四十一話 お花を摘みに行きましょう
アズリカが自分の胸の内を吐露してから、おそらく2日が経過した。
リーシェはあれから青年に強気に出れないでいる。
「殺せ」と言われて「殺さない」と言う応酬はもう繰り返すことが出来なかった。
彼が死ぬこと以外に、リーシェにも青年にも救いがあるのか分からなくなった。
リーシェがここに居続ければ、リーシェに平穏は訪れず、青年にも心休まる時が来ない。アズリカの苦悩は生きているからこそ心を蝕むのだから。
簡単に励ましの言葉なんて掛けられなかった。
(だって私は何も言えない。私は恵まれている。私の周りに私の力だけを求める人は一人もいなかった)
伝説の力を持っていることを知らなかったスティはもちろん、力のことを知っているセルタの人々も決してリーシェ自身を蔑ろにすることは無かった。
スティですら、奴隷として少女に価値を見出していた。
リーシェは恵まれていた。
だけどアズリカは違う。
彼はずっと一人だった。周りは全部敵だった。やっと手を差し伸べられた時は唯一無二の能力が発現したときだ。
それが無ければ彼は今も薄暗い路地裏を彷徨っていたのだろう。
そんな彼にリーシェが分かったような言葉を掛けるのは果たして正しいのだろうか。
(そんなの……幼子でも分かります)
次の瞬間、リーシェは眦を釣り上げた。
手首の鎖をガチャガチャと鳴らし、勢いよく部屋を出る。
部屋の前にいた兵士が驚いて尻もちを着いたのを横目で見てから、すたこら歩き始めた。
「リーシェ姫殿下!ど、どちらに!?」
「お花を摘みに行くのです!ほっといて下さい!」
「侍女をつけますのでお待ちください!」
並び歩くようにして制止してくる兵士と問答を繰り返していると、「何事だ」と仲介の声が入った。
アズリカだ。
「リーシェ。どこに行く気なんだ」
「ああ、良いところに。アズリカも来てください」
お花を摘みに行くと言っているのに男性を誘い始めるリーシェに、兵士は青ざめ絶句する。「人間はトイレに異性をつける文化があるのか?」と混乱し始めるのを放っておいて、歩を進めた。
止めても無駄だと悟った青年は黙ってついてくる。
リーシェが向かったのはイグレット王がいる「王の間」だ。
それに気づいたアズリカは慌てたように止め始める。
「は!?おい!ちょっと待て!お花摘みは!?」
「もう遅いです!!」
バンッ!!とマナーも何も無く重厚な扉を押しあける。
「ここはトイレじゃないぞぉ!」とリーシェでも知っていることをアズリカが叫んだが、その声は何よりも「王の間」に響き渡った。
言葉を失う青年の手を引っ張ってズカズカと、玉座に座る王様の前まで歩く。
「お花を摘みに行きたいのです!」
「……ん?」
王がキョトンとして首を傾げる。
ちなみに「お花を摘みに行く」という言葉は、貴族の間では女性がトイレに行く際に使われる言葉だ。先程の兵士もアズリカも王も、リーシェはトイレに行きたいのだと解釈をし、それ故になぜ「王の間」に来たのか疑問だった。
だが、言葉にそのような意味があるなど知らないリーシェは、そのままの意味で言ったのだ。
「ですから、お花を摘みに行くのです!」
と。
しかし、次に続いた言葉で誤解は解けた。
「地上の大地に、食べ物を植えましょう!」
女性なら「お花を摘みに行く」ですが、男性なら「雉を狩りに行く」です。





