四十二話 枯れた大地であろうとも
リーシェが堂々と提案した言葉に、誰もが口をあんぐりと開けた。
いつも固く引き締まった王の口も、外れそうなほど空いていて、いつもあの顔ならおじいちゃんと呼びたいくらいだった。
孤高の王の間抜け面に笑いを堪えながら、リーシェは言った。
「まずは地上に案内してください。上に続く道くらいあるのでしょう?」
いつまでも配給に頼っている訳には行かない。
王に頭には常にそんな考えがあった。「グルメ魔法」の保有一族にばかり頼っていては、いつか足元を掬われる。
これはアクレガリアイン一族の繁栄と威光を強めるためだと言い聞かして、イグレット王は少数の護衛とリーシェたちを連れて太陽の届かない地上へ向かった。
☆*☆*☆*
地下洞窟を特定のルートで歩き続けること3時間。
ようやく遠くに出口が見えた。
運良く日が照っていた時間だったのか、弱々しい光が出口から差し込んでいる。
お互い無言で歩いているが何も考えていないわけではなかった。
リーシェは王とアズリカに挟まれながら歩いている間、日照時間が少ない土地でも育てられる花や野菜を脳内で列挙していた。
花を植える理由は様々あるが、一番は生活に彩りを持たせるためだ。一週間城下や城を見ていて、植物の類は一切植えられていなかった。
生活に草花の香りを与えるのは非常に大切なことである。
土の質や気温によって、当然植えられるものは大きく変わる。
それを承知の上で花を上げるとするならば、アイリスやフクシアや、ユリオプス·デージーなどがある。またリアトリスという花は土質を選ばないので高い確率で高いところで植えることができるし、ハーブのローズマリーは食用としても利用可能だ。
「お前、何のつもりだ?」
考え込んでいると後ろからアズリカが耳打ちしてきた。
リーシェは首を傾げる。
「何のつもり、とは?」
「なんで急に地上に野菜を植えるなんて言い出した?」
「あなたにような人をこれ以上出さないようにです」
「は?」
配給に頼らない仕組みを作るために。孤児になっても食べ物に困らないように。
通貨まで作る気は無いが、公式で認知されている人にしか飲食物が配給されなかったら、親を失った見えない子供たちは生きることがさらに難しくなる。
もちろん、孤児なんて居ない方が良いがそう綺麗事ばかり言ってもられないだろう。
なら、少しでも食に困らず生きることに余裕を持てるような暮らしをさせてあげたい。
余裕が持てれば自分の特技も持てて、魔法だけに頼ることも無くなるだろう。
アズリカの場合は生きることに精一杯すぎて、他のことに視野を広げられなかった。だから今も、死ぬか生きるかという狭窄的な考え方しか出来ないのだ。
「私は、子供の頃のあなたを助けたいのです」
「なら今の俺を殺せ」
「いいえ。今のあなたを殺すことは、あなたが必死に生きてきた努力を全て無に返すこと。あなたはあの日々を愛しているから、あの時の自分に生き物としての誇りを持っているから、それが損なわれた今が辛いのです」
「何、馬鹿なことを言っている」
彼はそれっきりそっぽを向いてしまった。
青年を後目に、リーシェはふとかつての自分を思い出す。
ビーグリッドにいた時。川に身を投げ出す直前。リーシェは自分に感情があることを恨めしく思った。
中途半端に幸せを知ってしまったから辛いことを不幸と認識してしまう。ならば感情なんてない方が良かったと、リーシェは嘆いた。
感情がなければ辛いことも辛いなんて思わなかった。感情がなければ涙の苦しさも知らなかった。自分の胸に去来する虚しさと怒りを正しく実感することもなかった。
だけど、今なら胸を張って言える。
「感情があって良かった」と。
感情があるから幸せを幸福だと受け止められるのだ。
感情があるからリーシェは不幸を受け止めて笑うことが出来るのだ。
そう思えることは、ビーグリッドでの経験があってこそだ。
あの時のことがなければ、リーシェは感情に大切さに気づけなかった。
あの頃の自分はもう乗り越えた。
ならアズリカにも乗り越えて欲しい。
あの日々が無駄ではなかったことを自覚して欲しい。
だからリーシェは枯れた大地に生命を咲かせるのだ。
「着いたぞ。地上だ」
王がそう言った。
リーシェは思考に没頭するあまりズレていた焦点を合わせる。
そして目の前には、どこまでも続く黒い大地と弱々しくそれを照らす太陽が空に浮かぶ光景が広がっていた。





