第三十四話 グッバイ。マイファミリー
付け足した部分になります。
一ヶ月。
これは魔人が宣戦布告し実際に攻めてくるまでの猶予期間である。
同時にリーシェが自分の能力を精密にコントロールするために使われた貴重な時間でもあった。
野菜を育てるにはそれなりに長い一ヶ月だが、能力のコツを掴むための期間としてはあまりにも短かった。
「重力」と「無重力」を区別して使えるようになったのもここ一週間のことだ。
そのため、それぞれの能力を調整しながら同時に使うことをリーシェはまだ克服できていなかった。
どちらかを使おうとすればどちらかが効果を途切れさせてしまう。
そしてその未熟は、この状況で決定的な差をつけることになった。
太陽のごとき炎獄玉が地面に接触する寸前、十人の魔人だけを攻撃対象にするために、意識の区別を少女は行った。
それによって、グレイスたちを抑えつけていた「重力」が弱まり彼らに脱出のタイミングを与えてしまったのだ。
結果、魔人たちの一人が被害の最小限に抑え各々に重力の檻から出てしまった。
重力を操っていた力を途切れさせたことで、リーシェを浮かせていた力も失われて少女は地面へ落下していく。
衝撃でグチャグチャになるのを避けるために、繰り返し放出させた小規模な「焔刻」で落下速度を減速させて、無事に元いた場所へ着地した。
だが、決して気は抜けない。
周囲には既に、一旦は散り散りになった序列魔人たちが少女を取り囲んでいた。
思わず舌打ちしたくなるのを堪えて、リーシェは再び訪れた危機に警戒を最大跳ねあげさせる。
ラピスが付与してくれた効果は持続時感が長いわけではない。持ってあと数分と言ったところだろう。
付与効果が切れればリーシェは確実に蹂躙される。
何としても時間内に彼らを無力化する必要があった。
そしてその焦りが最大の弱点となることを、リーシェは気づいていなかった。
剣を抜いたグレイスが神経質そうな顔に微かに笑みを浮かべた。
その憎たらしい笑みを見た瞬間、リーシェの背筋を凄まじい戦慄が走った。
全身の毛を粟立たせて本能のままに体を右に投げ出す。
一秒も経たないうちに、リーシェがいた場所を先端が尖った鎖が空気を唸らせて通り抜けていった。
あと少し避けるのが遅ければ体を貫通し、リーシェは一瞬で鎖に絡め取られていただろう。
あったかもしれない恐ろしい未来に顔を青ざめさせながら、鎖が飛んできた方向を見ると、そこには緑髪の青年がいた。
王族のグレイスと比べなくともわかるほど質素な服を着て、その格好はまるで貧乏な平民のようだった。
肩口で切りそろえた髪を揺らしながら、青年は立っていた岩の上から飛び降りると1度瞬きをした。
「惜しかったな。もう少しで皇帝陛下の褒賞を貰えるところだったのに」
本当に悔しそうに呟くと、鎖を腕に巻き付けていつでも投擲できるように構えを取った。
(すぐにこの場を離れないと、すぐに捕まってしまう!ラピス様を待つなんて言ってる場合では無くなってしまいます!)
驚愕から気を持ち直すと、右手から焔を青年に向かって撃った。
予想通り避けたところに向かって走り、空いた包囲網の穴から脱出を図る。
だが、突如として目前に出現した漆黒の壁に行く手を阻まれる。それは無数の蟲が作った生きた檻だった。
四方八方を囲まれ咄嗟に全て焼き払うと、技を放ったあとの僅かな隙をグレイスが狙って剣を振りかぶった。
「もう大人しくせよ。こうなった以上、貴様に逃げ場はない」
リーシェが回避すると分かっていて全力で振り抜かれた長剣を、本人の期待通り寸前で躱して離れたところにジャンプで後退する。
だが休む暇もなく次の襲撃が少女の体を浮かせた。
重い衝撃がお腹に響く。
ドカッと容赦なく鳩尾を蹴り上げられて、リーシェは数メートル吹っ飛ばされた。
「ガハッ……!ゲホゲホ!!」
太い幹に背中を打ちつけ、さらなる痛みがリーシェを打ちのめした。肺から酸素が吐き出され、空気を求めて必死に喘ぐ。
涙にぼやけた視界で見ると、白い太ももを大きく露わにした紫色の髪の女性が自慢気に笑っていた。
「あぁ〜、スッキリ〜!!綺麗事ばっかでずっとムカついてたのよねぇ〜!」
ストレッチをしたと思ったら、立ち上がれないでいる少女に一瞬で肉薄し踵を振り上げた。
「とりあえず寝ててよね!」
反射的に「氷刻」で相手の足元を凍らせると、運良く女性は転倒してくれた。
「いったぁ〜!?」
「ゲホ!す、少し待ってください!!」
思わずタンマを出すが、戦場にそんなものは無いとばかりに鎖が何本も飛来してくる。
それらを重力で全て叩き落とした。
後ろから斬りかかってくるグレイスを睨みつけ、羽織っている長いマントに着火させる。
消化のために一旦背後から離脱したのを確認して、次に転んで起き上がろうとしている紫色の髪の女性を勢いよく押して氷上を滑走させた。
「アッハハハハハ!!何これ楽しいぃ〜!」
笑いながら遠ざかっていく背中を見送って、前方から何十匹と襲ってくる蟲を全て焼滅させた。
いつ動こうか見計らっていた残り六人を氷の中に封じると、ようやく深呼吸した。
悲鳴を上げていた肺に空気を送り込んで、脳に酸素を回していく。
喉の奥から競り上がってきた血を地面に吐いて、汚れた口元を袖で拭った。
呼吸が落ち着いたのを確かめて、リーシェは怒りから肩を震わせる。
「たった一人に一切の躊躇なく剣を翳し、蟲をけしかけ、鎖を投げ、蹴りを見舞う?いい加減にしなさい!!」
怒声が戦場の一角に響き渡った。
「いくら私が伝説の力を持っていようと、体の作りは凡人と何ら変わりません!申し子だろうと力が使えるだけで他は一般人と何も変わらないのです!それなのに、なに殺す気で攻撃してきているんですか!!死体では困るのはあなた方なのでは無いのですか!?」
マントの火を無事に消化したグレイスは再び剣を構えながら、無表情に接近を図る。
ただ一言だけ動きにこう言葉を添えた。
「どうせ死なないだろう?」
(あぁもういいです!説得しようとした私が馬鹿でした)
静かにブチ切れて、無言で一帯に重力をかける。戻ってきていた滑走女も地面に押しつぶされ苦しそうに眉を寄せる。
予想外の重みに魔人たちは少しでも楽な姿勢を取ることに集中した。
加わる重さに対して取る姿勢によって、息苦しさはだいぶ変わるからだ。
グレイスによる無効化を防ぐために、再びマントに着火してやってからリーシェは再び空へ浮いた。
これが最後の一撃だとリーシェは直感する。もう、付与の効果は切れつつある。付与が切れれば絶対に勝ち目はない。
(もう一度。今度こそ跡形もなく燃やし尽くす)
確固たる意思を持って、先程と同じく「焔刻」の巨玉を作り出した。
今回は意志の硬さが先程よりも明確に強いため、炎の威力も大幅に上昇していた。
「燃やし尽くしなさい!!焔刻!!!」
マントに着火した火を消せずに火達磨になりつつあるグレイスを上空から見下ろし、その姿を見るのが最後になりますようにと祈って破玉を振り下ろした。
(さようなら。叔父様)
肉親を殺したことを寂しく感じてしまったのは、ここだけの秘密だ。





