第三十六話 おかあさんはここで生まれたのですね
リーシェは宙を滑っていた。
正しくはグレイスによって浮かせられているところを、アズリカに鎖で繋がれ無抵抗に引っ張られていた。
魔法も力も自由もすっかり封じられたリーシェは生まれたての赤子より無力だった。なぜなら赤子でもある程度能力は使えるからだ。
「あの……離して貰えますでしょうか?」
赤ん坊より無力な存在と化したリーシェはドがつくほど丁寧に解放を申し出た。
しおらしくなったリーシェに鼻で笑って答えるのは、前を歩くグレイスだ。マントを焼かれたことを根に持っているのか、捕らえるという目的は達成したはずなのに目元は険しかった。
「先程までの威勢はどうした?焼くなり凍らせるなり潰すなり、好きに抵抗すれば良かろう?」
「わぁ〜グレイスったら意地悪ね〜。この子が何も出来ないの知ってるのに〜」
半目になるリーシェの左隣でプッと吹き出したのはディケイラだ。
右横でアシュアが肩を上げた。
「筋肉に動きを低下させる『減衰蟲』を埋め込んだのだ。しばらく超低空飛行の旅でも楽しんでおれ」
「超低空すぎて飛行とは呼べないぞ。アシュア、もしかしてギャグのつもりで言ったのか?」
「アズリカ!わざわざ指摘せんでも良いわ!そしてディケイラ!!いつもヘラヘラしているくせに、なぜ今だけ真顔なのだ!!空気を読んで笑わぬか!」
「つまらないものに対してなんで笑う必要があるんだ?」
「もっとオブラートに包んで否定せよ!」
なぜか言い合いに発展していった。彼女たちに囲まれているリーシェはまるで漫才の檻にいるような気分になった。
エグゼへの仕打ちで魔人はもっと冷酷で非情な印象を抱いていたが、こうして見ているとやり取りはラピスたちと何ら変わらなかった。
「アズリカ!貴様の毛根に百年後ハゲる呪いをかけてやろう!せいぜいハゲることに怯えて夜も眠れず不眠症になり、不健康になって死んでいくがいい!」
「家系的に安泰なんだ。それに百年後ってもうお前が死んでいる時間じゃないか?何せアシュアはババァ……あぁ悪いな。つい、誰もが抱いている共通認識をうっかり零してしまった」
「ババァ!?ババァと言いおったな!許さぬ!今すぐにその草頭、文字通り根絶やしにしてくれる!!」
一族の長ということもあって、アシュアは結構年齢が上の方らしい。それでも若かった頃の面影を保っている姿を見れば、外見にかなり気を使っていることが分かった。
美を気にしている女性にババァ呼ばわりをすることがどれだけ危険なことか、リーシェでもわかる。
本当に呪いをかけそうな剣幕にアズリカの美しい髪の未来を祈ると、タイミング良く目的地に到着した。
「貴様ら、その辺にしておけ。ゲートを潜るぞ」
大陸から大陸に移動する際に使われる四大陸全てに繋がる転移ゲートは、魔境谷の奥地に存在しているらしい。
蟲のせいで手足の筋肉がすっかり弛緩しているリーシェは、結局ろくな抵抗も出来ないまま魔人の国「イグラス」へ入国した。
ゲートの向こう側から発された眩い輝きにリーシェとグレイスたちは目を閉じる。
すぐに光は収まってすぐに目を開けると、そこにはため息が出るほど幻想的な美しい都市があった。
「きれい……」
「あれが我らアクレガリアイン一族が繁栄させる魔人族の中心都市、『べリア』だ」
主要な光源はキャンドルのようで、優しい淡い輝きが幾重にも重なって都全体を照らしていた。
地下洞窟にあるのか、太陽も月もなく、空の代わりに宝石が大量に群生している天井があった。
電気や遠距離通信といった近未来的な発展を遂げているラズリも凄かったが、べリアは昔ながらの美しさを穏やかさを備えている。
あまりの美しさに、リーシェは言葉を失って魅入られてしまった。





