さぁ。2階層へ
アズリカの指示に従って道を進むこと1時間。ようやく食料庫の手前まで到達した。
食料庫は大きな部屋そのもので、楕円のルームの中央にある巨木に夥しい数のモンスターが群がっていた。
最初のゴブリンの群れとは比べ物にならないほどの数に、吐き気が催してくる。
血に濡れた毛皮の背中が蠢く光景に口を抑えると、リーシェは後方を見た。
道の途中で聞いた食料庫を突破する手段をもう一度確認する。
「では、私の『焔刻』で焼き払うということで間違いないですか?」
全員が一斉に頷いたが、ラピスとアズリカは頷きつつも顔を渋らせていた。
「嫌な予感がするから出来れば『伝説の力』はあまり使わせたくないんだが……」
苦渋の様子で声を潜めてラピスは言った。アズリカも同じ気持ちのようでしきりに首を振っている。
伝説についてまだ知らないことが多くあると判明した今、使うことで体や精神の及ぼす影響もあるかもしれない。
だが「あるかもしれない」という可能性同時に、「ないかもしれない」という可能性も浮上してくる。
それをはっきりさせるために、リーシェたちは10階層を目指すのだ。
「今までも大丈夫だったんです。きっと大丈夫ですよ」
安心させるように笑うと1人、足を踏み出しルームの中へ入る。
モンスターを焼き尽くすために全力で「焔刻」を行使する詠唱を唱える。
「赤く 紅く 朱く 燃ゆれ
古よりこの身に焼き付いた 精霊の焔よ
焔刻」
イグラスで力を最小限に抑えられていたせいで、「技の力」の基本威力は大幅に上昇している。
広いルームを覆い尽くし、幾千といたモンスターを焼き尽くすには十分だった。
爆音が幾重にも重なって響き渡り、爆風がリーシェの赤毛を激しく揺らした。
父譲りの翡翠の瞳が一瞬だけ真紅に煌めいて、少女の姿が光の中に飲まれていく。
まるでこれから起きることを示唆しているような光景に、少年と青年が名を叫んだ。
それすらも化け物の断末魔が飲み込み、やがて恐ろしいほどの静寂が満ちた。
少し前までモンスターで溢れ返っていた部屋が少しずつ土煙の中から全貌を明かしていく。
灰すら残らず消えた空間の中に、リーシェの小さな背中だけが残っていた。
「リーシェ……」
「おい?リーシェ……?」
アズリカとラピスが交互に声をかける。
土埃の中にいたせいで苦しくなった呼吸を、深呼吸で整えてから笑いかける。
「ほら。大丈夫でしたよ?」
いつも通りあっけからんと笑うリーシェに2人も安堵し多様に肩の力を抜いた。
「そうだな。だが、できるだけ力は使わないようにしよう」
不安を拭えない顔で言いながら、和らいだ表情の騎士を率いて2階層へ進んでいく。
最後尾の騎士がリーシェを追い越して行くのを確認すると、少女はもう一度深く呼吸をした。
「リーシェ……?どうした?苦しそうだが」
アズリカが心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですよ。熱風と埃に上手く呼吸出来なかっただけですから。さぁ。ラピス様を追いかけましょう!」
少しだけ遠くなった背中を走って追いかけた。
☆*☆*☆*
「ようやく2階層か」
階段を降り終わった少年が周囲を警戒する。
階段を降りて直ぐに広い道に入り、ルブリスたちがすかさずラピスの周りを固めた。
1階層は淡い光を放つ鉱石に照らされ薄暗かった。
だが2階層は一変して、壁そのものが白く視界が十分に明るかった。
むしろ暗闇に慣れた目にとっては眩しいくらいだ。
不思議な階層の様子に茫然としていると、突然ラピスの頭上の天井が崩れモンスターが降ってきた。
「ラピス様!!」
ルブリスが叫び咄嗟にラピスを自身の体の下へ隠す。
「ルブリス副団長!!」
体を全て隠すほどでは無いものの、かなりの重さを持つ瓦礫の下敷きになった青年騎士に団員たちが急いで駆け寄っていく。
守られたラピスは軽傷で済んだが、ルブリスの背中は真っ赤に染まっていた。
「ルブリスさん!」
リーシェも顔を青ざめさせて近寄ると、怪我の状態がよくわかった。
まず確実にあばら骨が折れている。不幸中の幸いで折れたあばら骨が、肌を突き破って露出することは無かったがそれでも呼吸をするだけで精一杯だろう。
背中全体に打撲及び裂傷があり、破れた黒いマントが真っ赤に濡れていた。
「ルブリス……」
黄金の瞳をまるで満月のように丸くさせると、すぐに顔を険しくさせた。
「騎士の10人はルブリスを地上へ避難させろ。来た道の途中にある湧き水で傷を洗いながら、ビーグリッドで治療を受けろ。僕の名前を出せば村の住人も受け入れるだろう」
王子の顔になった少年は早口に指示を出して言った。
もしモンスター遭遇しても対処できるように、騎士団の3分の1を割くと、それを聞いたルブリスが血相を変えた。
「10人も必要ありません!せめて2人で十分です!」
「ルブリス!確実に生き残る方を取れ……!」
俺はもう合理的に命を天秤にかけることができないと少年は言った。
約1年前のラピスなら、凍りついた心で合理的に判断を下し、必要最低限の人員しか割かなかっただろう。
この一年の間に少年はずいぶん年相応の少年らしくなったようだ。
ルブリスを抱えた騎士を囲んで来た道を走って戻る10人を見送ると、少なくなった騎士団を率いて2階層進んだ。
2階層進出早々不穏ですね。
また今回は今後の展開への伏線(?)が張られています。





