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決着をつけましょう

 休憩を挟みながら川を上り続ける。

 日が暮れかけた頃にようやく村が見えてきた。


 夕闇に染まりつつある村は、4ヶ月前の豪雨のせいでリーシェの記憶にあるより廃れていた。


 被害が確認された時にラピスがルブリスたちを派遣し物資を届けて、4ヶ月間復旧に尽力してまだ名残が残っている。

 かなり大きな被害に見舞われたのだろう。


 アズリカは川の近くで待機してもらい、リーシェは村の中へ足を踏み入れた。

 暗い表情の村人が唖然とした顔でリーシェを見る。


 突然失踪し、数ヶ月ぶりに姿を見せた少女の姿に、誰もが作業の手を止めた。

 だが物珍しく見るだけで話しかけてくる者はいない。


 当たり前だ。リーシェはずっと孤独だったのだから。

 仲のいい友達なんて居ない。話が合う大人なんて居ない。労わってくれる優しい人もいない。


 久しぶりに感じる孤独にトラウマが刺激される。アズリカにスティの家の近くまで着いてきてもらえばよかったと、少しだけ後悔する。


 村の中心部からおばさんの家までおよそ2キロ。

 徒歩30分の道のりを、昔を思い出しながら歩いた。


 10年間、この道を毎朝往復し続けた。

 井戸の水をたくさん抱えて、空腹を紛らわすように馬車馬のように働いた。


 ボロ雑巾のような服を着て、傷だらけの体を酷使する過去の自分の幻を見る。


 痕だけになったはずの傷が痛んだような気がして左腕を強く握りしめた。


 そうして、やっとスティの自宅に到着する。

 雨で酷く傷んだ二階建ての家が幽霊屋敷のように佇んでいた。


 扉の前に立ちノックをする勇気が出ず突っ立っていると、運悪く中にいた人が開けてしまった。


「あ……」


 どっちのものか分からない声が聞こえた。

 約半年ぶりにリーシェはスティと対面した。


 いつもならスラスラと出てくるはずの言葉は、なぜか喉の奥に詰まったかのように出てこない。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。


 先に我に返ったスティが表情を大きく変えて口を開いた。


 また怒鳴られる。そう覚悟して目を瞑ると聞こえたのは小さな謝罪だった。


「ごめんね」


 そっと体を抱き寄せられてリーシェは瞬きも忘れて目を丸くする。


「謝っても許されることじゃないのは知ってる。それだけの事をあんたにしてきた。だけど、言わせて欲しい。酷い仕打ちをしてごめんね」


 体が硬直する。

 次の瞬間に殴られるかもしれない。そんなありえない想像ばかりが空っぽの頭を駆け巡って、まともな思考力を奪っていく。


 しかし次の言葉でようやく我に返ることが出来た。


「帰ってきてくれてありがとう」


 違う。帰ってきたのではない。けじめをつけに来たのだ。

 過去のトラウマに決着をつけるために来たのだ。


「スティおばさん。今日はちゃんとしたお別れを言いに来たのです」


「お別れだって……?」


「あなたに酷いことをされたこの過去に、けじめをつけて優しい町と正面から向き合うために来たのです」


「町……あんた、セルタに行ったんだね?」


 急に言い当てられて思わず口を閉ざす。

 なんだか猛烈に悪寒が走ってはっきり言わない方がいいと思ったのだが、逆効果だったようだ。

 沈黙したのを見ておばさんは確信した。


「あたしを捨ててセルタで暮らすのかい!?この家をよく見てみな!柱は傷み、床は抜け、温床から虫が湧き、畑は水で溢れてる!!1人でも人員が欲しいこの状況で、あんたは見捨てるのかい!?」


 確かにおばさんの家は他の家と比べてだいぶ損傷が激しい。

 しかし、平野にある村の中央部より高い位置にあるおばさんの家が大きな被害を受けているのは考えづらい。


 おそらく、村の中央部の人々は毎日コツコツ作業していたが、リーシェという奴隷が居なくなったスティは何をする訳でもなく放ったらかしにしていたのだろう。


 先程から嗅覚を刺激する腐敗臭は、家の木材の腐敗はもちろん、世話をされず死んでしまった動物たちの臭いでもあるのだろう。


 リーシェが戻ってもまた奴隷のように働かされるのがオチだ。

 動物たちを見殺しにするような人のところには、絶対に戻りたくなかった。


「残念ですが、私が力を貸すことはありません。中央部の方々に助力を頼むなりすればいいです」


「なんて恩知らずな小娘だい!」


 さっきは謝ったのに、やはり虚言だったようだ。

 リーシェはおばさんの体を突き飛ばして叫んだ。


「恩知らず?確かに10年間育ててもらいました!しかしその年月は、あなたが私を放置した時間であり、私が1人で頑張り続けた時間でもあるのです!言ったはずですよ!けじめをつけに来ただけだと!」


 今度はスティが口を閉ざした。

 俯いてしばらく何かを考えたあと、フンと鼻を鳴らす。


「勝手にしな!こっちだって、あんたみたいな役立たずな小娘はごめんだよ!」


 そう言っておボロボロの家の奥へ消える。


 もう少し穏便に済ましたかった決着はこうして無事についた。


 しかしこの離別が新たなトラブルの始まりであったことを少女はまだ知らなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりこのおばさんは変わってなかったね… これは無理だわ… リーシェはっきり言えて良かった
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