第三十八話 空を撃ち抜きましょう
中心都市べリア。都市という括りがなされているが、その場所は人間が考えるようにどこまでが都市の領土などといったことは明確には決まっていない。
地下洞窟に築かれているため、都市にある生活場所は洞窟の中の巨大な空間に置かれている。
大陸の地下全土に洞窟は縦横無尽に広がっていて、べリアはその中心にある巨大な空間に作られた巨大な都市というだけだ。
べリアの壁から四方八方に伸びる道は非常に入り組んでおり、ここまでが領土という線引きが難しい。
広さが広さだけに簡単に地図を作れるわけでもなく、地下洞窟の全貌を知っているのは王族だけだと言われていた。
つまり人々は周囲にどんな町や都市があるのか全く分からない。
しかし生活を成り立たせることが出来るのは、生活方法がどこも同じためである。
太陽の恩恵を受けていたのなら、その地域ごとの特色が現れ、物々交換や貿易などが栄えたかもしれないが北の大陸にそんなものはなかった。
全ての場所は同じ条件で、そこに一切変わりはない。ゆえにわざわざ交流する必要がなかった。
通貨、というものも存在しないのでお金関係の事件が起きることもない。
優劣のある品で貿易争いが起きることも無い。
よって、大陸の地下に広がる魔人の国「イグラス」はどの大陸よりも平和で平穏だった。
という以上のことを、リーシェは魔人の頂点に君臨するイグレット·フィリアル·アクレガリアインから説かれていた。
べリアに連れてこられるなり、「治癒魔法」を保有する魔人に傷を快癒させられ、侍女たちに体を洗われ、最上級のドレスを着せ替え人形のように着せられ、よく分からないまま化粧をされ、アズリカの鎖に引っ張られて王様の前に引っ張りだされたのだ。
イグレット王はリーシェの母の父親で、リーシェからすれば祖父ということになる。
ちなみにリーシェの出自は「解析魔法」を保有する魔人によってすぐに暴かれてしまった。
おさらいになるが、リーシェの母はディアナ·フィリアル·アクレガリアインと言う名前で、見ての通り魔人族の最も上位に君臨する一族の一人だ。
しかし、いかなる方法によってか母は人間である父と出会い、運命の恋に落ちた二人は駆け落ちして魔境谷で生活を始めた。
祖父からすれば母は、純血の子を産んで一族を繁栄させるという王の責務から逃げ出した裏切り者、という立ち位置だが、意外にも彼がリーシェに向ける目はとても優しいものだった。
「もう一度聞くよ。可愛い孫娘。お前の望みは何だい?」
重圧も覇気もない声に呆気にとられながらも、リーシェはまっすぐ答えた。
「平穏に暮らすことです。おじい様」
『おじい様』と言うのは、おじい様自身に呼ぶことを強制された結果だ。もちろん最初は拒否したが、リーシェがそう呼ばない限り一向に話が進まなかったのだ。
歯が浮くくらい言いづらく言い慣れない言葉だが、帰してもらうための算段をつけるためにリーシェは渋々おじい様と呼んでいた。
少々発音に違和感のあるおじい様呼びを素直にこなす孫娘に、王は満足そうに笑ってから話を続けた。
一族特有の赤い髪を揺らしながらこう提案してくる。
「イグラスはとても平穏な場所だ。ここにいればお前は平穏とそれを守る地位と権力を手に入れることが出来る。だから人間の元へは帰らずに、ここで、この城で暮らしていかぬか」
リーシェは笑顔の仮面をつけ涼しい顔で拒否する。
「恐れながらお断りさせていただきます、皇帝陛下。私の絶対の平穏はここにはありません。私が守りたい場所もここにはなく、私が望むものもそのような平穏ではありません」
「ほう。ここで暮らすことに平穏は見い出せないと。その理由を聞こう」
「権力と地位で守る平穏など機械的すぎます。それは私自身が守っているのではなく、王族の威光によって守られる箱庭です。私が完全に王族としての責務を果たさない限り、今も繋いでいるこの鎖の戒めは解かれることはないのでしょう。それは平穏暮らしでも何でもありません。ただの飼い殺しです」
セルタに帰る。
それだけがリーシェの今の望みであり、それ以外のどの言葉にも耳を貸す気はなかった。
だが、一瞬で雰囲気を大王のそれに変えた無慈悲なる彼の言葉によって、リーシェの涼しかった顔は瞬く間に驚愕に染まることになる。
「であれば、お前が大切だと思うもの全てを壊してしまおうか」
「何を……?」
「魔境谷。ラズリ。それとセルタ、と言ったか。数日前の進軍とは比べ物にならないほどの戦力を用いて三つの大地を灰燼と帰そう」
その言葉にリーシェは化粧によって美しく飾られた顔を怒りに歪めた。侮蔑と軽蔑も共に存在する険しい表情に、王の背が僅かに伸ばされた。
「そのようなことを実際に行動に移す前に、私はこの洞窟の空を落とします」
つまりは地下洞窟を崩壊させイグラスを破滅させるということだ。実際にそうなれば、大地そのものが雨となって降り注ぎ、地下の営みを木っ端微塵に潰すだろう。
帰る場所を失うくらいなら多くの命を刈り取って自分も死んだ方がマシだ。
祖父と唯一違う翡翠の瞳に殺気を込めて言うと、王も一切の油断なくリーシェを睨む。
鎖に繋がれ無力な少女となってもなお警戒をするその姿は、隙のない王そのものだった。祖父と孫の空気は消え失せ、宿敵を前にしたかのような圧迫感が部屋に満ちる。
「滅ぼされたくなくば王族に加われ。人の血が混じっていようと、『技の力』があるのならその体からも優秀な子が生まれよう」
「空を落とされたくなくば私を西の大陸に帰してください。鎖に繋がれていようと術者を殺せばこの戒めは砕けるのでしょう?」
アズリカを殺せば鎖は効果を失い、リーシェは力を使うことが出来る。
アズリカの一族に再び拘束されようと、その術者を殺せばいい話。そもそも同じ手に二度かかるほどリーシェは愚鈍ではない。
真っ向から対立した意見に、睨み合いが続く。
魔人の王と伝説の少女は今この瞬間、徹底的に相対することとなった。





