2階層への道はどこでしょう?
リーシェが最後のゴブリンを葬り、ようやく戦いは一段落ついた。
流石に数が多く押し寄せてきた群れを駆逐するのに1時間ほどかかった。しかし、大きな怪我をした者はいなかったのは幸いだろう。
肩で息をしながら血を払った剣を鞘に収めると、近寄ってきたアズリカが懐から水を差し出してくる。
この先何があるか分からないので少しだけ口に含んだ。一滴の水が生死を分けることもあるのだ。
「さて……」
息が落ち着いたのを見計らってラピスは仕切り始める。
「まず俺たちは10階層を目指して進む」
大前提の確認に騎士たちは一様に頷いた。
だが口では簡単に言ってもかなり険しい道のりになるだろう。
ゴブリンと戦いながら少しずつ進んだとはいえ、視界の中にある道は全部で10に分かれている。
今の場所まで来る際も道は非常に入り組んでいて、迷路そのものだった。
下の階層へ続く道を知っている訳では無いので、2階層に行くには地道に地図を作りながら進むしかない。
その途中、先程のようにモンスターと遭遇することもあるだろうし、もしかしたら何らかのトラップも仕掛けてあるかもしれない。
目は暗闇に慣れ、心は異常な雰囲気に耐性をつけた。だが、1番大事なことは何も明るみに出ていない状態だ。
「こういう時は手分けして行動するのが手っ取り早いが、この空間でそれは自殺行為だ。よって、道を1つずつ調べていくことになる」
ラピスの言葉に誰よりも先に言葉を発したのはアズリカだ。
「道を調べって言っても、1つずつも効率が悪いだろ?」
「じゃあ何か策があるのか?2階層へ降りるための階段を見つける策が」
「ある。俺は同時に鎖を10本出せる。道に沿って鎖を進ませれば、少なくともこの迷路がどういう形状をしているかくらい分かるぞ」
それが本当ならつくづく有能な「拘束魔法」だ。1度に10本ということ、両手の指先から鎖を出せるということだろう。
鎖の色々な使い方にリーシェたちが目を丸くさせた。
すぐに我に返った少年が頼もしそうに青年を見ると、「なら、今回はお前に任せよう」とアズリカの肩を叩いた。
『ルナ·シュヴァリエ』とリーシェが数歩後ろに下がると、アズリカは深く息を吸った。
10本を別々に扱うにはかなり集中しなければいけないらしく、その後ろ姿は緊張感に包まれている。
やがて青年の指の先から、いつも見ているものより一回り細い鎖が淡く光りながら伸びていく。
鎖はそれぞれの道へ入っていき、暗闇の奥へ消えていく。
数分間静寂が続いたと思ったら、1本の道の奥から轟音が響いた。
とても思い何かが思い切り落ちたような音が反響し、不気味にリーシェの鼓膜を揺らす。
同時にアズリカお人差し指から出ていた鎖が音を立てて砕けた。
「トラップが仕掛けてあった。動くものを察知すると天井から大岩が降ってくる罠だ」
人差し指の鎖は騎士の代わりにトラップの餌食になったようだ。
その後、次々と鎖が砕け散っていった。
全てトラップに引っかかたのだろう。
残りの鎖が3本にまで減ったところで不意にアズリカが肩を強ばらせた。
「アズリカ……?」
そのただならない雰囲気に思わず声をかけると、冷や汗をかいた青年は静かに告げた。
「どうやら、1階層目から素直に進ませてくれる気はないらしい。さっきのゴブリンの数なんて可愛く思えるくらいの化け物が、2階層に続く階段の前にびっちりいるぞ」
絶句する少女の隣でラピスが張り詰めた声を出す。
「そこには何がある?」
小指の鎖を緻密に動かして状況を調べるアズリカの額には、脂汗が浮いていてその消耗具合を窺わせた。
「階段前のルームに……木が生えている」
「木……食料庫か」
「食料庫?それって、モンスターの餌場ってことですか?」
「ああ。まさか、2階層に行くために必ず通る場所にあるとはな。トラップといいつくづく趣味の悪い」
機嫌が急降下したラピスは吐き捨ててから歩き出す。
珍しく不機嫌の騎士団長に緊張した面持ちに、騎士たちも身を硬くさせる。
アズリカと何やら話し合いに行ったラピスの背中を見てから、リーシェは彼らに振り向いて笑った。
「そんなにガチガチになってたら疲れてしまいますよ?」
ただでさえ『ダンジョン』という死と隣り合わせの場所なのだ。
いつでも気を張り詰めさせていたら、いざ戦闘になった時に力を発揮出来なくなる。
緊張する、という心理と行為はそれだけで精神も体力も削っていく。
こういう時こそ穏やかな心持ちでいなければ余計疲れるだけだ。
しかし騎士たちの力はなかなか抜けてくれない。
「ラピス様が話している間、少し体操をしましょうか」
ルブリス筆頭にして一斉に首を傾げる彼らに、にっこりと笑いかけた。
「はい!思い切り上に伸びてください!」
手本を見せるようにリーシェが両腕を天井に向かって伸ばす。
おずおずと伸びを始めるルブリスたちを確認すると、「もっともっと〜」と声をかけた。
「思いっきりですよ!力いっぱいです!……はい!力を抜いてください!」
ガチャン、という鎧が動く音が鳴らしながら彼らは勢いよく腕を下ろした。
今のをあと2回ほど続けさせて、最後に深呼吸をさせた。
「どうです?肩の力、抜けました?」
「は、はい!」
目の前のルブリス返事をするかと思ったら、彼の後ろから顔を出した若い騎士が返事をした。
何やら訳知り顔のルブリスがニヤニヤ笑いながら横に避ける。
蜂蜜色の髪が特徴的な若い騎士は、頬を僅かに赤くしながらリーシェに近づいた。
どこかで見た事のある姿にリーシェもハッとなる。
「あなた、王都の城で1度すれ違って挨拶をしましたね」
そう言うと、少年は顔を真っ赤にさせた。
「覚えておいででしたか!」
「はい。髪の色が太陽に当たって一際輝いていたのが綺麗で、印象に残っていますよ」
そうだ、思い出した。この少年騎士とはリーシェが王都で王宮に滞在した時に、1度だけすれ違ったことがある。
目を合わせて会釈をしただけだったが、髪の輝きがとても綺麗で記憶に残っていたのだ。
自分でもよく覚えていたなと感心しつつ、フワッと微笑むと後ろから肩を軽く叩かれた。
「人が苦労してた時にお前は何やってるんだ?」
「アズリカ。お疲れ様です!ラピス様と話し合いは終わったんですか?」
「食料庫をどう抜けるかについては答えが出た。それで……?お前は何をやっていたんだ?」
なぜかアズリカも不機嫌だ。きっと鎖を同時に何本も使って疲れたのだろう。
「騎士の皆さんが緊張していたようなので解していただけですよ」
「なら、何でそんな風に笑うんだ?」
「? 誰だって真顔で緊張を解そうとしませんよ。え、何か変ですか?」
普通に笑っているだけなのになぜ怒られなければならないのかと首を傾げていると、ラピスとアズリカが揃ってため息をはいた。
後ろの騎士たちもどこか苦笑いで、顔を真っ赤にさせた少年が惚けたように頬を緩めている。
なんとも言えない微妙な空気が『ダンジョン』の一角を満たした。





