないのである意味、どちらも欠けてはいけない存在なのだろう。少なくともリーシェには、親父さんが何を言いたいのかさっぱり理解できなかった。
「えっと、彼氏はいないんです。私、ここに来たばかりなので……」
「フォフォフォフォフォフォフォフォォォォォ!!!」
「ならワシとかどうじゃねお嬢さん、悪いようにはしないよ、と親父は言っている!親父よ!それ以上はお袋に殺されてしまうぞ!」
「あの、畑道具を見てもよろしいですか?」
息子を通してオーケーをいただいたので、王都で鍛冶職人さんが作ったという鍬や鋏を見ていく。
それは、素人目でも分かるほど高性能だった。
刃の鋭さや鉄の輝き。新品なのにどこか古ぼけたデザインの外見。
触ってしまっただけで皮膚が切れそうな印象も受けたが幸いそんなことはなく、野菜や花の茎を切ることだけに特化しているらしい。
「フォキフォフォフォフォフォフォフォフォァァ」
「どうだ素晴らしいだろう?鍛冶職人に鍛えられた鋼は、使い手によって性能が変わる。お嬢さんならきっと上手に使えるだろう、と親父は言っている。あぁ。俺もそう思うぞ」
接待世辞だろうか。それでも、そう言われて悪い気はしない。
値札を見ると、予算より少しオーバー気味だが誤差のうちだろう。
鍬はあるが、鋏の刃が錆び付いていたところだ。
リーシェは鋏を購入することにした。
「フォォフォォフォォフォォフォォフォォ!!!!」
「ありがとう!お嬢さんは見る目があるね!お礼に素敵な情報を教えて上げよう!と親父は言っている」
「素敵な情報?」
「フォフォフォフォフォフォフォッフォオ……」
「実はな、一週間後にこの町に王子が編成した調査団がやって来る、と親父は言っている」
二日前に妄想を膨らませていた王子が、直々に編成した優秀な調査団がセルタに来て、川の上流にあるビーグリッドにも訪れるという。
それだけならただの調査団なのでそこまで素敵な情報でもないらしいが、重要なのはそこからだった。
「ファァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
「なんとその調査団には王子も同行するそうだ!何でも、ずっと監視していたものが行方不明になったので確認に来るらしい、と親父は言っている。これは王都で今一番の噂になっている。何せ、発明品の考案で忙しくしていた王子さまが都の外へ出るのは滅多にないからな」
見守っていた、ではなく監視していた、という表現に引っ掛かりを覚えながら得られた情報を頭のメモ帳に書き殴っていく。
訪問は一週間後。探し物を探しに王子と選りすぐりの調査団がやって来る。
その情報を聞いて、なぜか胸騒ぎがしたのはリーシェだけで、セルタの人々は大急ぎで王族を迎える準備を始めた。
その日は、妙な不安を覚えながらたくさんの野菜を抱えた商人たちを見送り、鋏の使い勝手を確かめてから1日を終えた。