第五十話 少しだけ眠りましょうか
アズリカを味方に加えただけで戦いはだいぶ楽になった。
波のように押し寄せていた一般兵士達を、青年は尽く無力化させてみせたのだ。
彼の体術さえ優れていれば序列一位も夢ではなかっただろう。
しかし、流石に序列一族たちの動きを完全に封じることは出来ないようだ。魔法を拘束しても体は拘束できず彼らは体術でリーシェとアズリカに襲いかかった。
少女は猛襲を全て薙ぎ払いつつ、アズリカを守りながら「ゲートの間」へ急ぐ。
必要最小限の力を最大限利用することを心がけていたおかげで、「技の力」の基本出力は大幅に上がっていた。
小さな炎で大きな威力を出せるようになった力を駆使して、ついにゲート前の最後の難関「序列一族居住区」へ辿り着く。
そこで待ち構えていたのは、一様に赤い髪を風に揺らす者たちだった。
結論に思い至りたくなかったリーシェの横でアズリカが呆然と呟く。
「アクレガリアイン王家。その勢力を全て集結させたのか」
「彼らはベリアを離れていたのではなかったのですか?」
「確かにいつもなら、彼らは戦力を分散させて周辺諸国を統括する任に着いている。だが、ここにいるということは……」
「おじい様……イグレット王が本気になった、ということですね?」
リーシェの確認にアズリカはただ頷いた。
一人だけでも厄介な「重力魔法」の使い手が前方に十九人。後方に一人。さらに他の一族たちも追いついてきている。
着々と逃げ道を固められていく光景を目の前に二人揃って唇を噛んだ。
今度こそ終わりかと思った時、大勢の足音が「ゲートの間」から聞こえた。
野太い雄叫びが反響し響き渡り、詰め寄っていた魔人たちの動きを止める。
怪訝な顔でその場所を見つめる彼らと一緒に、リーシェたちも首を傾げて「ゲートの間」の入口を凝視した。
「まさか……!」
後方でグレイスが何かを悟る。
鋭い声で何らかの指示を飛ばそうとしたが、それより一足早くその集団は姿を現した。
漆黒の鎧。黄金の剣。そして高く掲げられた三日月の紋様旗。
ある少年を想起させる色合いにリーシェもアズリカもハッと目を丸くさせた。
「全軍!前進しろぉ〜!!」
騎士の姿に身を包んだラピスが集団の先頭で剣を振っていた。
久しぶりに見るその姿に少女は自然と安堵する。
なぜ彼らがイグラスにやってこれたのか。答えは単純明快だった。
封鎖されていたゲートがレイラによって解除されたから、ラピスたちは門をくぐることが出来たのだ。
リーシェたちを取り囲んでいた魔人の半分が、突如現れた人軍に応戦していく。
その中にはアクレガリアイン家の者もいた。
「重力」が相手では人軍には対処が難しいだろう。
いくらか敵が減った今なら出来るかもしれないと、リーシェはこっそり笑った。
「アズリカ。三分の間、一人で足止め出来ますか?」
「……難しいところだが、やるしかないだろ。何か考えがあるんだよな?」
「えぇ。あなたが拘束してくれたおかげで力が増大した今なら、多分出来ると思います」
「不確定なのが不安だが、贅沢も言っていられない。お前は自分のことに集中していろ」
青年はそう言うと表情を引き締めて全力で戦闘する構えに入った。
リーシェも彼を信じて、新しい詠唱を唱える。
「平和を 安寧を 平穏を
我が望みは戦場に在らず
我が願いは争いに在らず
美しき詠歌 清き詩歌
どうか現に夢の幻想を」
詠唱している間にも企みを阻止ししようと魔人たちが攻撃を繰り出す。青年は額に汗を滲ませながら、魔法を巧みに使って確実に攻撃を防いでいった。
しかし息が上がり始めている。奮闘するアズリカのためにも、リーシェはひたすら集中した。
「眠れ 暴れる者よ
次に目覚めた時 汝に穏風がそよぐ事を願い
夢現にこの身が求めた 永久久遠の安穏を祈り給う
焔氷刻 夢室一陣」
一帯を覆う薄紫の準透明なドームが形成される。
優しくて暖かい焔がドーム内の魔人の体に染み込み、青く輝く氷の粒が体の機能を低下させていく。
そして、リーシェが対象とした序列魔人たちが次々と倒れていく。
「気絶……?なんで?」
息を整えていたアズリカが目の前の光景に目を剥く。
「気絶じゃありません。彼らは眠っているだけです」
「死んだっていう言葉の比喩表現じゃなく、ただ眠っているのか?」
「はい。春の陽気のような眠くなる温かさを持った焔で眠気を誘い、体に一切害のない特殊な氷で脳の機能を鈍らせて、擬似的な睡眠状態を再現しました」
春の陽気の気持ち良さをまだ知らないアズリカは、ただ首を傾げるばかりだった。すぐにわかるようになるだろう。
「眠っている間、心も脳もとても穏やかでリラックスした状態になり、現実の一切の苦悩から解放されます。効果が解除されるまで、眠っている人たちは優しい夢を見続けるでしょう」
これで魔人一族の約半分は完全に無力化した。
次は、交戦を開始している魔人軍と人軍をどうにかしなければ、異種族間の壁は高まるばかりだ。
リーシェは倒れている魔人たちの中を再び走り出した。





